第18話 本当の戦い3

 鍛冶師の男は、まるで自身の宝物をしまった包みの紐を解き、それらを1つ1つ大事そうに抱えながら、その宝物に籠った思い出を振り返っているかのように、訥々と話し続けた。


 そんな彼の話を聞く春風たちの様子から、自分の懸念は的中しそうだと感じながら、それでも男の話を止めることができないことを仕方ないことと割り切り、適当に聞き流していると、どうやら話したいことはだいたい済んだようで、村長たちに自身の訴えを述べ始めていた。


「彼等も私たちと同じように心を持った生命なんです。そんな彼等を、ただ憎いからというだけで殺すことが果たして正しいことなのでしょうか」


 彼の言葉にみな黙りこくってしまう。この村に来たばかりの俺たちには判断のし辛い問題のため、この村の本来の住人である3人に判断を任せるしかない。


「…なぁ1つだけいいか」


 ここで衛士の男が口を開く。その雰囲気にどこか努めて冷静さを保っているような感じを受けるのは俺の気のせいだろうか。


「お前、牛人共に金属製の武器を作ったとか言っていたな。俺たちの装備の修繕は断っておきながら。お前の方こそ、恨みや憎しみでこの村を潰そうとしているんじゃないのか」


「それは違います。私にこの村に対する憎しみなどありません。あなた方の装備の修繕を断ったのはあなた方が牛人たちに対して非道な行いをしたからです。今まで通り業務をこなしていれば、今でもちゃんと武器の修繕を行っていましたよ」


「…どうだか。裏切者の言葉なんぞ信用できるか」


「私は断じて裏切ってなどいない!…私はあくまで中立な立場の人間として、双方に公平に力を貸してきました。今回はあなた方が間違いを犯したからそれを認めろと言っているだけのこと。なぜそれがわからないのです」


「ハッ、なるほど。お前は人間も牛人も諸共に滅んでほしい、ただそれだけなんだろ。中立なんて言えば聞こえはいいが、要は俺たちも牛人共もただのてめぇの事情のための道具でしかないってわけだ」


「どうしてそうなるのです。私の話を聞いていましたか?」


「だから、お前のことなんて信用できないって言ってるだろうが。それにお前の武器が今までたくさんの人の命を奪ってきたことに変わりないしな」


「それは!…それは仕方のないこと。人も牛人も、それぞれ狩りをするためにはそれ相応の装備が必要となります。私の作った装備がなければ、互いに粗末な装備で狩りに出るしかなく、命を落とす人が余計に増えるだけだったでしょう」


「お前がいなければ、少なくとも牛人共に殺される人間はこんなにはいなかっただろうよ!」


 目の前で再び2人の口論が激化していく。


 先程は止めに入った春風も鍛冶師の男の話を聞いたせいか、この光景を見ながら必死に考えを巡らせているようだった。


 このままでは話は一向に進まない。この場でそれなりの事情を知りながら、目の前で繰り広げられている口論に参加していない村長がまとめ役としては適任なんだが。


 そう思い村長の方へと視線を送る。彼もまた、春風と同じように深刻そうな顔をしながら、この2人を眺めていた。


 彼が仲裁に入ってくれないのならば、春風がなんとかしてくれるのを待つしかないだろう。


 それにしても、お互いの主張が平行線であることくらい明らかなもんだが…。


 未だに辺りに響き続ける騒音にうんざりしながらもこの場の様子を見守っていると、


「お二人とも、そろそろ落ち着いてください。先程の牛人たちとの話についても承知しましたので今回はもう解散としましょう」


 とようやく村長が2人の間に入ってくれる。


 2人とも一瞬村長へ反発する様子を見せたものの、最終的には、鍛冶師の男は自身の店へ戻り、衛士の男は衛士隊の詰所の方へと向かって歩いていった。


 そんな様子を見守り、ほっと一息つく村長や春風たち。


 大分遅くなってしまったが、俺たちも衛士隊の業務に向かうために歩き出そうとしていると、


「…すいません。少しいいですか」


 と村長から声がかかった。少し逡巡するような素振りを見せる彼の続く言葉を聞くために足を止める。


「近いうちに村の者を何人か集めた会議を開くことになると思います。その会議に、あなた方のうち何名かも参加して頂きたいのです。あぁ、もちろん強制というわけではありません。あなた方は村の客人として一時的に滞在しているだけにすぎませんから。」


