第4話 死後の世界も悪く無い (改)
一夜明けて朝、これまでの人生では経験無い程の清々しい満ち足りた寝起きを迎えた。
「なんて清々しい目覚めだろうか。なんか、昨日の目覚めよりも更に体中に力が漲る感じがするな。」
死んで死後の身体に換わったお陰だろうか? それともベッドのお陰か? どちらにしても、感謝しかないな。
顔を洗い、着替えを済ませてから、コップに水袋の水を入れて、ゴクリと飲み干す。
「しかし、本当にこの泉の水は素晴らしいよな。」
取りあえず、テントの外に出て、朝食用の桃を採取する事にした。
冷蔵庫があった事を思い出し、余った分は冷やして置こうと10個程採って来た。
皿の上において、頂きますと合掌し、桃に齧り付く。
「うっまーーー! やっぱ何度食べても美味いぞ!」
と瞬く間に3つ食べ、残りは冷蔵庫に入れて置いた。
そう言えば、水は飲んでるけど、コーヒーとか無いかな? 久々に美味しいコーヒーを飲みたいのだが。
昔から、コーヒー好きで、朝は1杯飲んでから1日をスタートさせていたのだが、それもバブルが弾ける前まで――
それ以降は、そんな細やかな楽しみすら封印し、妻子の為にと頑張って来たのだが、死んでしまって、久々の風呂と清々しい目覚めを味わった事で、どうしてもコーヒーが飲みたくなってしまったのだ。
キッチンを探ってみると、ドリップ式のコーヒーメーカー一式を発見した。
「これは、どうみても、コーヒーメーカーだよな。
って事は、何処かにコーヒー豆もあるんじゃないだろうか?」
あるとしたら、あの食料庫が実に怪しい。
食料庫の扉を開けて、「コーヒー、コーヒー」と呟きながら、中に入ると、途端に頭の中に巾着袋と同じ様な物品リストが表示されて、リストが自動的にスクロールしてコーヒー豆が点滅し始めた。
何という親切設計! 見ると、点滅したリストのコーヒー豆の袋が目の前にイキナリ転送されて来たらしい。
「おおお! こう言う仕様なのか。 これは非常に便利だな。
申し訳ないけど、少し使わせて頂くとしよう。」
と手を合わせ、コップ1杯分程の豆を掬って、持って来た。
豆の袋は、頭の中で、『取り終わった』という認識に変わると、消えて行った。おそらく元の場所に戻ったのだろう。
ボールに入れたコーヒー豆は、まだ挽き終わってない豆の状態だったので、コーヒーミルを使って、ゴリゴリと豆を挽いて行くと、香ばしいコーヒーの香りが漂って来る。
「うーん、これは堪らんな。」
コーヒーメーカーに豆を入れて、お湯をコンロで沸かし、そっとお湯を少量入れて、蒸らしてから、徐々にお湯を注いで行く。
出来上がったコーヒーをマグカップに入れて、香りを楽しんだ後、フーフーと冷ましつつ、口にする。
「ああ……美味しい……」
ああ……何だろう、俺、泣いてるみたいだ。
頬を涙が濡らしている。
馬車馬の様に働き、妻子に仕えた日々、結婚以来、妻が俺に食事を作ってくれた事は1度もなかった。
その為、深夜に帰ってから、自分でインスタントラーメンを作ったり、冷やご飯をお湯で茶漬けにして、塩を振りかけて食べたりしていた。
勿論朝食も無い。
その為、結婚以前はちょっとポッチャリした体型だったのだが、結婚後は激痩せしてしまったのだ。
俺、良く頑張ったよな? 確かに結果は散々だったけど、それでも最大限にやったよな?
と自問自答しつつ、コーヒーを飲みながら泣いていた。
そして、少しずつだが、死んだ事で、もう頑張らなくても良いんだ。気を張って生きる事は無いのだと固まった心が解けていくのを感じていた。
◇◇◇◇
それから、約1ヵ月の間、桃の木の横に建てたテントを拠点にして、日々ノンビリと散歩をしたり、花を眺めていたり、雲の形を眺めていたりして過ごした。
新しくなったこの美少年の身体にも慣れ、色んな方向へ日帰りで出歩いたりもした。
その結果、桃以外にも、リンゴや、葡萄や、ラズベリー、ブラックベリー、マンゴー、バナナ、オレンジ等の果物を発見した。
不思議な事に桃以外の果物を一定数食べた際に、やはり頭の中に声が聞こえた……気がするが、特にそれ以外の異変は感じなかった。
不思議と言えば、巾着袋だが、どうやらこの巾着袋の中は、食べ物が腐らないらしい。
試しに、時間を計る砂時計っぽい物を作ってみて、中に仕舞い、翌日出してみると、仕舞った状態で止まっていた。
なので、今後の事も考え、これらの発見した果物をせっせと採取して、巾着袋に仕舞ってある。
既に、ローテーションを組んで何周も採取に行っているのだが、これらの果物の木の成長は早く、翌日にはまたモッサリと実がなっていた。
その為、日々の日課となっている果物採取で、一生掛かっても食べきれない程の収穫量を貯めているのだが、それでも巾着袋は満杯にはなっていない。
もしかすると、猫型ロボットのポケットの様に、制限は無いのかもしれない。
『死後の世界の受付』に行かないといけないとは思っているのだが、生前の過酷な経験の反動と、余りにもこの生活リズムが快適過ぎて、1日1日と予定を延ばして仕舞っている。
ちなみに、日々探索している日帰りの範囲では、その『受付』や他の人等を見かける事も、建物や道を見かける事も無い。
また、誰かがここへ迎えに来る様な事もなかった。
その為、本格的に移動を開始すると、この天国の様な場所には二度と戻れないだろうという事も、健二の決断を鈍らせている。
テントの倉庫の食料は尽きる事も無く、米や醤油、味噌と言った物もリストに発見したので、果物だけでなく、味噌汁なんかも作って食べて居る。
そんな感じで、3ヵ月が過ぎた頃、重い腰を上げる事を決断したのだった。
「さて、こうやって問題を先送りしてても、いい加減ご迷惑を掛けているだろうから、そろそろ『受付』を探しに行かないといけないだろう。
明日の朝、ここを出発しよう。」
この3ヵ月で心の傷が癒え、前向きな気持ちになったのは、決して一人の生活で、人恋しさの余り……ではないぞ?
