第六話 森の者

 炎が霧散した。自分の体が癒えていく。それだけじゃない。自分の体の奥底から力強い何かが湧き出てきて、僕の体に浸透していく。


 気がつけば、燃えていたはずの僕の体は元通りになっており、さらに一回り大きくなっていた。


「わ、私の魔法を、いえ、魔力を吸収した……!?」


 僕を炎で燃やした、ローブ姿の少女が、杖を握りしめて驚愕している。彼女だけではなく、他の三人も呆然としていた。それは、大きな隙だった。


 僕は枝をまとめて、横に薙ぎ払った。彼らは慌てて防御行動をしたが、まとめられた枝は相当な質量を持っているため、耐えきれず、枝を振るった方に吹き飛ばされた。


「くそ!おい、立てるか!?」

「あ、ああ」

「わ、わたしは戦えない!また吸収される!」


 リーダーらしき剣使いが、仲間たちに声をかけ、立ち上がり、剣を僕に向けて構えた。それに続いて、弓使いと斧使いが同様に武器を構えた。吸収されることを恐れた魔法使いは、攻撃してこないようだ。


 彼らを見ていて思ったことは、細かく、素早い攻撃は、彼らに通用しないということだった。そんな攻撃では、避けられ、武器で捌かれてしまう。


 ならば、重く、巨大な、まとめた枝による攻撃を。彼らが防御しなければ、一撃で気絶するくらいの攻撃をする。


 僕はより多くの枝を集め、より太く、より重くした一撃を強引に振るった。彼らは僕に接近してきていたが、僕は無視して、枝を振るう。このままでは僕も傷ついてしまうが、大したダメージにはならないことを、回復前の攻防で知っている。それよりも、僕が彼らに与えるダメージの方が大きいだろう。彼らもそう判断したらしく、咄嗟に攻撃を止めて、防御の体制に移った。


 再び、僕は彼らを吹き飛ばした。剣使いは他の木に叩きつけられ、弓使いと斧使いは地面に倒れた。

  

 追撃。枝を上に振り上げた。目標は、地面に倒れている弓使いと斧使いの二人。二人に向かって枝を叩きつけようとした。「やめろお!」という剣使いの声が聞こえてきた。


 彼らの顔を潰す勢いで、枝を振り下ろしたときだった。フード付きの、薄茶色の外套をで顔と姿形を隠した謎の人物が、弓使いと斧使いの前に、突然現れた。誰だ!と思ったが、枝を止めることはできない。仕方ないと、その人物ごと叩き潰そうとした。


 しかし、そうなることはなかった。僕の枝は、薄紫色の、障壁のようなもので防がれていた。それを打ち破ろうとして枝に力を込めるが、全く砕ける様子はない。


 僕は焦った。こんなときに、もう一人手練れが戦闘に参加してくるとは思ってもいなかった。剣使いたちも予想外だったようだが、心強い味方がきたと分かったらしく、自分たちの体を奮い立たせ、僕に向かって武器を構えた。


「助かった。誰かは知らないが、あのスケアトレントを討伐に力を貸してくれると考えていいのか?」


 剣使いが、謎の人物に問いかけた。


「違いますけど」


 謎の人物が、ポツリと答えた。それは、剣使いたちにとっても、僕にとっても予想外のものだった。静寂が、訪れる。


 謎の人物は、僕の方に歩み寄ってきた。僕は動揺しているため、その人物が接近してくるのを許してしまった。


「私が話している言葉の意味が分かりますか?分かるのでしたら、地面に〇と描いたください」


 顔は分からないが、声は女性のものだった。彼女が何故そんなことを言っているのか、その理由が理解できなかったが、言われた通り、僕は枝で地面に〇を描いた。彼女は小さく頷いた。


「私の後ろで呆けている彼らは、討伐者と呼ばれており、人間のとある組織のものです。彼らは、あなたを討伐せよという組織の依頼を受けて、あなたのもとへと来ました。ここまで分かりますか?」


 僕は〇と描いた。


「こう見えても彼らは、組織の中でも上位の実力者です。彼らは殺せば、組織の中でもより強力な人員が、より多く、あなたを討伐するために派遣されるでしょう。そうなれば、あなたも死ぬ可能性が高い。ここまで、よろしいですか?」


