第49話 老練な頭脳の最適解 (改)

連行されている『荷馬車』の上で、御者席に陣取るサンダーさんが、後ろを向いて俺に話し掛ける。


「なあ、ケンジ、前にも言ったと思うけどさ、家買わない?

今ならかなり補助金出せるぞ?」

と。


「えー、まあそれはそれで良い話なのかも知れませんが、俺、既に拠点あるっすから。

こっちに家あっても、管理出来ないし。」

というと、


「えー? そんなの管理人を雇うか、それこそ、奴隷でも買って、住まわせて管理させれば?」

とサンダーさん。


うーん、それのメリットが判らないな。

しかも人を雇ってまで?


「あー、メリットが判らないって顔をしているなぁ?

じゃあ、まず、お前が嫌がったり、恐れるのは、裏切られたり、騙されたりする事だよな?

特に、計算で、グイグイと自分の女を強調して迫られたりすると、あっちより先に、嫌悪感が立つんじゃないか?

だろ? だがな、仮に奴隷となると、男でも女でも、奴隷紋という特殊な契約魔法で縛るから、主人を裏切る事は出来ないんだよ。

但し、主人だからと、奴隷本人の意思を無視して、命や身体を奪う行為は禁止されている。

まあ、契約次第なんだけどな。一般的に、性奴隷なんて事は出来ないからな?

だから、ある意味、一番裏切りが無い労働力であったりするんだよ。

全く裏切りの無い、簡素な関係、お前には魅力じゃ無いか?

それに、もしお前が、ここに家を持つと、お前の性格上、おそらく放置は出来ないから、ちょくちょく様子を見に来るだろ?

しかも、何時来ても、自分の家だから、気兼ね無く従魔と一緒に泊まれるし、何時でもお前の友人知人とも逢える。

嫌な時は、拠点とやらに、暫く籠もれば良いし。 別荘程度に思えば良いのだよ、こっちの家を。

な? 結構メリットってあるだろ?」

とサンダーさんが、饒舌に語る。


ほう! なるほどな。 まあ日本人だから奴隷って聞くと、もう絶対的に悪って気がするんだが、別に酷い扱いをしなければ、裏切り無しの素晴らしい人材に思えて来たな。

奴隷商もそう考えれば、ハロワと同じ感じか。

なるほど、別荘か。 上手い事を言うなぁ。 確かに悪い事ばかりじゃないのか。

連絡手段かぁ~、従魔をこっちに1匹なり置いておけば、テレパシーで拠点に居ても伝達は可能だもんな。

なるほどなぁ~。これは少し考えてみる必要があるかも知れないな。


と俺が少し、ウンウンと頷きながら、考え込んでいる様子を見て、サンダーさんが小さくガッツポーズを決めていた。

まあ、健二は気付かなかったが。



 ◇◇◇◇



領主館のマックスさんの書斎に通され、

「いやぁ、ケンジ君、漸く来てくれたね。

まずは、先日の件、本当にご尽力ありがとう。

お陰で、長年疑念を抱いていた事の答えが出て、本当にスッキリしたよ。」

と少し窶れたマックスさんが、握手して来た。


「大分、お疲れの様子ですが、フラバとかは大丈夫ですか?」

と聞くと、「フラバとは?」と聞かれ、説明すると、


「ああ、それは、まあ、時々あるかな。

まだまだ完全に吹っ切れた訳じゃないんだろうな。」

と少し寂しげな顔を見せていた。


ある意味、同志ですもん、それは理解出来る。

俺も人の事を言える立場では無いのだが、早く吹っ切れる日が来ると良いね。


「まあ、俗世間一般では、最大の復讐は、自分が目一杯幸せになる事って言いますから、まあ気負わずにユックリで良いから前に進めばと。」


「ああ、そうだな。前に進まないとだな。」

と言葉を噛み締めていた。



「ああ、で、そのお礼もあるが、あの親子判定の魔道具、結構俺の所にも、ヤイヤイと督促が来ててな。

早めに何とかして欲しいって事と、諸々の褒美というか、お礼を受け取って欲しいんだよ。

お金でも、物でも何か欲しい物ある? 出来るだけケンジ君の意に沿いたいし。」

とマックスさん。


うーーん、これって辞退すると、確か貴族のメンツを潰すとかって事になるって、ガバスさん講座で言ってた奴だな。

どうするかなぁ~お金は別に要らないし、あ、ダメ元で聞いてみるか。


「えっと、多分無理とは思うのですが、余っている様な通信魔道具とかって無いですよね?」

と聞いてみた。


「あー、それな! 本当に無いし、ここも辺境って事で、特別に王宮と結ぶ通信魔道具があるが、他の重要度の低い所では余程の事他に理由がない限り、貴重な通信魔道は持ってないな。

うーん、何とかしてあげたいが、こればかりは無理だな。」

と苦い顔をするマックスさん。


そうか、だよなぁ。数が少ないって聞いているから、そこはしょうがないな。


「他には何か要望無いかな?」


「うーーん、では、家を建てる土地とか? 売って頂ければ、そんなに広くは無くて良いので。街の外れとかにでもあれば、上物はこちらで用意しますが。」

とさっきのサンダーさんの話で、少し心が動いたので、聞いてみた。


この時、一瞬、サンダーさんがニヤリと笑い、小さくガッツポーズ。

マックスさんの目がキランと光っていた様だが、健二は気付かなかった。


「おお!それなら何とでもなるぞ! 建物は要らないのか?」

と聞かれ、


「ええ、こちらで用意出来ますので。 そこはご心配無く。」

というと、


「判った。幾つか候補を用意させる。 しかし、管理人とか世話をする者は要らないのか? 良ければこちらで手配するが?」

と言われ、


「ああ、そちらは、サンダーさんから、奴隷の話を聞いたので、そうしようかと。」

と俺が答えると、


「なるほど、それも良い案だな。」

と微笑んでいた。



話は、それだけでなく、サンダーさんが言っていた、ダーク・ウルフの群の討伐の件、それに最近ドワース領の景気が良い話……これには俺が裏で貢献しているという事もお礼を言われた。

