第31話 次の拠点へ 終 その2
あれからどれだけ待っただろうか。ほんの数秒だった気もするし、数時間と経った気もする。
痩せぎすの男は目を開くと、真っ先に俺の姿を視界に入れる。
「ああ?そこで何してんだお前」
慌てて痩せぎすの男に駆け寄り、俺は話を切り出した。
「あなたにお聞ききしたいことがあるんです」
「ああ?あほか、こんな時に何を話せと?」
痩せぎすの男は気怠そうに肘掛けに頬杖をついてこちらに視線を送ってくる。
「あなたが俺たちを連れて行こうとする理由を、です。ちゃんと教えて頂けなければ、俺たちは何の判断も下せない」
「チッ、めんどくせぇ。てめえの無能さを人のせいにしてんじゃねぇぞ。後ろの連中を見て、それでも動けないってんならさっさとこっから失せろ」
「誰のせいでここにいると思っているんですか!」
「ああ。だからお前らに期待した俺が馬鹿だったってだけの話だ。…ほら、目当ての女は帰ってきたろ?お前だってもうここに用はないはずだ」
鬱陶しいものを手で払うような仕草をする痩せぎすの男。正直俺だって、ここを立ち去って問題ないようならさっさと立ち去りたいところだ。
「…期待ってことはやはり俺たちを戦わせようと考えていたってことですよね。捨て駒にでもするつもりだったんですか」
「ああ!?捨て駒だと!?俺がんなふざけたことするわけねぇだろうが!」
椅子から勢いよく立ち上がって激昂する痩せぎすの男。その身体がぐらりと揺れ、膝から崩れ落ちそうになったところを咄嗟に椅子の台座の部分に手をついて持ちこたえる。
「チッくそが。あんまふざけたこと抜かしやがるなら、ここでお前だけのしてやってもいいんだぞ?」
手を着いた台座を利用して椅子に座り直す痩せぎすの男。見れば少し顔色も悪い気がする。
「…臆病者が。俺の話が信用できねぇんなら何話したって無駄だろうがよ」
痩せぎすの男は吐き捨てるようにそう呟く。
「それでも俺は、知らなければならない。人を率いる者には、可能な限りの情報を集めて精査し、最善の判断を追求する責任があるんです」
「それができんのは平時だけだ。こんな状況で、1から10まで説明してやる余裕はねぇんだよ。それになぁ、最善なんてのは後からわかることだ。どんだけ足掻いたところで、今手に届くものじゃねぇ」
「そんなの…」
そんなのただ諦めただけじゃないか。
そう彼の言葉に反論しようと言葉を出しかけたところで目の前に掌が割って入った。
「俺は一度休む。戯言なら他でやってろ」
痩せぎすの男はそう告げたっきり椅子の肘掛に頬杖をついたまま動かなくなる。そして次第に寝息を立て始めた。
腹の中で悔しさと苛立ちが混ざり合う感覚。
得られた情報といえば、俺たちを囮にする気はなく一緒に逃げようとしていたらしきことだけ。
彼が言った通り、確かに俺は彼の言葉を信用なんてしていない。できるはずがなかった。
彼女は無事だった。それでも彼女がいなくなった時の衝撃が、今も尚胸に突き刺さったまま。
それにもう1つ。本当に失われて、もう帰ってこなくなってしまった人がいる。
もう2度と繰り返したくはない。
ああ…やっぱりだ。
自身の内を探ってみてよくわかった。
俺の目は今、眩んでいる。
「あ、春風帰ってきた!」
仲間たちの元へ戻った俺に駆け寄ってくる咲。
「さっきの人会えたの?」
「ああ。ただちょっとごめん。報告は後で」
俺は咲の横をすり抜け、目的の相手を探す。
「ええ!?ちょっと!」
後ろから困惑した咲の声が届くも今は気にしている場合じゃない。
咲の呼びかけのおかげか、たくさんの荷物が地面に置いてあり、数人だけがその付近で座って休んでいる。
その中の1人。予想通りだった。人探しなんてあいつが手伝うはずがない。
その男に近寄っていく。
「おお春風、どうした?」
「玄治、話がある」
「話?…わかった」
俺は玄治を引き連れ、座り込む仲間たちにもあちこちで働く人たちにもこれからする話の内容が聞こえない場所へと早足で向かう。
そうして俺たち2人は、集落の外れも外れ。先程通った林道の脇で立ち止まる。
「結構離れた場所まで来たけど、そんな人に聞かせたくない話なのか?」
先に口を開いたのは玄治だった。覚悟を決める。
「…ああ。さっきあの男2人組の内、痩せた方の男が言っていたことは聞いていたか?」
「ああもちろん。一緒に来いとかなんとかだろ?」
「うん。彼らは今、あの集落に接近中の化け物から逃げるらしいんだけど、それに俺たちも同行してほしいらしい。いつか化け物を倒すために」
「なるほど。それで俺にどうしろと?」
「彼らに同行するか、それともカケルたちが待ってるあの吊り橋に戻って予定通り次の村を目指すか。玄治に決めて欲しい」
「ああ?そりゃ随分な大役だな。だけどあいつら、俺の決定に素直に従ってくれるかねぇ」
「だから誰にも聞かれないように移動したんだ。玄治が決めたってことは伏せるよ」
「…そういうこと。なら奴らに同行するで決まりだな」
「…即決なんだな」
「いやだって時間がないんだろ?」
「ああ」
玄治に決定権を委ねた、投げ出したのは俺だ。彼の決定が、例え意に沿わないものだったとしても、それは受け入れられなければいけない。理由も、求めるべきではない。
「それじゃあ俺はカケルたち呼んでくるわ」
玄治はそう言い残すと一度仲間たちの元へと戻って自身の槍のみを持ち、林道を駆けていく。
速い。疲れはないのだろうか。
「さて、俺は決定を伝えないと」
疲労感で一杯の身体に鞭打って、俺も駆け足で仲間の元へと戻った。
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