第40話 閑話:元妻と子のその後
異世界の話なので、時系列は無意味だが、日本での話になる。
『勝手に』署名捺印した離婚届を提出し、健二と離婚した『元』が付いた妻は、18歳の息子を連れて、20年以上続いた不倫相手、離婚後のクーリング期間?の半年を過ぎ、見事に再婚を果たした。
健二が借金を返済でまだ右往左往している頃の話である。
ご存知の通り、この借金自体、実際には健二の知らぬ間に元妻が偽装して作った、健二名義の借金である。
出る所に出れば、詐欺罪や私文書偽造等に問える、犯罪行為である。加えて離婚届は有印私文書偽造罪や偽造有印私文書行使罪や電磁的公正証書原本不実記録罪となる。
不貞の件と合わせれば、民事と刑事で負ける要素もほぼ無い。加えて18年に及ぶモラハラやパワハラの日々。
慰謝料総額で場所が場所なら豪邸が建つ程であったろう。
だが、幸か不幸か、健二の頭にはそんな事すら浮んでおらず、元妻に取っては幸運だったようだ。
やっと、健二の母が残した遺産を処分して、借金を返済し終わったてホッとため息をついた頃には、元妻は別人の姓を名乗っていた。
息子も養子という形にはなったが、元妻の再婚相手であり、実の父である男の姓を名乗っていた。
さて、この長年の不倫相手であった男のプロフィールであるが、この男と健二の元妻とは、大学のサークルの先輩後輩の間柄で、当時から女癖の悪かったこの男の都合の良いセフレ的な存在として付き合っていた。
そして、ズルズルと男との関係が就職後も続いていた。
さて、男は、日本有数の大企業に入社し、持ち前の話術と外面の良さでメキメキと成績を上げて行く。
そして入社3年目の頃、新入社員で入って来た女性を摘まみ食いしたら、実はこの企業の創業者に連なる者の一人娘と判明し、ラッキーとばかりに恋人同士となる。
初心なその箱入り娘は、男にメロメロとなり、一人娘という事で、女性側の籍へと婿養子に入ったのだった。
まあ、別に愛だの恋だのの感情は無く、単純に妻となった女性のバックボーン欲しさである。
この逆玉婚の恩恵もあって、更に社内での地位は上がり、若くして管理職へと昇格する。
男としては、確固たる家庭内の証として、子供を欲しがったのであるが、残念な事に女性側の不妊症で100%改善の見込みが無かった。
そして、それを気に病んで、男の妻は徐々に病気がちになる。
結婚から17年目に突入した頃、病んだ心は、しかしその男の本質を見抜いてしまった。
男の何気ない動作や仕草、優しい言葉にさえ、裏を感じてしまう様になる。
男の妻は、ついに、興信所を雇い、その結果、男の裏切りを知ってしまう。
ただ、自分の不妊に責任があるという、自虐的な発想をしてしまい、加速するように精神を蝕んで行ってしまった。
そして、その結果、思い悩んだ男の妻は、とうとう癌を煩ってしまう。
丁度、男が最年少の役員に選出された頃である。
男は、甲斐甲斐しく病気の妻を労るのだが、そこには打算にしか感じず、人生に絶望しながら、妻は発病から2年と比較的短い闘病生活の末、亡くなってしまったのだった。
と、ここまでが、健二と元妻が離婚する2年前の話。
男の妻の死から2年が経ち、男が再婚を考えて居るという。
死別した妻の両親は、お人好しと言われる温和な人達で、
「そうか、もうあいつが亡くなって2年だな、まだまだ人生は長い。
再婚すべきだろうな。」
とやはり、理解を示した。
「では、娘の残した遺品をこちらで引き取って宜しいかしら?
