第80話 欲深い男の結末と国境越え

健二達であるが、当初の予定通り、次の都市メルボンタには寄らず、更にその先のラングーンを目指していた為、途中からメルボンタへの街道から逸れて、ラングーンへ続くショートカットコースを選択している。

このショートカットコースだが、非常に道が悪く、使う人は殆ど居ない。

しかもそれ程高低差は無いものの、丘を3つ越えるコースなので、悪路と相まって、馬と馬車に負担が掛かる為、実に不人気なのである。

よって、直線距離としては、メルボンタを経由してラングーンに行くよりは、2/3以下の距離しかないのだが、時間短縮には貢献しないのである。


しかし、重量軽減の付与をしている健二の馬車と足場強化スキルのあるマダラ達に取っては、全く問題がない。

このコースを選択する事によって、通常の馬車の通常の経由コースよりも、4日程早くラングーンに到着する。

簡単に言うと、約4時間ぐらい? という訳である。



よって、先程の小太りの商人が馬の消耗を無視して急がせたところで、そもそも追いつく訳も無いのであった。

しかし、護衛の者達15名で一気に取り囲めば、あの馬車も、あのマジックバッグだかも、全部手に入り、ウハウハと取らぬ狸の皮算用に酔いしれてしまっている小太り商人には思い付きもしなかった。

そして、その結果、メルボンタまでの距離の半分も行かずに、哀れな馬達は、半数が泡を吹き倒れ、息を引き取ったのだった。

まさに、自滅コースまっしぐらである。


約半分の馬が減り、馬を街道沿いで1泊して休ませた後、どうするかの算段を始める。

決定的に荷物満載の馬車を曳く馬が足り無いからである。

その場合、約半数の馬車にある荷物を諦め、残りの馬車に高価な物だけを集約して運ぶか、望みは薄いが、通りがかりの商団に買い叩かれるのを覚悟で売りつけるか、半数をここで待たせて、メルボンタで馬を調達して取りに戻るかであるが……。

実は高価では無いものの、他の商会からの依頼の品や納期を契約している品が、この馬車には多数存在していた。

金額自体はそれ程高額では無いのだが、契約により発生する遅延損害金や、信用の失墜、大口顧客の消失は免れられない状況であった。

しかも、運悪い事に、鮮度が命の商品まで預かっているので、どの方法を採用したとしても、今後の経営に大きく響くのである。


結局、一晩休ませた馬に乗った護衛の者に失った馬を用意させてトンボ返りさせての輸送となったのだが、馬が数匹足りず、余計に1日掛かってしまい、合計4日の遅れが生じた。

メルボンタに小太りの商人の一団が到着した頃には、荷の一部からは、悪臭が漂い、損害遅延金や違約金、損害賠償金等の諸々で、男の商会は飛んでしまったのだった。



 ◇◇◇◇



一方、そんな大事に発展しているとは、露程も知らない(忘れ去ってしまって記憶すら残ってない)健二の方だが、順調にラングーンを経て、いくつかの村等を通過し、とうとう、念願のイメルダ王国への国境まで辿り着いていた。


さて、ここで問題は、国境越えである。

アルデータ王国とイメルダ王国の国境には、特に関所がある訳でも無いのだが、その理由は川幅の大きな川がドカンと流れているのである。

過去に何度か両国で橋を架けたりしたらしいのだが、雨期や雪解け水で増水した時の圧力で、橋桁が流され何度も倒壊している。

結果、両国は橋を諦めたらしい。


川幅約200m……だったら、吊り橋にしちゃえば? とも思うのだが、ワイヤーという発想の無いこの世界では、馬車が通れる様な頑丈な吊り橋を作る発想は無かったらしい。


で現在は、もっぱら3箇所で渡し船による通行となるらしい。

場所だが、これが遠い遠い。

現在位置からだと、約半日ぐらいの距離にあるのだ。


「なあ、マダラ? ここ馬車ごと足場強化で渡りきれないか?」

と打診してみると、


<うーーん、イケると思うよーー。>

と軽い返事が返って来た。


「じゃあ、物は試しでやってみるか。」


<<おっけーー!>>

とマダラ達が加速して、川を斜めに突っ切って行く。

一瞬川縁から水面の落差でぐらっと下がったのだが、そのまま水上をパカパカと進み、向こう岸……即ちイメルダ王国へと上陸したのであった。


「おおおお!!!! 初上陸だーー!!」

とはしゃぐ健二。


「マダラ、B0! ありがとう!!」

と空かさずお礼を言って、川岸で一旦休憩する事にして、地図を広げつつ、これからのルートを考え始めた。



「おーい、あんたーー!! おーーい!」


地図に熱中していると、遠くから鍬を持った男が走って来た。


「ん?? 俺に言ってるのかな?」

と辺りをキョロキョロ確認したが、周りには俺達以外誰も居なかった。


「おーい、そのキョロキョロしてる、あんただよ!」

と麦わら帽子に首に手ぬぐいを架けた、昔懐かしいランニングシャツ姿のおじさんが、ハァハァと肩で息をしながらやって来た。


「ども。俺ですか?」


「ああ、そうだぁ! おめさんだよ。 あんちゃん、スゲーな。

さっきの川の渡り方。 あんな芸当みたんは、初めてさ。」

とおじさんが興奮しながら話し掛けて来た。


「まあ、椅子に座って一息着いて下さい。

冷たい水でものみますか?」

といって、コップに氷を入れて、水を出してやると、


「ああ、悪いな。いやぁ~、あんまり驚いたもんだから、歳の事を忘れて走っちまったぞ。ははははぁ~」

と笑いの最後はため息というか深呼吸になってた。


「あれは、うちの馬の能力ですよ。」

と種明かしをすると、驚いていた。


このイメルダ王国初の現地人のおじさんだが、見かけは、正に日本人。

思わず笑ってしまう程の、ド日本人って感じだった。


「いやぁ、どうしようか迷ったんですが、渡し船の乗り場まで遠いじゃないですか。

もう目の前にあれだけ夢見たイメルダ王国の地があるのに、お預けはキツいなぁと思って、一気に来ちゃいました。」

と俺が言うと、


「なんだ、あんちゃん、イメルダ王国にそんなに来たかったんかい。」

とガハハハと笑ってた。


「だって、話に聞くと、イメルダ王国って、お米の白米とか、味噌とか醤油とか、あと噂だと海苔とかもあるらしいじゃないですか!

