第67話 農業革命

最近、徐々にではあるが、雪の降る日が少なくなって、ジワジワと日中の気温も上がっている。


健二は春の農作業を楽に出来る様に、魔道具の開発を始めた。

今に思えばだが、もっと早くに着手すべきだったと、若干後悔。


農業はノウハウ云々もあるが、一人当たりが管理出来る面積を増やせば、増産や多種の栽培も可能となる。

時間が掛かりったり、体力勝負な作業を軽減すれば、それも可能となる訳だ。


つまり米国の巨大農場の様に機械化を進めれば良い訳である。


健二は、土を耕し、畝を作るトラクターの開発を始めた。

前世のTVコマーシャルなんかで、大体の仕組みは判っているから、必要なパーツ等を鍛冶で作ったりしながら、試行錯誤する日々を送り始める。


試作機を作り、雪を完全に除去した地面で試し、村人に土の具合を確かめて貰い、また改良を繰り返す。

このルーティーンを繰り返す事、10回になった頃、テストの為に雪を除去する必要が少なくなっていた。


そして、トラクター(って言って良いのかは不明)は完成した!

直ぐに、量産を開始し、全部で10台のトラクターが完成した。


不眠不休とまでは行かなかったが、それでもここ数週間、多くの時間を費やした事で、かなり疲労困憊していたが、やり終えた事で、心は晴れやかである。


「えー、みんな集まって頂いたのは、他でもない。

やっと重労働であり、作付面積を増やせなかった一つの原因を、楽に出来る魔道具が完成した。

名付けて、『トラクター』だ! 一応、お約束なので、色は燃える男の赤にした。

これを使えば、冬に固まった土を耕し綺麗に解して、畝を作ってくれる。」

と言って、ステファン君に実演させると、


「「「「「「「「「うぉーーーーーーー!!!!」」」」」」」」」

と村人達が沸き返る。


「スゲーぞ! 流石はケンジ様だぜ!」

「これなら、女子供でも使えるべ!」

「これなら、ケンジ様に言われていた、新しい種類も植えられるべ?」

と大喜びである。


更に、堆肥や森の腐葉土等を取って来てあるので、肥料として、混ぜる事も可能である。

必要に応じて、石灰や灰などを混ぜたりする事も出来る訳だ。

と健二自身も自画自賛し、遣り切った感に浸っていたのだが、



「うぉーー! エーリュシオン王国万歳! ケンジ様万歳!!」

と誰かが叫び、それに釣られて、

「「エーリュシオン王国万歳! ケンジ様万歳!!」」

と数人が言い出す。

更に、

「「「「「「「エーリュシオン王国万歳! ケンジ様万歳!!」」」」」」」

と大合唱になってしまった。


だ、誰だ! 余計な事を言い出したのは!! と青い顔をして健二が辺りを見回すと、ニヤリと笑う1人の男を発見した。


ジジイ! 犯人はてめぇーか!! そう、村長である。


「おいおい、みんな、俺は国なんて面倒な物は作らんぞ!!」

と訂正したのだが、殆ど聞こえて無い感じ。


健二は、してやられたと思いつつ、屋敷の前に、「国なんか作らん!」と立て札を立てて屋敷に戻り、これまでの疲れもあって、ふて寝してしまった。




さて、この世界の建国についてであるが、特に明確なルールは無い。

ただ暗黙のルールとして、誰かの領土以外の未開拓の土地を開拓し、明確な領土を実効支配すれば、それは既に1つの国であった。

後は、その領土を周囲に宣言して、仕舞えば終わり。

但し、周囲の国にとっても脅威とはなるので、諍いの原因にもなったりする。

ちなみに、ここ300年の間、この大陸で新しい国は出来ていない。

理由は簡単で、開拓そのものが、馬鹿らしい程に大変な事で、それこそ、数十人規模で食って行ける程の面積を実行支配し、自給自足を行う事は不可能であるからである。

開拓や建国は、それ程に大変な事であった。



しかし、村長だが、何故建国させようと思ったのかには、理由があった。

健二のやってきた事に対する恩だけではなく、そこには色々な要素が含まれていた。

比較的、賢王と言われる国王の国、クーデリア王国、その辺境のドワース領の真横の魔境に堅牢な城郭都市を造り、実効支配してしまうと、争いの種にならない様に、健二を貴族に祭り上げ、クーデリア王国の枠組みに組み込もうとする事は明白である。

