第32話 次の拠点へ 終 その3

「みんな、聞いてくれ!俺たちのこれからについての話だ!」


 痩せぎすの男を探してもらっていた仲間たちが全員戻ってきたあたりで俺は用件を切り出す。


「俺は、この集落の人たちと一緒にここから逃げることに決めた!だからみんな、俺について来てくれ!」


 仲間たちの間に動揺が走る。


「ちょっと待ってください!ここの人たちを信用できるんですか!?」


「ああ!少なくとも俺は、彼らは俺たちにこれ以上危害を加えるつもりはないだろうと思ってる!」


 嘘だった。仲間たちへの罪悪感が湧き出し始める。


 俺の言葉にあたりが


「私も!私もあの人たちは信用できると思う!」


 咲が立ち上がり高らかにそう告げた。


 身体に熱が灯る感覚。彼女にはやっぱり感謝してもしきれない。


 その後、拓海や涼真他、同じサークルの面々が次々と俺の宣言を支持してくれる。


 そうして、この場にいる全員からの同意が得られた。


 俺は同行するという旨をあの痩せぎすの男に伝えるため、先程訪れた建物へと向かう。


 吹き抜けになった建物の中、男は別れた時と変わらず椅子に頬杖をつきながら座っていた。


「すいません!起きてください!」


 目を閉じている男の肩を強く揺する。不快そうに顔を歪め、目を開く男。


 俺は素早く彼の身体から少し離れる。そんな俺に彼は半目にぼんやりとした視線を送ってくる。


「チッ、またお前か…。今度はなんだ」


「俺たち、あなたたちの逃亡に同行します。いえ、させてください」


「ああ?随分急な心変わりだな。おせぇ決断であったことには変わりねぇがまぁいい。…おい、国境の吊り橋のとこだ。迎えに行ってやれ」


「はい」


 気付けば痩せぎすの男の背後に、あのスキンヘッドの男が立っていた。


 彼は痩せぎすの男の指示を受けるや否や、風を伴って建物から、まるで空中を飛んでいるかのように飛び出すと一旦着地し、今度は大量の砂埃を巻き上げて高く高く飛び上がった。


 着地、飛翔、着地、飛翔と繰り返し、次第に彼の姿が小さく、そして見えなくなる。


 何度見ても訳の分からない跳躍力だ。あれは本当に身体能力かと疑いたくなる。


 一旦スキンヘッドの男のことは頭の片隅に追いやり、捻っていた身体を戻す。


「あの、迎えに、とは?」


 ついスキンヘッドの男に気を取られてしまったが、痩せぎすの男の発言にも不可解な点が混じっていた。


「すぐに分かる」


 不敵な笑みを浮かべる男。


 ひとまずここで待っていればいいのだろうか。


 無言の時間が続く。男は欠片も気にしている様子はないが、俺には少々居心地が悪い。


 たまらず俺は痩せぎすの男に背を向けるように建物の入口の方へ身体を回転させた。


 それから少しして、遠くに何やら信じられないものを見た気がした。いや、気のせいではない。それは上下運動を繰り返して近づいてくる。


 そしてその集団はこの建物の入口付近に着地した。


 あのスキンヘッドの男に加え、玄治、カケとその友人4人、牛車。それらが全てぴょんぴょんと飛び跳ねながら移動してきたらしい。


 そんな彼らを俺は呆然と見つめる。


「おお、どうした春風、ボーっとして」


「い、いや…。玄治いつからあんな跳べるようになったんだ?」


「はあ?ああいや今のは俺の力じゃなくてな…」


「おい、お前ら。そろそろ出発だ。グズグズしてんな」


 痩せぎすの男は俺の横を抜け、この建物の外へと歩いていく。


「ご苦労さん」


「……」


 労いの言葉をかける痩せぎすの男。それを聞いたスキンへッドの男は静かに一礼し、そのまま歩いていく痩せぎすの男の後ろに続く。


「俺たちも行くか」


「…ああ」


 前方の2人の後を追うように、俺たちもこの建物から外へと踏み出した。








「領主様!資材の積み込み作業、全て完了しました!」


「よし!子ども年寄りを、空いている荷車に乗り込ませろ!」


 人垣の中であの痩せぎすの男が声を張り上げて指示を出している。


 準備作業も既に大詰め。残りはほとんど出発するのみとなった。


「春風!こっちも荷物の詰め込み終わったよ!」


「わかった!」


 俺は痩せぎすの男の元に作業完了の報告へと向かう。


「俺たちも積み込み終了しました」


「わかった。出発の号令まで待て」


「はい」


 短いやり取りを済ませ、俺は仲間たちの元へと戻る。


「みんな!出発の号令がかかるまでひとまず待機!座って休んでて!」


 俺の呼びかけに、次々と地面にどさりどさりと座り込んでいく仲間たち。疲れが溜まっているのは明白だった。


 今の俺たちは、自分たちの牛車に加え、この集落の人たちの荷車に肩代わりしてもらえたおかげで、武器以外なんの荷物も持たない身軽な恰好でいられている。


 荷車に乗り込めない人間は自分の足を使って逃げるしかないため、これだけ負担の少ない状態でいられるのがせめてもの救いだろう。


 仲間たちはみんな一様に緊張した面持ちで、静かに痩せぎすの男の号令を待っている。


 俺も地面に尻を付ける。途端に背中まで全て投げ出したくなる衝動に駆られるも、仲間たちを不安にさせまいと踏みとどまる。


「春風、はい水」


「あ、ありがとう」


 俺は咲から水の入った容器を受け取ると、ぐいと煽った。全身に水分が染み渡り、気力が湧いてくる。


「はぁー」


 たまらず大きく息を吐き出す。体内に溜まっていた重いものが、ほんの少しだが吐き出せたような気がした。


 隣に座り込んだ咲は、黙りこくったまましゃべろうとしない。


 それでもなんだか気の休まるような心地がした。

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