という体であるが、実際は、誰かとお話したいと思える様になったのが切っ掛けであった。
テントを巾着袋に収納し、慣れ親しんだ、泉と桃の木にお礼を言いつつ、
「またいつか、来れたら来るよ。」
と別れを告げ、太陽の昇る方向を目指して歩き始めたのだった。
この新しい美少年の身体だが、非常に高性能で、軽くジャンプしても、3mぐらいの高さまで飛べる。
筋肉ムキムキでも無いのに、握力も凄く、直径50cmぐらいの10mの丸太だったら楽々持ち上げて運んだりも出来る。
新しい身体に慣れるに従って、日々の探索エリアも当初の10倍ぐらい広がったが、特に疲れる事は無かった。
片道50km程度の移動なら、小走りでも1時間ぐらいで行ける程だ。
3日程森を進んでいると、森の雰囲気が一変した。
それまでの凜とした神々しい空気から、生活感の溢れる空気と言えば良いか、何かそんな感じに変わってしまった。
「あれ??」
と不思議に思いつつも、前進して居ると、この森で初めて巨大な熊の様な動物に出会う。
真っ赤な毛で覆われた、全長7m程の巨大な熊で、両手足には、凶悪な鋭い爪が生えている。
「熊さん!?」
「グモォーーーーーー!!」
と咆哮を上げ、健二に威嚇し、仁王立ちになる赤い熊。
「これ、ちょっとヤバい感じだぞ?」
健二は、慌てて武器になる様な物を探し、腰に付けてるナイフを抜いた。
これまでの人生、武術と言えば、中学校や高校でやった剣道や柔道の授業程度で、殴り合いの喧嘩すら、した事がない。
どちらかというと、一方的に殴られる事はあったが、争い事は嫌いである。
へっぴり腰で完全に腰が引けた状態で、膝も手も震えている。
熊が動いた、一気に迫って来て、振り上げた大人の男の胴体程の太さを持つ腕を、健二に向けて振り下ろして来た。
「ヒッ」
と悲鳴を上げて、後ずさると、地面の凹みに足を取られ、仰向けにひっくり返ってしまった。
が、その転倒のお陰で、腕の先に生えた20cmはあろう鋭い爪の一撃が目の前スレスレを通り抜けた。
「ヤバいヤバいヤバいーーー! これはマジでヤバい!」
熊は、避けられない筈の一撃を躱された事で、益々ヒートアップしているのか、「グゴーー」と吠えて、足を上げ踏み潰そうとしていた。
それを横に転がる様にして回避すると、真横から「ズドン」という炸裂音と共に、小石が跳ねて来て、顔や手足に当たった。
もう、跳ねた小石が痛いとか言っている場合ではない。
2度も、攻撃を避けられた熊さんは、大層ご立腹で、身体を捻って、もう片方の腕で殴り掛かろうとしている。
俺は、素早く起き上がって、距離を取った。
心臓の鼓動は早鐘の様にドッドッドッドと鳴り響いて居るが、3度に渡る連続した攻撃を回避した事で、ほんの少しだけ心の中に「このまま逃げられるのでは無いか?」という希望の光が見え始める。
しかし同時に、『野生の猛獣を相手に遭遇した際、背を向けて逃げる事は厳禁である。』という話を聞いた様な曖昧な記憶で、方向転換して逃げる事を断念した。
手にしているしているナイフは、刃渡り25cmぐらいで、とてもじゃないが、リーチが足り無い。
もしこれで反撃しようとしたら、首筋や心臓と言った急所を接近して狙う必要があるが、全長7m程の熊である。
仁王立ちしているので、到底届かない。
そこで、ハッと思い出し、巾着袋から、刃渡り1m30cmぐらいの長剣を取り出した。
「これなら、リーチも長いし、威力もある筈!」
素早く鞘を抜き捨て、両手でシッカリと持ち、腰を低くして、前後左右どちらにでも素早く動ける様に構えた。
まあ、相変わらず、腰が引けたままであるが、元来臆病なオッサンにしては進歩と言えよう。
しかし、そんな健二の口からは、
「く、熊さん、ここらで手打ちにしませんか?」
と言う、微妙な呼びかけだった。
当然熊にそれが通じる訳も無く、「グギャー」と雄叫びを上げながら再び突進して来た。
少し心が落ち着いた事で、目を瞑る事なく、左右の腕の爪による攻撃を素早く右へ左へと躱し始める健二。
そして、躱す毎に、徐々に心にゆとりが生まれ、身体の動きも無駄な緊張が抜け、余裕で躱せる事に気付き始めた。
よくよく見ると、それ程速い攻撃ではないのだ。
そして、熊の一方的な攻撃を躱す事、30数回が経過した頃、これなら、少し痛い目に合わせれば、逃がしてくれるんじゃないか?と思い始める。