そうなると、これまで税が無かったこの地でも、税を国に対し納める必要が出て来るだろう、また健二の嫌がっている、面倒事に巻き込まれるのは必至である。


じゃあ、どうすれば、健二も面倒な事に巻き込まれず、これまで通りのスローライフで居られるか? と考えた場合、建国を宣言し、独自のルールで干渉させない事が重要である。

幸い、この地を攻めようとする軍が居たとすれば、それは相当数のSランク前後の魔物と対峙しなければならない。

健二の言葉ではないが、正にここは、天然の要塞なのである。


兎に角、王国や周囲の貴族が、察知する前に行動しなければ、拙い事だけは確実であった。

村長の予想では、おそらく長くとも1年半~2年以内、早ければ1年ぐらいの猶予と見ていた。


健二の性格はここに来てから十分に知り、どう言う暮らしを望んでいるかも知った上で、大恩ある健二や自分らの暮らしを守る為には、必須だと判断した訳であった。

その為、頭を捻った結果、徐々に既成事実を作るしかない……と。



それからの3日間、屋敷に籠もりっぱなしだった健二だが、村長から真剣な話があるという事で、通常では入れない屋敷エリアへと招き入れ、リビングで会合する事となった。


「まずどうか、端から拒絶はせず、先にワシの話を聞いて頂きたい。

下手に煽った様で申し訳なかったのじゃが、あれには理由があったのじゃ。」

と村長が話し始めた。


健二はアニーさんに頼んでコーヒーを出して貰い、飲みながら聞き始める。


「まず、この場所は良くも悪くも、クーデリア王国、そしてドワースに隣接しておる。

この場所は、そもそもクーデリア王国の領地の外となり、ケンジ様がお一人で住んでいる分には、特に問題が無い筈じゃが、我らの所為で、ここには立派な城郭都市が出来てしもうた。

まあ、現在の所クーデリア王国側にはこの規模だと知られておらんが、それもある意味、時間の問題じゃと思う。

そして規模が知られてしもうたら、次に何が起こると思う?」

と言われ、首を傾げる健二。


さて、何が起こるか? 魔物の素材の取引か? いや、隣接しているドワース傘下に入れとか? いや、下手したら、俺を貴族に持ち上げて、王国傘下に引き入れるか? それとも支配する為の軍や貴族を送り込んで来るか?


と考え、ハッとする。


「なるほど! つまり、ここを王国の傘下にしたいと考える訳か。 そうなると、俺達のスローライフは終わってしまうな。」

と答えると、


「その通りですじゃ。もし、ケンジ様が貴族になられたにせよ、他の貴族の支配下になったにせよ、王国の支配下となり、王国の法が適用されますのじゃ。

そうすると、折角ここまでに築き上げた物を全て横取りされ、従うしかなくなりますのじゃ。

ケンジ様はそれでも良いとお考えでしょうかのぉ? ワシは……いや、ワシらは、ケンジ様じゃからこそ、この地に、ケンジ様に一生を託しております。

もうバカな貴族連中に好き勝手されるのは、嫌なのじゃ。」

と熱の籠もる村長。

おいおい、歳なんだから、血圧上げるなよ? 脳の血管切れると拙いから。 まあ、血管はヒールで治せるけど、漏れた血は……どうすればいいかな?

いやいや、そんな事より、ちょっと考えれば判る事だが、確かに、このまま王国に組入れられるのは拙いな。


「そうか。それで、国を名乗るという事か。 ふむ。その意味は理解した。 そして、それ自体、俺が余り望まないであろう事も理解しているという事だな。」

というと、大きく頷いた。


だーー、どえりゃあ面倒臭い。 ど、どうしましょうか?

