第62話 無茶を言いよる (改)

秋が過ぎ、冬の寒さに変わった。

そろそろ俺も19歳になる筈だ。


餅ブームのお陰で、俺の所にも、餅の完成品のストックが増えていってる。


そうそう、村長から、

「ケンジ様、そろそろこの村というか、国というか、名前を付けた方がええんじゃないかと。」

と進言された。


 というか、国って、どこまで膨らませてるんだよ!?


「うーん、特に国を興す気はないのだけど、ちなみに、あっちでは何て名前の村だったの?」

と聞くと、

「アスター村という名前でした。 しかし、その名前は縁起が悪いので新しい名前を考えて頂きたいのです。」

と言われ、思わずウーーーンと唸ってしまう。


「まあ無理にとは言いませんが、それだとデフォでケンジ村に決定してしまいますじゃ。」

と言われ、慌てて止めた。


「いや、爺さん、ちょっと待て! 俺考えるから! それは止そうぜ!」と。


ヤバいな、村の名前なんてなーーんも浮かんで来ないよね。

取りあえず、保留として、考える時間を許可して貰った。

しかし、よくよく考えると、何で俺が追い込まれているんだろうか?

ウーン、納得いかんな。


だがしかし、ケンジ村なんて付けさせないよ?


杉田村 スギタ村 ダサいか。

一旦、そう言う発想から離れよう。

そう言えば、最初はここを『死後の世界』と思ってたんだよな。

まあ、俺は死んで転生した訳だから、概ね間違ってはないのだけどな。

ヘブン……確かにあそこは天国の様な場所だった。でも何か違うな。

死後の世界、何だっけ? ギリシャ神話であったよな、死後の楽園って感じのが、エ……エーリュシオンだっけ?

エーリュシオン村、エーリュシオン国 まあどう転んでも、無難か?

って、あぶねぇ~、いつの間にか村とか国ってのを許容しそうな流れに思考が傾いてたよ。

いや、国なんか興さないからな!! 俺は辺境でマッタリ、ユッタリ、スローライフを楽しむんだから。



 ◇◇◇◇



「ケンジ様、名前の方は決めて頂けましたでしょうかの?」

とそれから3日後にせっつかれてしまった。


「えー? 名前付けなきゃダメかな? 拠点じゃダメ?」

と聞くと、


「じゃあ、やはりデフォのケン……」

「それは無い! 決めた。」

と俺は口を塞いで黙らせ、

「エーリュシオン エーリュシオンでどうだ?」

と聞いたら、

「エーリュシオン……うむ、確かに良い響きですじゃ。 ではそれを皆に浸透させますのじゃ。」

と村長が張り切ってらっしゃった。



最近本当にメッキリ寒く、いつ雪が降ってもおかしくない感じになって来た。

こうなると、温泉が懐かしい。

まあ、温泉には叶わないんだが、木酢液のお風呂も結構好きなんだよなぁ。

冬は暖かいし、湯上がり後もかなり長くポカポカだしな。

木酢液って、確か炭を作る際に出る液だよな? その内作ってみようかな。


とか思って巾着袋を眺めていると、とんでもない物を発見した。


「まさか、こんな物まで入って居るの? 下手な猫型ロボット真っ青なラインナップだな。」


俺が発見した物は、【娯楽】カテゴリーにある、『源泉掛け流し天然温泉施設』だ。

温泉さえ引き当てれば、これを使えって事か?

しかし、ちょっと待て だよな。 どう見ても『源泉掛け流し』部分にも『天然』にも何か違和感があるな。

まさかだけど、これを出せば天然温泉が湧いて出るって事は無いだろうか?


いやいや、流石にそれは無いよな? しかし、これまでの事を考えると、強ち無いとも言い切れない俺が居る。

いや、これマジで温泉になっちゃったら、最高だよね?


俺は、キョロキョロを辺りを見回し、良いロケーションは無いかと探してみる。

まあ、判りきっては居る事だが、拠点の中って、全般的に何処も景色は良く無い。

畑があったり、家があったり、厩舎があったり、倉庫があったりと、良くも悪くも普通の村って感じ。

まあ、村よりはメインストリートだけ素晴らしいんだがね。


そこで、一応厩舎も無く、若干でも余計な物が無い場所へ、温泉施設を出して見た。

「どうだ!?」


出してみたそれは、かなり立派な純和風の日帰り温泉施設で、旅館にありそうな雰囲気であった。

俺は、驚きつつも、ワクワクしながら、中を探検すると、暖簾を潜って、玉石を周りに敷き詰めた飛び石の玄関前通路を通って、玄関に入ると、引き戸を開けて大きめの下駄箱があり、その先にに受付カウンター。

カウンター脇を通ってその奥には『男』と『女』と書かれた脱衣所の入り口があった。


男湯の脱衣所は、普通に日本にある脱衣所と同じで、棚に籠が置いてある感じ。


さあ、期待を胸に、浴槽への扉を開けると、

「おおお!! 檜の香りと温泉の香りだ!!

