第79話 欲深い男
早朝、心軽やかに目覚め、いそいそと出発の準備を済ませ(と言っても顔を洗うくらいなのだが)、朝食を取ってからチェックアウト。
馬車に乗って、西門を目指す。
早朝とは言え、人も馬車も多く、かなり混雑していて、なかなか西通りに辿り着かない。
ああ、早く街道を疾走したい。
やっと西門から街道に出たのは、宿を出て1時間が過ぎた頃だった。
何か、通勤ラッシュ時の都内の様だったな。
しかし、街道はそれ程混んでないので、無茶の無い程度で追い抜きつつ、先を急ぐ。
アリスタから10kmも離れない内に、前を行く馬車は殆ど居なくなり、快適なクルージング速度になる。
<ねー、主。昨日からえらくご機嫌にゃん?>
とジジが聞いて来る。
<主、ニコニコ、ぼくうれしー>
とコロが無条件に喜んでくれる。
「ははは、聞いて驚け! 今から向かうイメルダ王国な、実は俺の大好きな料理が沢山ありそうなんだよ。
味噌とか醤油もありそうだし、それに白米を食べてるらしいぞ? 多分餅とかもあるんじゃないか?>
と俺が言うと、
<すると、主の作ってくれた、団子もあるのか?>
とピョン吉が片目を開けて聞いて来た。
ああ、寝てなかったのね。
「ああ、多分あるんじゃないか? それに饅頭とかもあるかもな。」
<な、何にゃ! そのまんじゅーって?>
とジジが釣れた。
「フフフ、饅頭はな、怖いんだぞーー。 余りにも美味しいからな。」
と俺が定番の冗談を交えて答えると、
<こ、怖くても良いにゃ! 食べるにゃ!! 早く行くにゃ!>
とジジがマダラに指示を飛ばしていた。
「おいおい、他の馬車も居るから、無闇に飛ばすと危ないから駄目だぞ。フッフッフ。気持ちは判るけどな。」
と俺も自分自身の逸る心を抑える様に諭したのだった。
そう、話は変わって転移魔法の事だが、日々の練習の成果で、やっと10kmぐらいを俺単体で移動する事が出来る様になった。
でも、1回でMPはほぼほぼ空っ穴。
今のままでは、とてもじゃないが、気軽にショッピングとかに使える域ではない。
これがもっと熟練度を増して行けば、その内イメルダ王国まで昼ご飯を食べに行こうかな? って感じで使えるんじゃないかと思っている。
だが、先は遠い……精進あるのみだ。
結局、商業ギルドでは、食い物の話だけで終わってしまい、肝心のどんな国なのかについては、聞き忘れてしまったが、あの感じだと、そんなに悪い国ではないんじゃないかと思っている。
だって、そんな悪い国だったら、真っ先に「えーー? あんな国に行くのですか?」となる筈だもんね?
まあ、次の都市の商業ギルドでは、忘れずに評判を聞こう……と心にメモするのであった。
途中、街道の脇の空きスペースで馬車止め、マダラ達にも休憩と食事を取らせ、俺達も巾着袋の中の物を食べて、暫し休憩する。
外の日差しは熱いのだが、フライシートを張っているので、風が通って良い気分である。
一応、マダラ達も馬車から外して、一緒に横で食後の休憩中。
「マダラ、B0、悪いなぁ、なんかお前達だけ走らせてるけど。」
と俺が言うと、
<大丈夫だよー、僕ら走るの大好きだもん。割と自由に走らせて貰えるから、楽しいよー。>
とマダラ君。
<そうですよ、主ー。僕らは走るのが生きがいでもあるんですから。それに主に仕えてからは、美味しい物も沢山食べさせて貰えるし、最高ですよ。>
とB0も同意している。
まあ、そうは言ってもな。俺は快適な馬車の中でゴロゴロしてるだけだしな。
ちょっと罪悪感出ちゃうよね。
「そうか、ありがとうな。」
そうして1時間程ノンビリしていると、休憩に入る15分程前に俺達が追い抜いた商団の馬車が、遠くに見えた。
おお、ここまで速度差があるんだな。
やっぱ、マダラ達ハイ・ホースはスゲーなぁと感心していたら、俺達の馬車の所で、商団の馬車も止まった。
あれ? 何だろうか? たまたまって事は無いよなぁ?