と一瞬狼狽えそうになったのだが、そもそも何かあってからでも遅くはないだろう。

ここはそうそう簡単に攻められる場所じゃないからな。



「うん、取りあえず、期待しているところ、悪いんだが、やっぱり現状維持だな。

言わんとする事は判るし、それはそれで厄介だけど、逆に建国とかを宣言しちゃうと、周囲が途端に騒がしくなっちゃうだろ?

そうすると気軽に何処かに旅行したりとか出来なくなるし、建国に伴って色々と柵が増えそうだから、藪を突くのは止めようよ。

もし、この先何か横槍入りそうな気配あれば、平原の辺りまで城壁を建てちゃっても良いし、今はそのままみんなで、スローライフを楽しもうよ。

最悪の場合は、ここを投棄して、またみんなで別の場所に一気に移転しちゃえば良いんじゃない? 重要なのは建物や城壁ではなく、そこに住んで居る人なのだから。」

と俺が言うと、


「なるほど! 重要なのは住んで居る『人』ですかな。

うむ、流石はケンジ様じゃ。この老いぼれ、感服致しました。」

と村長が感動で涙ぐんで頭を下げていた。


え? 俺、涙する程の『良い事』を言った? 気軽に、最悪みんなで逃げようぜ? って言ったつもりなのだがな。

まあ、納得してくれた様だから、良しとしよう。



そして、その後、暫く雑談をしてから、感動して満足気な顔のご老人が去って行ったのだった。


余談ではあるが、その夜、村人達が集会場に集まり、村長が何やら話始め、村人達が、「「「「おおぉーーー」」」」とか感嘆の声を上げていたらしい。

まあ、健二は全く知らなかったのだが……。



 ◇◇◇◇



雪解けから完全な春モードに切り替わって早くも一ヵ月が過ぎた。


俺は、試験的に水田を作り、稲作を始めた。

一応、俺が小学校で習った知識ベースなので、本当に正しいのかは疑問だが、今のところ、稲はスクスクと育っている。


初めての水田に、村人達は、

「何か泥遊びしてる様だべ? ハッハッハ」

と最初は笑っていたが、その泥の抵抗が、想像以上に堪えたらしく、途中から顔が引き締まっていた。


やっぱ、本格始動する際には、田植えとか、稲刈りとかは、魔道具を作らなきゃだな……。



その間に、俺は腹心3名を連れ、レベリングを数回行った。

流石に周りがA~SSランクに囲まれた地。

最初はビビりまくっていた3名も、この数回だけで、一気にレベル40代に突入したのであった。


拠点の方も安定しており、特に課題も問題も無く、皆幸せそうに暮らしている。



「よし、そろそろ大丈夫そうだな? 行くか。」


俺は、腹心3名に明日から、周囲の探索兼旅行に出掛ける事を告げると、


「「「えーー!?」」」

と叫ばれてしまった。


「いや、確かにお出かけになりたいとは聞いておりましたが、えらく急なお話なので。」

とステファン君が言う。


「まあ、でも特にこっちは問題無いし、ガバスさんの方に卸す物も、商業ギルドに卸すポーション類も、十分三ヵ月分ぐらいはストック作れているし、大丈夫だよね?

それに何かあれば、食糧倉庫経由で、連絡のやり取りも出来ているしさ、良いだろ?」

と俺が言うと、


「「「ハイ……」」」

と納得してくれたのだった。


さて、馬車だが、サスペンションまでは完成させているものの、キャンピングカーへの魔改造は止まってしまっている。

だが完成してからとなると、また1年単位で延びそうなので、このまま出掛ける事にしたのだった。


従魔達だが、流石に全員連れて行くのは厳しいので、ピョン吉、ジジ、コロの3匹と、馬車はマダラとB0に曳いて貰う事にした。

マロンは拠点で子育て中だしね。



さあ、明日からの旅が楽しみである。

小学生の頃の遠足の前日の様な気分である。

さあ、美味しい食べ物に出会えます様に………。


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