 〇を描いた。しかし、何故彼女がそんなことを僕に伝えるのか。その真意が分からなかった。


「そうなれば、私に、いや、私たちにとって大問題なんです。あなたを殺されるわけにはいかない」

『……!?』


 その言葉には僕だけではなく、討伐者と呼ばれた剣使いたちも驚愕していた。一体、僕は何なのだ?彼女は何を知っているのだろう。


「そこで、私が、討伐者の組織のリーダーを説得してきましょう。あなたを見逃すようにと」


 ただ、呆然としていた。そんなことができるのだろうか。もちろん、生きることができるのなら、そちらの方が良い。だが、彼女の言うことを信用しても良いのか、判断できなかった。


「まあ、あなたがどのように考えようと、私がやることは変わらないのですけどね」


 そう言って彼女は、討伐者たちの方に向かっていった。


「と、いうわけです。さっさとギルドに戻りますよ」

「ま、待ってくれ!あんたは一体何者なんだ?なんであのスケアトレントをかばう!?」

「ギルドに戻ったら説明しますよ。とりあえず、今は私に従ってください」

「だが、しかし……」

「私に助けられたのを、忘れたのですか?」


 そう言われては、討伐者たちは彼女に逆らえないようで、彼らは渋々と、自分の武器をしまい始めた。再び、謎の人物は僕に近づいてきた。


「では、また来ます。それまでに、あなたの霊格がより高まっていることを期待しています」


 彼女は僕に軽く頭を下げてから、討伐者たちを引き連れて、木々の向こうへと消えていった。彼女には聞きたいことが山程あったが、僕から彼女に問いかける手段は持っていないため、黙って彼らが立ち去るのを見ていた。




「それで、説明していただけるのでしょうね?」


 討伐者ギルド、レナード支部。その中にある支部長室には、二人の人物がいた。


 一人は、良質そうな椅子に背を預けて、目の前の人物を見据えている眼鏡をかけた男性。線が細く、一見学者のようだが、放っている殺気は歴戦の戦士と遜色ない。討伐者ギルドレナード支部長であるキーン・オリバーだ。


 もう一人は、例のスケアトレントから、四人の討伐者たちを逃がした、否、ギルドからスケアトレントを逃がした、外套を羽織った謎の人物だ。


「もちろん、うちの討伐者たちを生かしてくれたことは感謝しております。ですが、そのスケアトレントを討伐しない理由にはなりません。一体何を考えているのですか?森の者エルフは」

「……これは驚きました」


 そう言って、謎の人物はフードを外した。はらりとこぼれ落ちる銀髪。ラピスラズリのように輝く青い瞳。そしてなにより、普通の人間よりも長く、尖った耳。謎の人物の正体は、森の者エルフと呼ばれている種の少女だった。


「驚いているのなら、もう少し表情が動いてもいいと思うのですが」

「顔に出にくいほうなのです。それよりもよく、私がエルフだと分かりましたね。エルフと会ったことがあるのですか?」

「過去に一度だけ。エルフは静謐で美しい魔力を持っていますからね。それで見破ることができました。また、世界中でエルフとの接触情報があります。そのことから、ここにもエルフが訪れてもおかしくないと思いました」

「なるほど。これは良い勉強になりました。これから正体を隠すときは、魔力を濁らせてみることにしましょう。では、話を戻しましょうか。こちらをお読みください」


 エルフの少女は、懐から一通の書簡を取り出した。キーンはそれを受け取り、封を切った。


「私たちの長老が、直接したためたものです。私が口頭でお伝えするより、信用していただけるでしょう」


 書簡の中身を読み進めるたび、少しづつ顔がこわばっていくキーン。冷や汗が一筋、額から流れた。


「……なるほど。これが真実ならば、あのスケアトレントは討伐するわけにはいかない。ですが貴女も人が悪いですね。討伐者を向かわせる前に、教えてくだされば良かったのに」

「私の目で直接、あのスケアトレントが確認した後、お伝えした方が良いかと思いまして。お許しを。それで、信じていただけましたか?」

「伝説の森の者が言うのであれば、それは真実でしょう。しかし、すぐにでも行動しなければまずいのでは?」

「焦るのと、急ぐのは別物です。今はじっくりと、あのスケアトレントの霊格が高まるのを待ちます。それが高まりきったとき、あれは上位の種に進化するはずです。そのときが、動き出すときです」

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樹人転生 シシノノ @rinbook

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