第23話 決死の偵察隊 (改)
ドワースの領主であるマックス・フォン・ドワース辺境伯は、ここ2年程気落ちする事が相次ぎ、少し元気が無くなっている。
2年前に古い友人である、冒険者ギルドのギルドマスターより報告と謝罪を受け、未来有望な冒険者の少年が、この街を去ったと聞いた時には非常にショックを受けた。
その少年は一太刀で災害級の魔物であるブラッディ・デス・ベアを討伐しうる逸材だったのだ。
離れているとは言え、領土の近くに魔宮の森と魔絶の崖という、凶悪な魔物の住み処に隣接しているドワース領に取って、優秀な冒険者は、手放せない程の宝でもある。
いや、勿論、冒険者を縛る事は出来ないのだがな。
サンダー曰く、おそらく少年は、魔宮の森か魔絶の崖の向こうへ帰ったのではないかと言っていた。
ならば、冒険者達を編成して迎えに行ってはどうだろうか? と提案すると、
「いや、それ普通に無理だから。
例え俺達のパーティーが全盛期の頃でも無理だったんだから。
今じゃあ、歳も食っちまったし、この街の冒険者は良くてAランク止まりだからなぁ。」
と苦い顔をしていた。
そして、近年、更に俺を悩ませる事件が草原で起きている。
街の中では、ドラゴンの仕業じゃないかという説まで出ている。
毎日とは言わないが、ほぼ連日、遙か彼方の草原で……いや、嘗ては草原だった所で、異変というか天変地異が起きているのだ。
偵察に行った冒険者の報告を聞いたところ、既に地形が変わってしまっているらしい。
幸い領土外ではあるが、油断は出来ない。
しかもその天変地異はほぼ同じ場所で起きている。ある時は真っ赤に燃えた隕石が落ち、この居城まで揺れ、数分後には突風が吹き荒れた。
ここから見える程の大量の煙や炸裂音、稲光に、竜巻等、日ごとにその天変地異が激しくなって行っている。
天変地異の時間帯はほぼ同じ辺りで、午後1時~2時ぐらい、長い日でも3時ぐらいで収まる。
サンダーの所に偵察の依頼を出したが、冒険者は誰も行きたがらず、依頼を取り下げる結果になった。
何か、対策を考える必要があるが、どうしたものか……。
一応、王都の方へも報告は上げているが、未だに返事は来ない。
街道からは離れた場所なので、今のところ、商団等の行き来には問題が無いが、平原の異変については、既に情報の早い商人を経由して、王国内に広まってしまっている。
最悪のシナリオだと、ドワース領への流通がストップする可能性もある。
これだけは何としても、防がねばならない。
ここは、危険ではあるが、領軍を出して、偵察に行かせるべきだろうな。
◇◇◇◇
翌朝、ドワース辺境伯は、騎士団に指示を出し、騎士を含め全兵士を訓練場の広場に集めた。
「諸君、平原の異変に関しては既に知って居ると思うが、このまま放置して置く訳にもいかないので、偵察部隊を編成し、少しでも情報を持って帰って欲しい。
危険を承知しての任務故、私も出る予定である。 騎士10名、兵士50名の志願者で編成する。
強制はしないが、何卒この街の為、志願して欲しい。」
と演説した。
直ぐに志願者が詰めかけ、アッサリと編成が決まった。
「ありがとう、諸君! 謎を解き明かし、この街に無事に戻って来よう!」
と頭を下げたのだった。
翌々日、総勢71名編成の部隊が、ドワースの西門を出発する。
このドワースの街は、魔宮の森からのスタンピードを防ぐ意味もあり、領地の魔宮の森寄りに配置してある。
謂わば王国の砦であり、防波堤でもあるのだ。
歩兵も含む為、平原までは片道2日となる。
出発して、1日目の昼時、食事を取っていると、平原の方からもの凄い爆音が聞こえ、雲まで届くかの様な業火が上るのが見えた。
まるで、地獄の業火である。
食事をしていた兵士達は、驚いて、スープの入った食器を落としたり、手に持ったパンを落としたりしていた。
業火は、約5分間程燃えさかり、嘘の様に消えていった。
