第66話 マスターと弟子

心配していた男性恐怖症のリサさんだが、アニーさんと控え目で年下のステファン君のお陰もあってか、はたまた、マダラのスピードによる恐怖のお陰か、移動中の6時間の間にリサさんはかなり俺達の中に馴染んだ様だった。


ドワースの城壁と比較しても遜色無いどころか、上回る頑強さの城門を見て、言葉を無くすリサさん。

俺が外門をオートで開き、中に入ると、否応にもその広さが判る。

そして、更にその先にある内門も開いて中に入って行くと、とても『村』とは思えない内部に、唖然としている。


「あ、あの……行き先って、辺境の村って聞いていたのですが、こ、これは既に都市と言っても過言じゃないですよね?

下手な国だと王都レベル以上の城塞都市じゃないですか?」

と少し声を震わせている。


「ああ、元々は俺一人だったから、この内門だけだったんだよ。

まあ、縁あってとある所から、みんなが移住してきたから、大急ぎで拡張したんだ。」

と俺が答えたんだが、理解していない感じだった。


俺が久々に帰って来たので、村の人達がワラワラと家から出て来る。


「おー、無事に帰って来たな。ケンジ様、長かったですね。」

とみんなが、口々に『お帰り』と言ってくれる。


「ああ、予想以上に快調だったから、ついでにドワースまで行って来たんだよ。

まあ、店が開いてなかったから、碌なお土産は無いんだけどな。

その代わり、1人、新しいスタッフを雇って来たぞ。

リサさんだ。 みんな宜しくな!」

というと、リサさんにもみんなが挨拶していた。


当の本人のリサさんは、更に絶賛混乱中で、何故『奴隷』の自分に対し、村人達が、蔑むでもなく、こんなにフレンドリーで普通に接してくれるのか? 『スタッフ』?? 全く理解出来てなかった。

しかし、アニーから急かされて、

「あ、リサです。宜しくお願い致します。」

と頭を下げると、拍手で迎えられた。


「おい、村長! するっていと、今夜は歓迎パーティーだべ?」

「おお!良いな! 折角ケンジ様も戻って来たんだし、何か美味い物食べたいな!」

「おし! じゃあ、俺は先に温泉入るぜ!」

と言いながら、一斉に散って行った。


ポカンと取り残された訳だが、取りあえず、屋敷の門を潜り、中に入る。

「あ! これはドワースの屋敷と全く同じ!?」


「フフフ、そうなんですよ。ビックリでしょ?」

と悪戯っぽくアニーさんが笑う。


「さあ、部屋を決めて、早くユックリ一休みしましょうよ。」

とアニーさんに手を引っ張られて屋敷へと入って行った。


そして俺は、マダラにお礼を言って、後をステファン君に託したのだった。


その夜の歓迎パーティーでは、健二の振る舞う料理に驚いたり、村人と健二との関係に驚いたり、健二が作ったお酒にデレデレに酔っ払ったりしたリサだった。





翌朝、リサは不覚にも、馴れないお酒が余りにも美味しかったので、痛飲してしまい、人生初めての二日酔いを味わっていた。

その為、目が覚めたのは、既に午前9時過ぎで、初日からヤラかしてしまった事と二日酔いの両方で、真っ青になりながら、部屋を出た。


リビングで健二を発見すると、ジャンピング土下座の勢いで頭を床に擦りつけた。


「ご主人様、初日から大変な寝坊をしてしまい、申し訳ございません。

な、何卒私めにチャンスを!」


「ああ、おはよう。いや、あれだけ昨晩飲んでたから、まあしょうがないでしょ。

二日酔いじゃないの? 大丈夫? 顔色悪いね。

ちょっと、まってね、ポイズン・キュアっと。 どう?これで二日酔い大丈夫じゃない?

あとは、これを飲みなよ。」

と泉の水を出され、何も考えずに震えながら飲むリサ。


「あ、あれ? 何か滅茶苦茶美味しい。何このお水!」

と一気に飲み干すと、更にもう一杯注いで貰い、更に飲み干す。

駆けつけ三杯飲んで、やっと顔色も良くなり、あれ?って顔をしていた。


「今朝は食欲落ちてるだろうから、これを食べてご覧。」

と健二が差し出した立派な桃を受け取り、匂いを嗅ぐと、もう堪らない程の甘い高貴な香りが鼻に入って来る。

思わず、そのままガブリと囓り付き、


「!!!!!」


もう声が出ない程の感激を味わった。

目を見開き、一心不乱に桃を食べ尽くすと、今度はリンゴを手渡された。


「このリンゴも美味しいんだよねぇ。 良かったら食べてご覧よ。」


ああ、何て事! こんな美味しい果物がこの世にあったなんて!!

身も心も蕩けそう……

え? 待って、何? これってマンゴーなの? いや普通じゃないわ! ああ、香りを嗅ぐだけでも絶対に美味しいのが丸っと判るわ。

え? ご主人様がカットしてくれるの? 何何?