 そんな村長の言葉に顔を見合わせる俺たち。自然と春風に視線が集まる。


「…少し考える時間をもらってもいいですか」


「あぁはい、もちろんです。そのためにこうして早い段階からあなた方へ要請しているわけですから。それでは」


 そう言って村長も歩いていってしまった。


「とりあえず行くか」


 ここでうだうだと悩んでいても仕方がない。俺たちはひとまず自分たちの仕事へと向かった。








 いつもの業務が終了し、俺たちは宿の食事を摂っていた。


「朝の件、どうする?俺は別に参加してもいいと思うんだけど。この村に滞在してる以上無関係とはいかないしなぁ」


 朝の件とは、俺たちが仕事へ行く前にあった騒動と別れ際の村長の話についてだろう。


「急いで準備して事が起こる前にこの村を出発しちまえば無関係になるぜ?」


 あんまりこういったことは言いたくはないが、春風がより良い選択をするためには仕方のないことだろう。


「おいおい玄治、それはさすがに薄情じゃないか?」


「いやいや、そもそも俺たちには無関係だし、首突っ込んでいいことありそうか?最悪命を懸けることになるかもよ?」


「それは…」


 俺の発言に拓海が言葉を詰まらせる。正直今回の件に首を突っ込むことによって得られる俺たち側のメリットとしては、この村にもうしばらく滞在できることくらいだろう。


「でもひとまず会議に参加するくらいは大丈夫なんじゃない?」


 ここで涼真が拓海へ助け船を出した。その発言に今の今まで黙りこくっていた春風が口を開く。


「いや、もう少し慎重にならないといけないと思う。今回の会議に参加してしまえば、俺たちからの援助があるものだと、村の人たちは考えるかもしれない。そうなると流されるままに戦いに駆り出されることになりかねないよ」


 慎重な春風らしい意見だった。ただ少し悠長にも思える。


「会議に参加しようがしまいが、とりあえず今の内からこの村を発つ準備はしといた方がいいとおもうぜ」


「…あくまで玄治はこの村を見捨てるべきだって考えなのか?」


「いや、そうじゃない」


 牛人たちとの戦争が回避できるのならば、それに越したことはない。


 しかしもし回避できないとなった場合、俺たちがそれに参加をすれば俺たち側にも犠牲者が出る恐れがある。逆に参加をしないとした時、俺たちは村の人間にとってどんな存在となるか。


 現在の衛士隊の状況はとても酷いものだ。


 兵士たちの士気に関しては今は著しく低下しているものの、牛人との戦闘になった際はその憎しみが一時的な士気上昇に繋がるだろう。ただその分冷静さを欠いたものになることは想像に難くない。加えて彼等の装備の数々が未だ未修繕のままとなれば、彼等には十分な働きを期待することはできないだろう。


 従って衛士隊以外に、最低でも彼等の補助として戦力の不足分を補えるだけの人材がどこかにいないか、と考えた時、候補として考えられるのが、戦闘能力などいくつか不確定要素はあるものの、自前の装備の持ち合わせがある俺たちというわけだ。


 つまりは村の人間にとって俺たちは、自分たちの存亡に関わる大事な要素の1つとなり得る。


 そんな存在がもし、戦闘に参加しない。自分たちのために一切役に立ってくれないとわかった時、彼等は一体どんな行動に出るのか。


 考えられることとしてはまず、村からの強制退去。役立たずは出ていけといった風に村から追い出されることだろう。ただこれならまだいい方だ。


 もっと嫌なのは、強制的に戦闘に参加させられることだ。何かしら、例えば人質などを用いて、俺たちが戦闘に参加しなくてはならないように仕向けられ、犠牲を強いられ、果てにはお役御免とばかりに村から追い出される。悪いこと尽くめだ。


 俺はこういった懸念を3人に話す。


「そこまでのことがあるのか…?」


「まぁあくまで可能性の話だ。追い詰められた人間、生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされた人間ってのは何をするか分からないってことだけは頭に入れといてくれ」


 さすがに話しすぎかとも思ったが、こんな状況になってしまっては言わざるを得なかった。


 この食堂での話し合いはこのままお開きとなった。拓海を涼真は自室へと戻っていく。


「玄治、ちょっといいか?」


 食事中、ほとんど口を開かなかった春風が部屋へと戻ろうとしていた俺を引き留めた。


「ん?どうした?」


「話したいことがあるんだ。とりあえず俺の部屋まで来てくれないか」


 話の内容は十中八九今さっき話していたことについてだろうが、先程の食事の際、ほとんど話に入って来なかったことが少し気になる。俺は二つ返事で了承し、春風の後に続いて彼の部屋へと向かった。


 部屋へと向かう道中も春風は一切口を開かない。随分と思い詰めた様子にも見える。これは俺の懸念がいよいよ現実のものになりそうだと、少し辟易する思いで俺は彼の少し後ろを歩いていく。


 部屋に到着し中へ通されると、


「それに座ってくれ」


 と、春風は部屋の隅にある部屋備え付けの椅子を指差す。


 俺はその椅子を引き摺って部屋の中央付近まで持ってくると、それに腰掛け、ぼんやりと部屋の中を眺めながら、春風の続く言葉を待つ。


 部屋のベッドに腰掛けた春風は、意外にもすぐに口を開いた。


「玄治は、この村の南、次に俺たちが向かう場所への道中で盗賊団が出没するっていう話は知ってるか?」


「…あぁ知ってる」


 春風が盗賊の件を知っていたのは少し驚いたが、おそらくは村長あたりから聞いたのだろう。


 この村と俺たちの次の目的地との道中、地形の関係で隣国との国境近くを通ることになるのだが、そこら一帯にその隣国由来の盗賊団が出没し、運送中の物資をあらかた奪い去っていくという出来事がここ最近頻繁に起こっているらしい。