再婚されるのに、元の妻の遺品があると、やはり女として辛いだろうし、あの子もあの世で、後から来た他の女性に見られたり、使われたりするのも嫌でしょうかね。」
と娘(死別した男の妻)の遺品を受け取る事となったのだった。
男としては、もっと若い妻を貰う事も検討したのだが、それだと、やはり元妻のご両親(創業一家に連なる人達)に、良い顔をされないのではないか?という打算で、結局古くから馴染みのある、健二の元妻と再婚する事にした。
まあ、子供の居ない男にしてみれば、18歳になる実子付きである。それはそれで、悪くは無い。
そして、挙式などはせず、密かに入籍した後、徐々に歯車が狂い出す……。
一方健二のアパートでは、年が明けて正月気分醒めやらぬ中、1月10日の夕方、この日はこのアパートの前に警察や鑑識が集まり、大騒ぎとなっていた。
このアパートの唯一の住民である、男の遺体が発見された為であった。
第一発見者である大家の78歳の老女は、失意と後悔のドン底にいた。
その思いは、
「私がもっと早く、督促という名目で声を掛けに行っておけば……」
と言う物であった。
早くに夫を亡くし、一人で夫の残した遺産を受け継ぎ、ビルを建てたり、大きなショッピングモールを作ったりと、バリバリ働いた後、第一線を退き、会長職という名で働く事を止めてしまっていた。
しかし、夫が最初に建てたこのアパートだけは、低所得者向けに潰さずに残しておいた。
そしてここだけは、人任せにはせず、自分であれこれと世話を焼いていたのである。
だから、本心としては、ここの家賃などはどうでも良くて、そもそも仮に満室であったとしても、そこの家賃では固定資産税にすら足りないのである。
そう言う思いの籠もったアパートであったのだ。
健二が入居して来た時、あともう少しで、このアパートの役目も終わったかと、取り壊しを考えているところだったので、実は嬉しかったのだ。
実直そうで、今までも必死で働いて来た事がにじみ出る風貌の健二。
歳を聞くと、ほぼ3歳で無くなった自分の子供と同じ年齢であった。
あまり立ち入ってまで、深くは聞けなかったが、断片的に漏れ聞くところによると、どうやら会社が倒産したと同時に、長年不貞をしていた妻に裏切られて借金を負わされたらしい。
そして、母が残した遺産で、何とか借金は返したものの、まともな職には有り付けず……という話であった。
まあ、そう言う背景もあり、大家の老女は、思いっきり、健二の身の上に感情移入してしまい、我が子の様に心の中で思えていたのであった。
水も電気も止まった一室にある遺体は、鑑識が調べるまでも無く、ガリガリに痩せ細り、誰がどう見ても、餓死又は衰弱死であった。
しかも、暖房器具さえ無いこの部屋で、唯一の暖を取れる物が、薄っぺらいせんべい布団だけ。
最後に残した所持金は、21円だけであった。
事件性が無いという事で、都会の孤独死として扱われたのだが、警察が調べた結果、唯一法律上の相続人という事で、息子が居る事が判り、連絡を取ったのだが、受け取り拒否となり、大家の方で遺品を始末する事となった。
遺品と言っても、健二の両親の位牌が2つ、それにちゃぶ台とせんべい布団、後は茶碗類が数個、それに日記と思わしき大学ノートの入った段ボールと着替えが数毎である。
大家が調べて、両親の墓に健二の遺骨を埋葬して貰う様に手配し、健二の日記の入った段ボールは、自宅に持ち帰ったのだった。
そして、息子の様な気持ちを持っていた健二に対し、悪いとは思いつつも、日記を読み進めて行ってしまった。
「これは酷い悪女に捕まってしまったのね。酷いわね……。一言相談してくれれば……」
と目に涙を溜め、唇を噛み締める大家さん。
来る日も来る日も読み進め、そして最後の日記は推定死亡日時の前日で、大号泣してしまった。
『お袋のおにぎりがもう一度食べ△◇・』最後の文字は読めなかった。
大家の老女は一頻り泣いた後、ポツリと呟いた……
「この女共……許せない。」
老女は直ぐに人を雇い、健二の元妻とその不倫相手等を全て調べさせたのだった。
時はこの少し前に遡る。
亡くなった一人娘の遺品を整理していた、男の元妻の両親だが、ある時、その遺品の中に大きな段ボール数箱を発見し、中を見ると、娘婿の不倫の証拠が山の様に出て来た。
また同時に娘が綴った日記も出て来て、結婚から病んで行く様子が、如実に書かれていた。
温厚でお人好しのご両親の怒りは凄まじく、「こいつら、許すまじ!!!」と荒れ狂った。
時が満ちた3月中旬、大家の老女は、自分の友人の会社に相手の男が居る事を知った。
しかも、その知人の娘と結婚していた事も。
すぐに友人夫婦に連絡を取り、直接話す場を設けて貰った。
大家が、最初に頭を下げて、
「これから、大変不快な話を聞かせてしまうが、許して欲しい。」
と断りを入れ、事の次第を話して行った。
「実は、私共もつい最近、その事実を知ったのです。
私共の全力を持って、制裁を加えたいと思っております。」
と血の涙を流す様な声を漏らす父親。
「あの男は絶対に許せません! 私達が結婚前に調べさえすれば……」
と顔をクシャクシャにして泣く母親。
ここに集まった3人の老人達の思いは一つだった。
あの親子3人は許せない。
それから、一ヵ月が過ぎた頃、謎の失踪事件が起こった。
大企業の役員とその新しい家族の失踪事件は大々的なニュースとなり、『現代の神隠し』と世間を賑わせた。
そして、警察が捜索したにも拘らず、足取りや事件性の有無さえ一切出て来なかったのだった。
事件が騒がれて暫くした頃、両親と共に健二の遺骨が眠る墓には、綺麗な花と、線香、そして、手作りのおにぎりがお新香と一緒にお供えされていたという。
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