と心の中で果物に翻弄されるリサであった。



まあ、健二としては、最初は体調を考えての事だったのだが、そう言えば、マダラ達は泉の水と果物で最終的に進化したなぁ。

この子ももしかして、泉の水と果物を食べれば、より魔法や錬金の習得に役立つんじゃないかな?

という軽いノリで、実験してしまったのである。


まあ、ガンガン好き放題に全種類を食べさせて見たのだが、


「け、ケンジ様、もう無理です。入りません。ギブです! ギブです!!」

とリサも満腹感に正気に戻っていた。


そこで、健二は、正直に告げる事にした。


「ハッハッハ。どう、この果物、美味いでしょ?

おそらくだけど、水も果物もだけど、体調を良くしたり、魔力や魔法の習得とかを助けてくれる気がするんだよね。

だから、食べさせてみた。

リサさんは、もの凄く魔法や錬金等の才能を持ってるでしょ。

それに、無属性のレベルも高いし、あれは相当自分でコツコツ訓練しないと、あそこまでは上がらないからね。

せっかくの才能が埋もれるのが惜しくて、悪いけど俺が契約する事にしたんだ。

だから、まずは、この魔法の本を読んで訓練してごらん。

錬金は……そうだなぁ、次にポーションとか作る時、助手として入って貰うから。」

と告げると、リサさんが涙をながして何度も何度もお礼を言って来た。


「あ、それはそうと、人間だから寝坊くらいするよ。

特に移動の次の日だし、だから、そんなこの世の終わりみたいな顔をしなくて良いよ。

まあ、日々の作業に支障が出ると拙いけど、そこら辺は、家は割と緩いから。

みんなで、辺境のスローライフを楽しもう。」




この日、この朝、リサは心から健二に拾って貰った事の幸運を噛み締め、『ああ、この人なら信じても大丈夫だわ……きっと』と呟くのであった。

そして、この御恩に報いる為にも、昔からの夢であった魔法や錬金をもっと極めたいと、心に誓うのであった。





何故か、リサさんが、初日の朝以来、俺の事を『マイ・マスター』とか『マスター』とか呼び出したんだよね。

うーん、むず痒いのだが、目に涙を溜められて、「この呼び方ではご迷惑でしょうか? 魔法と錬金の師匠という事で、『マスター』とお呼びしたいのですが、失礼でしたでしょうか?」と言われてしまい、思わず許可したけど。

なんだろう、この魔法とかが絡むとグイグイ来る感じ……ああ、ナスターシャさんだ。あの子もこんな感じだ。なるほどな。


まあ、お互いの為にも適切な距離感を大事に取って行こう。



「そう言えば、リサさんは、冒険者もやってたんだよね? 魔物の生息域とかに詳しかったりする?」

と聞いて見たのだが、


「すみません、Eランク程度のソロでしたので、余り討伐系はやってませんでした。

精々、ゴブリンやブッシュ・ボア程度しか討伐経験もありませんでしたので。」

とリサさんが申し訳なさそうに答えた。


「そうか、いや俺もあまり詳しくは知らないんだけどさ、ちょっとこの先の錬金の目標があって、それにグランド・サーペントとか、グランド・キラーサーペントの皮が欲しいんだよね。