お湯出てるじゃん!!!!」


ちょっと、どうなってるのか、全く判らないけど、結果オーライだ。 女神様ありがとう!!!!

ああ、何年振りだろうか、昔は日帰り温泉とかの温泉巡りが唯一の楽しみだったんだよな~。

しかもこれ、凄いのは、総檜の内風呂の他に、露天風呂までちゃんと付いてて、露天風呂の周りには、ちゃんと小さいながら、庭園っぽいのまで付いていた。


これは最高の贅沢だよ。 よし、今なら覗きにはならないから、『管理人として』ちょっと女湯の方もチェックしておこう。



そして、早速俺は腹心の2人を呼んで来て、温泉施設を見せると、

「これは、何でしょう? なにやら、嗅いだ事の無い様な匂いも漂ってますが。」

と不思議そうな顔をしている。

軽く口頭で説明してやり、内部へと案内すると、湯船をみて、驚きの声を上げていた。


「お屋敷のお風呂も豪華ですが、これは凄いです!」

と流石はまだまだ発展途上とは言え、女の子、アニーさんが、目を輝かせている。

早速2人に入り方のルールを教え、村人達を呼ぶ前に入って見る事にした。


素早く綺麗に身体と頭を洗い、中の檜風呂に浸かると、

「あぁぁぁ~」

と自然とジジイの様な声が漏れてしまう。

ステファン君は、そんな俺を見て、クスクス笑っていたが、いざ自分が入ると、「あぁぁ~」と同じ様な声を漏らしていた。


俺も思わず笑ってしまう。

「な? そう言う声が自然と出るもんだろ?」


「ええ、これは出ちゃいますね。 何ででしょう、お屋敷のお風呂よりも凄い身体が弛緩するというか、全身から疲れが抜けるというか、堪らない感じがします。」


「だろ? これが温泉の魅力だよ。」


檜風呂の後は、お待ちかねの露天風呂。

肌寒い風を感じつつ、素早く移動して、岩で作られた湯船に浸かると、濡れた頭と顔は風で冷たいのだが、お湯の中の身体は、ジワジワと浸透して来る様な心地よさがある。

オマケに小さいとは言え、庭園まで付いていて、どう考えても、日本の温泉そのものだ。


いやぁ~、オッサンの俺には、堪えられない至福の時だな。

岩風呂のちょっと高い所からは、確かにお湯が湧き出て流れていて、正に源泉掛け流しである。

最高だ!



温泉から上がって、二階の寛ぎスペースで、微睡んだ後、村人達にも解放する事にした。






野良作業を終えて暇を持て余している村人達を温泉施設の前に集め、俺がまず全員に温泉施設の説明や入り方のルールを教えた。

「良いか? 身体を洗う前に迷惑顧みず飛び込む様な奴は、温泉使用を10年差し止めるからな?」

というと全員ウンウンと頷いていた。


初日なので、取りあえず、腹心2人をカウンターに置いて、定期的にチェックをお願いしておいた。


この日を境に、この温泉施設は、娯楽の無いここの人達に取って、最高の娯楽施設として定着したのだった。



しかし、翌日には村長から、

「ケンジ様、あの温泉施設の名前を付け貰わんと。」

と無茶を言ってきた。


またか……


「えー? そんなの『温泉施設』とかじゃダメなの?」


「それは固有名称では無いのでダメですじゃ。 何も名前の候補が無いのなら、デフォで、ケン……」


言わせねぇよ?

「まったーーー! 『女神様の恵み湯』 これで決定で!」


「ファイナル・アンサー?」


「ファイナル・アンサー!」


「判りました、それで村人達に浸透させておきますのじゃ。」


村長は満足したようで、嬉し気に帰って行ったのだった。

危ねぇ~な。最近、油断も隙も無い。ウカウカしていると、直ぐに俺の名前を捩った名称を定着させようとするし。


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 メンテナンスを行い、一部文章の改善等を行っております。基本的な内容には変更ありません。(2020/05/22)


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