第30話 次の拠点へ 終 その1
目的の地。盗賊たちの集落内では、たくさんの人が慌ただしく動き回っていた。
両手で抱えた荷物を、荷車へどんどんと積んでいく男たち。
泣きじゃくる幼子をあやす女性。
荷物をまとめている年配の男性。
老婆を背負って歩く、体格の良い男性。
大人たちの作業を手伝う子供たち。
ここは本当に盗賊の集落なのだろうか。あまりにもイメージと違う光景に呆気にとられる。
俺たちの存在に気付いたのか、チラチラと視線を送ってくる者もいるが、自身の作業を止める様子はない。
来る場所を間違えたのではないか。そんな疑念に捕らわれる。
「おっせえぞお前ら!」
突如、どこからともなく声が聞こえたと思ったその時、目の前に2人の男が砂埃を巻き上げて着地した。
思わず手を顔の前に持ち上げて砂埃を払う。
俺のそんな様子にも気を留めずにやや痩せぎすの1人の男が目の前に立って口を開く。
「お前がリーダーか」
「…そうですけど」
「そうか、なら動け。今は説明している時間が惜しい。その荷物を全部そこら辺にある荷車に積め」
「ちょっと待ってください!咲は、あなたたちが攫った俺たちの仲間はどうしたんです!?」
「ああ?ああ、あの娘か。おい、連れて来てやれ」
目の前の男は自らの後ろに侍るようにしていたスキンヘッドの男にそう指示を出す。
「はい」
予備動作もなしに砂埃を巻き上げて大きく跳躍するスキンヘッドの男。その飛距離は優に10メートルは超える。
どんなジャンプ力してんだよ!?
さすがに驚きを隠せず、唖然としてしまう。
スキンヘッドの男の跳躍はそのまま放物線を描いて人垣へと吸い込まれていく。
程なくして腕を振ってこちらに走ってくる咲の姿が見えた。
「咲!」
思わず飛び出した俺は手が届く距離まで近づくや否や彼女の肩を両手で引っ掴む。
「怪我は!?何かされなかったか!?」
咲の身体中くまなく目を配る。特に危害を加えられた様子は見受けられないが、果たして。
「うわっ、春風?大丈夫。怪我もないし何もされてないから、ちょっと落ち着いてよ」
「本当だろうな?」
「ほんとだって。ちょっと、痛いから手離して」
「…ごめん」
無意識にかなりの力で掴んでいたらしい。それに彼女との距離も近い。
俺は一歩下がり、彼女の普段通りのはつらつとした表情を見て、つい大きな溜息が出た。
ぐらり。視界が揺れる。
「春風!?」
気づけば俺は地面に膝を着いていた。
「…大丈夫」
俺は慌てて寄ってくる咲に反射的にそう返していた。
「そんな顔して大丈夫なわけないでしょ!」
「はは、ごめん」
乾いた笑いが漏れる。確かに少しまずいかもしれない。
「おい、何してんだお前。そんなとこで寝られても邪魔なだけなんだが」
背後からあの痩せぎすの男の声が聞こえる。
俺は身体を無理やり起こすと、痩せぎすの男の方へ身体を向ける。先程飛び去ったはずのスキンヘッドの男が何もなかったかのように彼の背後に立っていることはこの際気にしても仕方がない。
「…あの、これは…」
「あー、詳しいことはそこの女にでも聞け。俺は忙しい」
痩せぎすの男は俺の言葉を遮るようにそう言い残してスキンヘッドの男と共に飛び上がり、そのまま人垣と建物の向こうへと消えていった。
取り残された俺たちは唖然としながらも一旦拓海たちの元へと戻ることにした。
「なぁ咲。今ここがどんな状況なのか、教えてもらってもいいか?」
仲間たちが集まって休んでいる地点まで戻った俺は、開口一番咲に現状を問う。
「私にもあんまり詳しいことは話してくれなかったんだけど、ああして忙しなくしているのはここから逃げるためらしいの。化け物が近づいて来てるんだって」
化け物。俺たちを呼びに来た男も言っていたことだ。
「化け物の正体とかは?」
「ううん、聞いてない」
「…なら、どうして俺たちも一緒に連れて行こうとしてるのかは知ってる?」
「それも分からない。けど、その化け物をそのうち倒そうとしてる感じはしたかな」
戦力としての俺たちを期待してということか。つまり彼らと行動を共にしていれば、いずれ俺たちは戦いに巻き込まれる恐れがあるということ。
それは看過できない。今の俺たちはまだあまりに弱く、この世界にいる人間でさえ恐れるような敵と交戦するのはできる限り避けなければいけないのだ。
それにカケルたちを吊り橋手前に残したまま、彼らと逃げるわけにもいかない。
やはりあの痩せぎすの男ともっとよく話してみるしかない。
何をするにも情報が足りなさすぎる。
「なぁ咲、俺さっきの痩せた方の男ともう少し話がしたい。探すの手伝ってくれるようみんなに伝えてくれないか?」
「うんわかった」
「ああ。それじゃあ、荷物の番の方よろしく」
「荷物番って、私も探すの手伝うよ?」
「いや、荷物番は必要だから。咲、頼む」
「う、うん。わかった…」
渋々だが従ってくれるらしい咲。その返事に安心して、俺は一足先に痩せぎすの男を探すべく、背負った大きな荷を地面に置いて駆け出す。
身体が軽いのか重いのかよく分からない。とても不思議な感覚。
だが足は動く。もう今はそれだけで十分だった。
俺は人ごみを掻き分け、痩せぎすの男が下りた辺りへと向かう。
確かこの辺りのはずだけど…。
記憶にある地点にまで辿り着いた俺は、しばらく周囲を見回しながら歩く。
そうして、とある木造の、村の住居よりも簡単な造りで耐久性や快適さにやや難がありそうな建物。内と外を仕切る扉などなく、中にはあの痩せぎすの男がいた。
木製の椅子に鎮座し、瞑目するその姿に、全身の皮膚が粟立つような感覚に襲われる。
あれを邪魔してはいけない。本能なのかなんなのかは分からないが、俺の中で警告音が鳴り響いている。
俺はそのまま痩せぎすの男が次に目を開ける時を静かに待った。
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