だから、春になったら、さがさなきゃって思ってるんだよ。」


これは、馬車の空間拡張に必要な魔物をである。

これを使えば、恐らくマジックテント並の広さを確保出来る……と俺のスキル(『詳細解析』)が言って居る。


「ええーーー! それ滅茶滅茶ヤバい魔物ですよ? AランクとかSランクぐらいじゃないですか? 名前だけは知ってますけど。」

とリサさん。


「そうなの? そのランクの魔物ならこの辺、ウジャウジャ居るよ?」

と俺が言うと、固まってしまった。


「あれ? 言ってなかったっけ? だからさ、ここら辺、変な盗賊とか、絶対に来ない、天然の要塞なのよ。引き篭もるには、最適だよ!」

と俺がニヤリと笑うと、引き攣っていた。



 ◇◇◇◇



「マスター、あの、雪掻き終わったら、何も仕事ないですよね?」


「うん、春にならないと、家庭菜園も休眠中だから、無いなぁ。」


「え? それって私を買わなくても全然人足りていたんじゃないんですか?」


「あ? うん、まあそう言う見方もあるねぇ~。」


「えええ? そんな感じで良いんでしょうか? 何か無駄金を使わせてしまった感じがするのですが、これでお給料まで頂くって……ボッタクリの様な気が。」


「ハッハッハ。面白い表現だね。

そうか、ボッタクリか。 良いんじゃ無い? リサさんは魔法や錬金の勉強出来て、お給料も出るし、温泉も入り放題だし。

ノンビリ出来るじゃないか!」


「はぁ、いや、何かもう気にしたら負けな気がしてきました。 流石はマスターです。」



「あ、そこ、それ違うよ、もっと丁寧にソーッと濾過しないと。ゴリゴリやっちゃ駄目だって。

良いかい、同じ材料でも、どれだけ不純物を丁寧に除去するかで、全く効能や劣化速度とかがが違って来るんだよ。

ここがクリーンルーム仕様になっているのも、空気中の埃やゴミ、雑菌なんかを除去して、純度を限りなく100%に揃える為なんだからね。」


「あ、ハイ。こんな感じで良いでしょうか?」


「うん、それそれ。」


今日は、リサさんと、錬金室のクリーンルームに籠もり、特級ポーションの作り方を伝授している。

まあ、最後の魔力を込める段階はMPが少ないので、まだ微妙だな。

つまり、錬金を極めようと思うなら、レベル上げをしないとダメだという結論になる。


フフフ、春になったら、取りあえず、ガンガン、レベル上げだな。



 ◇◇◇◇



「さあ、今日は基礎体力を上げる為に、身体と魔力を使って、かまくらを作ります。」

と高らかに宣言する俺。


「まずは、身体強化を行います。

そして、こうやって、雪を集めて周り、大きな半球状の山にします。」


「ま、マスター、私、その身体強化が使えないのですが!」


「リサさん、魔力操作は出来ますよね? 渡した本は読みましたか?」


「はい、何回も読んだのですが、どうしても魔力循環というのが上手く行かなくて……」


「えー? 魔力操作が出来るのに、魔力循環が上手くいかない? 何でだろうか?

えーっと、心臓は判りますか? 心臓に血管が繋がっていますよね? その血管に流れる血に魔力を乗せる感じで身体の細部まで魔力を流すんですよ。

意味判りますか?」


「えっと、まずその血管も心臓も判りますが、そもそも血管って心臓に繋がっている物なんでしょうか?」

とリサさん。


ああ、なるほど。俺は心臓に血管……動脈と静脈が繋がっていて、その中を血液が廻っているのを知って居るけど、そもそもこっちには、そう言う人体構造を一般人は知らないのか?

だとしたら、イメージ出来ないのも納得出来る。

てか、そんな状態で、逆に良く無魔法をLv7まで上げられたなぁ。 そっちの方が感心しちゃうぞ?


「原因が判りました。なるほど、リサさんは人間や動物の身体の構造を知らないのですね。

だから、直接的なイメージが湧かないのですよ。」

と言って、取りあえず、一旦かまくら作りを中止して、座学をする事にした。


おれは、紙に人体の絵を描いて、心臓を描く。そこに赤い血管の線を描いて、指先や頭等の全身に描いて行く。


「まず、この赤い線が血管で、心臓から送り出された血液を全身に『送り出す』役目をしています。

これを動脈と言います。

で、今度は青い線で描いて行きますが、これが静脈と言って、各末端に送られた血液を心臓に戻す役割をしています。

脈を感じたりするのは動脈ですね。確か……」(後半微妙に記憶に自身がなくなる健二)


「血管を流れる血液は、空気の中の必要な物や栄養なんかを身体の隅々にまで運んでいます。その運ばれた養分を使って身体の成長や力に換えたりしているのですよ。

で、魔力の循環には、この血管に流れる血液に魔力を乗せる感じで、試して見てください。」


「なるほど、そう言う仕組みだったんですね。 ああ、なるほど。 フフフ、ああ……出来た気がします。

出来ましたよ! マスター!!!」

と理解したリサさんが、成功したと喜び始める。


うむ、これはこの本の第3版を作らねば、ダメかも知れないな。

人に教えるという事は、色々な発見にも繋がるのだな。



そして、魔力循環でグリグリ魔力を自在に流せる様になったリサさんに、身体強化や身体加速の『イメージの作り方』を教えると、アッサリ使える様になった。


「あ! 聞いて下さい、マスター! 身体強化と身体加速のスキルが生えました!!!!! エーーン……嬉しいよーーー!」

と自分のステータスを確認したのであろう、リサさんが大喜びしていたと思ったら、嬉し泣きし始めてしまったのだった。


こう言うシチュエーションに前世を含め、全く馴れてない健二はオロオロとしてしまう。

悩んだ挙げ句、出た答えは、『優しく抱きしめて、頭を撫でてやる』



では無く、「ま、これでも食べて、落ち着いて。」とプリンを献上したのであった。




「さて、かまくら作成を再開する! ~~」

と振り出しに戻って、かまくらの作り方の実演を行い、リサさんにもやらせた。


「なるほど、魔法の練習って普段の生活の中でも、工夫次第で幾らでも出来るのか。」

とリサさんが呟いていた。


そして、完成した巨大なかまくら達。

今回は助っ人が居たので、8LDKSに昇格したのだった。

そして今回は更に、子供らが喜ぶ様にと作成した超巨大滑り台まで完備している。



ワイワイと集まった村人達。

早速子供達は巨大滑り台で奇声を上げながら、登っては滑り、登っては滑りを繰り返し始めている。

健二は、完成したかまくらの中で、餅を焼き、ぜんざいを作り、正しいかまくらの遊び方を村人達に伝授する。


しかし、健二が大鍋で、オーク豚汁を作った頃から、徐々に方向性が怪しくなって来て、結局普段の多目的ホール等でやっているのと同じ様な大宴会に突入するのであった。

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