それなら、鰹節とか、美味しい料理の素材も沢山あるだろうし、何よりも兎に角イメルダ料理が食べたくてね。

あと、新鮮な海の幸。刺身も良いけど、海鮮味噌汁とか是非とも飲みたい。

ああ、それにあるのなら、ウナギの蒲焼きとかも良いなぁ。

あ、うどんも蕎麦も食べたいし、いやぁ~、胃袋が幾つあっても足り無い感じですね。ハッハッハ!」

とイキナリ食欲全開で熱く語ると、


「おおお……判った、判ったから落ち着けーー!」

と諫められた。


「しかしよぉ、あんちゃん、滅茶滅茶イメルダ料理に詳しいな。

おらぁ、ここまでイメルダ料理に詳しい外の奴を見た事ねーぞ?」

とおじさんが、感心していた。

このおじさんの名前はゲンさんというらしい。

はぁ~、名前まで日本風かよーー! ここなら、俺も名前だけなら浮かないな。フフフ。


「そんなに食いたいんなら、今晩オラの所に泊まって行くか?

大したご馳走はねぇけど、肉じゃがとか味噌汁とかぐらいは、だせっぞ?

それにおらの女房は料理上手なんだぁ。」

とニンマリしながら、ゲンさんが誘ってくれた。


「え? マジで良いの? 社交辞令じゃなく? 本気にしちゃうよ?」

と俺が身を乗り出してグイグイと迫ると、


「ちょ、ちょっと落ち着け、おらぁ、そっちはダメだから。ノーマルだって。

いくらあんちゃんが美形でも、男は……」

と焦ってらっしゃる。


「あ、すいません。イメルダ料理にツイツイ興奮しちゃいました。

ええ、俺もそっちの気は皆無ですよ。ハハハ、安心して下さい。」

というと、苦笑いしていた。


で、ゲンさんの村に寄る事にしたんだが、

「しかし、あんちゃんはええなぁ。気軽にあっち側とこっち側を行き来できて。

おら達の村はよぉ、渡し場まで遠いから、気軽に農作物とか売りに行けねぇしなぁ。」

とゲンさんが嘆いていた。


「ん?? いや、うちの馬は確かに凄いけど、簡単にあっち側とこっち側を行き来する方法ありますよ?

おしえましょうか?」

と言ってみた。


「マジか! おお!おせーてくれや! な、頼む」

とグイグイ来るゲンさん。


「い、いや、男に迫られても、そっちの気は無いので。」

と返すと、少し顔を赤らめて、


「す、すまん、興奮しちまった。ガハハハハ」

と照れくさそうに笑っていた。


なので、時間もまだ昼前だし、作って実演してみせる事にした。

「結構簡単なんですよ?」

と言って、丸太を10本程出して綺麗に魔法で乾燥させて、筏を組んで後ろに舵を取り付ける。

筏の先端には水中に入れる為の垂直な固定板を挿せる様にして、筏の先端には330m程の長さのロープをガッチリ結び、ロープの反対側の端を土魔法で作った礎にガッチリ結び付けた。

ゲンさんはポカンと見ていたが、


「よし、完成ですよ。」

と俺が言うと、


「ほえ?」

と不思議そうな顔をしていた。


川に筏を浮かべ、筏に飛び乗ると、ゲンさんを手招きする。

ゲンさんも恐る恐る筏に乗ると、俺が舵を切ると、自然と流れのお陰で、川岸から振り子の様に離れて行く筏。


「ええーーー? 嘘だぁ! いや、マジか!!」

と驚くゲンさん。


筏は無事に向こう岸へ。

今度が舵を逆に切ると……あーら不思議、元の場所へと戻って来たのだった。


「あんちゃん!!!!!!」


ガバッと抱きつかれ、思わず軽く悲鳴を上げる健二。


「ちょ!!!」


その悲鳴にハッとして健二から離れるも、

「あ、すまねぇ。興奮しちまった。ガハハハ!

スゲーぞ、あんちゃん。これ、おら達の村で使って、ええか? ええのんか?」

と興奮醒めやらぬ調子で、ゲンさんが聞いて来た。


「ええ、元からそのつもりですよ?

但し、ロープや筏の浮力はちゃんとメンテして下さいね。

これなら、馬や荷物も運べるし、もっと大きいのをつくれば、大量に輸送出来ますよ。

ロープが切れたら、流されるので、注意して下さいよ?」

というと、


「おお、任せとけ!」

と胸を叩きながら、泣き笑いしていた。

余程嬉しかったらしい。


そして、嬉しげなゲンさんに急かされ、村へと着いて行くのだった。




この時、健二は虫の知らせすら感じ無かったのだが、これが後にイメルダ名物となる、『ケンジ筏』の発祥の瞬間であった。

後に、このゲンさんは孫や村の子供達を前にして語る、「あのあんちゃんは、良い匂いのするスゲー美形の青年だった。」と。

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