手にした長剣をつかって、ちょっと懲らしめようと思い、熊の攻撃に合わせたカウンター気味のタイミングで、斜め下から右上へと軽く切り上げた。
すると、ズバンと熊の身体に亀裂が入り、横を通り過ぎた熊から血が噴き出して倒れたのだった。
「へ??」
余りの手応えの無さにビックリしていると、斜めに真っ二つになって倒れている熊は、血をまき散らして、絶命していたのだった。
「ええぇーーーー!?」
と健二の絶叫が森に木霊した。
軽く振った初めての剣で、この結果である。
「こ、これはかなり拙い事をしでかしたのではないだろうか?」
ヤラかしてしまった事態に青くなる健二。
「これは、受付で、正当防衛として、謝るしか無いか。
と、取りあえず、これは証拠として、受付の方に見せて説明する必要があるだろう。」
と呟き、一度熊の遺体に手を合わせてから、巾着袋に収納するのであった。
極度の緊張から解放されて、喉の渇きを覚え、水袋から泉の水を飲んでいると、急に身体がムズムズと疼き始め、力が漲る感じがした。
1分程で、疼きが落ち着き、ホッとして、先へと進み始める。
それからも30分に1回ぐらいの割合で、猛獣と呼ばれる様な動物や、見た事の無い動物に遭遇し、ある物は集団で、ある物は牙を剥いて、ある物は、何か液体を吐きかけて来た。
その何れも正当防衛で倒してしまうまで、攻撃を諦めてくれなかった。
「無益な殺生はしたくないのだがなぁ。」
と呟くが、こればっかりはどうしようもない。
その出て来た動物たちは、大型の黒い精悍な狼の群であったり、太さ1m近い巨大な蛇であったり、異様に牙の長い巨大な虎であったり、目から変な光線を出す巨大なトカゲであったり、空中から急降下して鋭い爪で掴もうとする全幅5m程の鷲であったりだった。
他にも、巨大なムカデや、蠍、蜘蛛と言った見た目から身の毛もよだつ虫等も居た。
「この森は一体どうなっているんだろうか?
死後の世界とは言え、これは流石に変なんじゃないかな? それとも地獄なのか?」
と少しずつ、何かがおかしいと気付き始める健二。
途中で、歩きながら、果物を巾着袋から取り出して食事を取りつつ、先へと進む。
そして、日が沈み、夜になってしまったが、相変わらず……どころか夜行性の動物が多いのか、襲撃に遭う頻度が増えてくる。
襲って来ないまでも、周囲では、ギャー、グォーー、キシャー、ゲッゲッゲ等と不気味な鳴き声や、断末魔の鳴き声、その他には、木が倒れたのか、ドッシャーーンとか爆発したのかと思う程の爆裂音も聞こえて居る。
こんな状態では、とてもじゃないが、オチオチ寝てる場合では無い。
眠ったところを襲われたら、一発でお陀仏、あの世である。
(まあ、死後の世界なのに、『あの世行き』とかという矛盾には気付いていないのだが)
とにかく、ある程度安全が確保出来るところまではこのまま進むしか無いと、ただひたすら前進し続けている。
幸いな事に、身体的な疲れは無く、身体もスムーズに動くが、精神的な疲れは、徐々に蓄積され、睡眠を要求して来る。
そして、長い長い夜が終わり、進む前方に朝日が昇る頃、森の木々が途切れ、突然視界が開けた。
ゴツゴツとした地肌の見える丘に出ていた。
そして、その20mぐらい先のにある緩やかな丘の頂点まで進むと、朝日に照らされた平野が眼下に広がっていた。
ここは、丁度崖の端っこであった。
崖のすぐ近くには、川が流れていて、その遙か先には、万里の長城ではないが、ヨーロッパの城壁を思わせる様な壁とそれに囲まれた街が見えた。
中央には、中世の城の様な建物もあり、街の中の家の煙突からは、煙も上がっている。
「街だな。人が居るのか。
受付はあそこだろうか?」
進む方向としては、今までと同じで朝日の昇る方であった。
ここで、初めて腰を降ろし、休憩を取ったのであった。
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メンテナンスを行い、一部文章の改善等を行っております。基本的な内容には変更ありません。(2020/05/21)
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