すると案の定、馬車の1つから、ちょっと小太りな男と一緒に冒険者風の男が1人付き添って、こっちにニコニコしながらやって来た。
「こんにちは。今日は日差しが強いですねぇ。」
と汗を拭きながら小太りの男が話し掛けて来た。
何か胡散臭い笑いだな……。
「ええ、夏だけに日差しがキツいですね。こちらには、決まった雨期とかはないのですかね?」
と俺が当たり障りの無い返事をすると、
「おや、ここら辺の方ではないのですかな? ここら辺では、春先に雨が集中しますが、夏は暑いだけですね。」
と微笑みながら教えてくれた。
「時に、先程1時間ちょっと前に我々の商団を凄い勢いで追い抜かれましたが、後ろから見ていても全く馬車が振動してなかったので、驚きました。」
と本題に入って来た。
「ああ、そうでしたね。 ええ、うちの馬が良いもんでね。」
と俺が嘯くと、
「ハハハ、またまたご冗談を。 いえ、確かに馬も見事で早いのでしょうけど、馬車の揺れはまた別物でしょ?」
と突っ込んで来る。
なるほど、馬車が揺れない理由を知りたいのかぁ。
まあ、確かに馬車もあるけど、大きな理由はマダラ達が優秀だからなんだよなぁ。フフフ。
「ハハハ、まあ確かに私が作った特製の馬車なので、秘密はありますけどね。でも馬も優秀なんですよ?」
「なるほど! やはりそうですか。
しかし、凄いですなぁ。ご自分でお作りなったんですか。
きっと名のある名工なんでしょうな? お名前をお伺いしても?」
と。
「ああ、俺の本業は、冒険者ですよ? Aランクの冒険者やってます。
物を作ったりするのは、ほんの趣味でしてね。」
というと、
「なるほど、Aランクの冒険者でしたか。
どうでしょうか? 我々にあの馬車をお売り頂けませんか?」
とやっぱりぶっ込んで来た。
「ハハハ、それは無理ですよ。私も旅の途中ですし、あの馬車にはお金に換えられない様な特殊素材を使ってますから、まあ特注で作るにしても、もの凄い金額になっちゃいますよ?」
と俺が言うと、「え!?」と驚いていた。
「普通では手に入らないSSランクの魔物の素材とかバシバシと使ってますからねぇ。
それこそ、そこそこの都市で豪邸が何軒か建つんじゃないですか? あれ1台で。
まあ、そこは俺の趣味の作品なんで、惜しみなく突っ込んだ結果ですが。」
というと、凄く悔しそうな顔をしていた。
なので、妥協案として……
「まあ、どうしても俺の製品を手に入れたいと仰るのであれば、クーデリア王国のドワースの街にあるガバス商会のガバスさんを訪ねて下さい。
契約でガバス商会が、俺の作った製品の販売窓口になってますので。」
とニッコリ笑って答えてみた。
フッフッフ、どうだ? 面倒事は、ガバスさんに丸投げだぜ!!
すると、凄く残念そうに、
「そ、そうでしたか。既に契約されているのですね。実に残念です。」
と血の滲むような恨みがましい目で見られたのだった。
おいおい、何だよ、その目は? 欲深過ぎだろ?
何で手に入るのが当然の様に思ってる訳? こっちは売る気が無いんだよ。
と心の中で毒突く。
「申し訳ないですねぇ。せっかくお声をお掛け頂いたのに。
じゃあ、1時間休憩したので、ソロソロ出発致しますね。」
と丁重に言いながら、サクサク荷物を(収納で)片付けて、ポカンと口を開いて固まって居る2人を置いて、サクッと手を振りつつ出発したのだった。
勿論、彼らがポカンとしていたのは、目の前で、大きなテーブルや椅子、食器類、そしてフライシートまでが、ドンドンと収納されていったからである。
健二達が去って、2分程して復活したその小太りの男が心に刻み込んだのは、「何としてもあいつのマジックバッグを奪ってやる!」 であった。
復活した小太りの男は、直ぐに馬車に戻り、既に影も形も見えなくなった健二達の馬車を全力で追いかける様にと指示を出す。
こうして、全く追いつく筈の無い蜃気楼を追い始めるのであった。
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