あとは、例の元受付嬢が、王都の方で、放免されたとの報告だった。

ちなみに、この放免に関してだが、王宮というか、王様が被害者本人が金を出したと聞いて、驚いたそうな。

是非一度、逢って話をしてみたいと言われたらしいが、マックスさんが、俺の性格や負った心の傷の事等を上手く伝え、ゴネられつつも、回避してくれたらしい。

うん、ありがたい。




マックスさんは全てを健二に伝えて居なかった。

実は王都ではこの話が話題になり、美談化され、劇になって上演されたり、本となって出版されたりしていたそうな。

何故それを話さなかったかと言えば、そんな事をしたら、確実に健二が籠もりっきりになって、街に来なくなるだろうと予想したからである。

それは、ドワース領としても非常に拙い事態であるし、国としても大変な人材の損失となる。

なので、敢えて伝えなかったのであった。

マックスさんと、サンダーさんは、この日が来る前に、事前に綿密な打ち合わせを行い、どうやって健二をドワースに所属させようかと思案していた。

この2人の老練な頭脳が、導き出した最適解は、小賢しい小芝居の出来ないガバスとジェイドは、敢えてこっちサイドに引き入れず、素のままで勧誘させるという手法だった。

そして、ガバスに対しては、親子関係判定魔道具の納期についての貴族からの催促をそのまま垂れ流し、ジェイドに関しては、サンダーの判断で、そのまま放置した。

そして、2人の予想した思惑通り、ガバスもジェイドも素のままの気安さで、健二に連絡手段の無さを訴えさせた事が、大前提としてかなり効いていた。


当初は、家を持ちたいと言っていた健二であるが、あの事件の所為で、一旦は引き篭もってしまった。

更に悪条件だったのは、健二の引き篭もり先が、王国の領土外であった事や、周囲を魔物で固められた、人が入れない土地であった事だ。

この時点で、かなりマイナスからのスタートとなるのだが、これを如何に挽回し、心をドワース領に繋ぎ止めるか?

その難問の答えは、タダでさえ数少なく薄い知人との繋がりを、より強固な繋がりに持って行きたいと考えていたのだ。


それの結果が、先程の馬車での誘導であったりしたのだ。

また、仮に健二が奴隷を買った場合、管理者である健二は、放置する事は出来ない。

主には、奴隷の衣食住の面倒を見る必要があるのだ。

更に言うと、奴隷と主人とは言え、この街に繋がりが出来る事は、非常に素晴らしいという訳だった。



一方、健二だが、彼の考えはこうだった。

まず、一々この街に来なくても、従魔を使った連絡の伝達、又は食糧倉庫を使った、納品物のやり取りを行えば、用は足りるのではないかと。

一々何日も掛けて行ったり来たりする必要も無くなる。


作り溜めしておけば、奴隷にでもお願いして、ガバスさんや商業ギルドに納品出来るじゃないか! 正にナイスな案だと自画自賛していた。

まあ、双方の微妙な思惑の食い違いはあるものの、取りあえず別荘をこちらの街に用意する方向で纏まったのだった。



そして、午後3時頃、領主様の側近の人、エドワードさんから、候補地を見せて貰って廻った。

4箇所程見て廻った結果、比較的神殿に近い所の空き地……但し、結構思った以上に広かったが、そこに決める事とした。

決め手は、単純で神殿に近い事だった。


「あのぉ、本当に屋敷付きで無くて良いのでしょうか?」

とエドワードさんが、困惑気味に聞いて来た。

実は、エドワードさんは、それとなく屋敷付きで、即日住める所をプッシュするようにと、密命を受けていたからである。

と同時に、無理強いをしたりして、気分を害させるなよ?とも言われていた。


「ええ、まあ上物はこっちで都合の良い物を用意しますので、ご心配無く。

じゃあ、ここの代金は幾らになりますか?」

と聞くと、


「いえ、代金は不要ですよ。褒美というか、お礼なのですから。」


「そうですか、何か過分で申し訳ない気がするのですが、これでこちらが代金を支払おうとすると、逆に失礼になるんですよね?」


「ええ、一般的にはそうなりますね。 なので出来ましたら、そのまま気持ち良く貰って頂けると、間に立つ私もありがたいのですが。」

と少し困り顔のエドワードさん。


「判りました。では、こちらをありがたく頂きます。ドワース辺境伯閣下にも、お礼をお伝え下さい。」

と頭を下げる。


エドワードさんは、少しホッとした顔をして、


「ええ、喜んで頂けた様で、何よりです。他に足り無い物とか、家を建てる資材や大工等、必要な物はお知らせ頂ければ、こちらで手配しますので、お気軽にお申し付け下さい。」


「ええ、ではもし何かあったら、領主館の方へ、お伺いします。本当にありがとうございました。」

と言って、エドワードさんが去るのを見送ったのだった。


 --------------------------------------------------------------------------------------------

 メンテナンスを行い、一部文章の改善等を行っております。基本的な内容には変更ありません。(2020/05/22)


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る