「………お、おい、今のは!?」
「あ、あれが平原の異変……」
「お、俺はちゃんと生きて帰って、マリアと結婚するんだ!」
「な! ば! おま、変にフラグ立てんじゃねーよ!」
等とザワザワと騒ぐ兵士達。
騎士達も騒ぎこそしなかったが、顔は青ざめていた。
「みんな、落ち着け! 何もあのど真ん中に行く訳では無い。
あくまで偵察である。離れた場所に陣取れば、被害は無い……「ドッコーーーーン!」……筈じゃ。」
とドワース辺境伯の声を掻き消す様に、今度は見た事も無い、青白い火柱が立ち上る。
更にそれに加わる様に、竜巻が起きて、雲にポッカリ穴を開け、雲の更に上へと巻き上げて居た。
「アワワワ……なんじゃ、これは!!!」
全員が恐慌状態に陥ってしまうが、誰も動く事が出来ない。
それが百戦錬磨の古参の騎士団長であってもだ。
しかし、やはり、5分程で、その火炎流と化した青白い火柱の渦は消え、辺りに静寂が戻って来たのだった。
それ以降、異変は終了した様だったが、誰一人声を発する者はおらず、お通夜の様な昼食は数分で終了したのだった。
だが、ここで誰一人引き返さなかったのは、流石は王国に武と賢で通った、ドワースの精鋭達と言えよう。
彼らの誇り高き祖国への愛は、この厄災なんかには負けない……筈である。
夕方まで全員無言で進軍し、静かに野営をした。
明日はいよいよ、死地となる訳だ。
ある者は、そっと恋人の髪の毛が入った布袋に口づけをし、ある者は、両親へのメモを残し、ある者は寝酒を引っかけて早々に寝床に入ったが、昼間に見た異様な光景が瞼に浮かび、なかなか寝付けなかった。
翌朝、簡単に朝食を済ませ、誰一人欠ける事なく、進軍を開始する。
午前11時には、現地に辿り着き、副団長と騎士1名、兵士3名で先行して、現地へと近付いた。
現地は荒れに荒れ、嘗ては平らで草が芝生の様に生えていた草原が、いまでは岩や凹みだらけの荒れ果てた状態となっていた。
一番深そうなクレーターは、深さ30mを超えてそうだった。
一部は渓谷状に溝となっていたり、その上には橋の様に細長い岩が落ちていたり、尖った岩が地面に刺さっていたりと………。
「これが、地獄と言われても、信じてしまうだろうな。」
と副団長がポツリと呟く。
ゴクリと生唾を飲み込む音がヤケに大きく響く。
5分程放心して見ていたが、合図をして、本陣まで戻った。
報告を聞いたドワース辺境伯と騎士団長は、口をポカンと開けた状態で思わず固まってしまった。
数分で再稼働した騎士団長は、辺境伯と打ち合わせし、隊を25名づつの2班に別け、本陣より更に近付いて偵察する決死隊を編制した。
前後2班に別ける事で、最悪誰も報告を持ち帰らないという事態を防ぐ為である。
昼食どころではないので、軽く水分補給をして、干し肉を囓り、塹壕を掘って、時を待つ。
もうすぐ午後1時となる。
口を開く者はおらず、ただ心臓の鼓動だけがヤケに耳に響く。
午後1時半になったが、異変は起きない。
午後2時になったが、やはり変化は無かった。
午後3時を過ぎ、全員に安堵の笑顔が戻った。
午後4時になった頃、伝令が走り、再度前衛の偵察隊が、本陣に合流した。
どうやら、今日は異変が無い日らしい。
「今日はたまたま無かったが、明日起こらないとは限らない。
取りあえず、3日程様子を見る事にする。」
その日の晩ご飯は、全員に温かいシチューと肉、そしてコップ1杯の酒が振る舞われた。
誰もがその意味を理解し、敢えて明るく飯を食うのであった。
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メンテナンスを行い、一部文章の改善等を行っております。基本的な内容には変更ありません。(2020/05/21)
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