 特に被害の大きいのは交易商人、村と村の間での物資の売買を仲介することを生業としている者たちで、鉄資源が不足し、価格が高騰しているのはそのあおりを受けてのことらしい。


「玄治はそれを知ってて、それでもこの村を早く出た方がいいと思ってるの?」


「どうだろうなぁ。…春風はどう思ってる?」


「俺は…、正直この村を捨てた時の方がより犠牲者を出すことになると思う」


「盗賊団に出くわさないってのはさすがに希望的観測すぎかねぇ」


「少なくとも俺にはそんな賭けみたいなことはできないよ」


「どうかな。ここに残んのも結構な賭けだとは思うけど?」


「…うん。そうだね」


 今回の件。どちらの選択も俺たちが全滅するというリスクを孕んでいる、とてつもない賭けであることには変わりない。


「春風はどっちを選びたい?どっちの賭けがお前の好みだ?」


「…好み?」


「要はどっち選択がより気持ちよく前に進めるかって話だよ」


「気持ちよく…。俺はこの村を、この村の人たちを見捨てたくない」


「ならそれでいいんじゃねぇか?知らんけど」


 俺の言葉に一瞬はっとした表情をした春風は、その後すぐに何とも言えない陰りを帯びたようになり、一言そっかと呟いた。


 春風がなぜあんな表情をしたのか疑問ではあるが、人には人の事情があるのだろう。俺はあまり考えないことにする。


「そうだ玄治、もう1つ。会議、俺と一緒に参加してくれない?」


 表情に先程の陰りを帯びたまま彼はそんなことを言ってきた。


 確か村長は俺たちの中から数人会議に出席して欲しいと言っていたんだっけか。正直面倒極まりないが、状況が状況だし、春風の補佐役、彼とは違う見方をする人間という意味で役に立てそうではある。


「…わかった」


 結局俺は彼の頼みを受けることにした。


 次の日。早くも例の会議が行われることになった。


 場所は村長の家の1階。俺たちがこの村に初めて来た時、村長に仕事の斡旋をしてもらったところだ。そこに大きな机とそれを囲むように参加者用の椅子が配置されている。


 早朝、俺がいつもの日課をこなそうと宿のフロントに足を運んだ際、受付にいた人に今日会議が行われるということ、開催場所、時間を伝えられた時は、俺たちに選択肢なんてほとんどなかったんだと思い知らされたものだった。


 それから春風にそのことを伝え、拓海たちに今日の業務は会議に参加するため休むという旨を隊の方に伝えてくれるよう頼み、春風と時間通り村長の家に集合して今に至るというわけだった。


 既に用意された席はほとんど埋まっている。


 俺は春風の隣の席に腰掛け、周囲の人間の様子を伺っていた。


 村の緊急事態ということで、辺りにはピリピリとした雰囲気が漂っている。


 そんな空気の中、玄関の扉の空く音が聞こえ、1人の男が部屋の中へ入ってくる。衛士隊の現隊長だ。


 一瞬彼にこの場の人間の視線が集まるも、すぐに元に戻った。隊長の男も特に意に介した様子はなく、空いた席に腰を下ろした。


 しばらくして、廊下の方から扉越しに階段を足早に下りる音が聞こえてきた。足音はだんだんと近くなり、やがてその扉から村長が姿を見せる。


「すいません、お待たせ致しました。本日は急な呼びかけに応じて頂きありがとうございます」


 この場に集まった人たちを見回す素振りを見せた村長は、流れる雰囲気を察したのか自身の席に着くや否や話し始めた。


「かねてより村の脅威であった牛人族の動向。それに不穏なものが見られたとの情報が私の方に入りました。つきましては、これの状況確認と周知、及び有事の際の対策を講じる準備を行うべくこうしてみなさんには集まって頂いた次第です。さて、まずは衛士隊隊長さん、偵察に向かわせた方からの情報はどうでしたか」


 村長の言葉のその言葉に、この場の人間たちは少し動揺した様子を見せるも特別取り乱すことはなかった。


 この場にいる人間の視線が衛士隊現隊長の男に集まる。


「私が得た情報によりますと、牛人族の集落では平常通りの生活が行われていたとのことです。ただ、これは偵察を担当した者の所感なのですが、いわく、建物の出入りが少なくやけに静かだったとのことです」


「…なるほど。嵐の前の静けさというところでしょうか」


 衛士隊の隊長の情報だけでは、牛人たちに戦争を起こす意思があるのかイマイチ分からない。


 そもそも衛士隊で秘密裏に牛人を殺して回っていたという事実をこの場にいる人間全員が知っていることなのか。もし周知されているならば、もう少し隊長の男に対して他の人間が厳しい姿勢を見せてもおかしくはないように思える。


 となると、おそらくは昨日あの場に居合わせた人間以外にその事実を知る者がいないのだろう。


 隊長の男の今の報告は、知られると都合の悪い事実を隠蔽するために、あえて省いた部分があると疑わざるを得ない。また、その隠蔽に村長もおそらくは関与している。


 内輪で余計な揉め事を起こさないための配慮だろうか。せめて牛人たちとの直接戦闘が終わるまではもってくれるといいが。


「…嵐?村長は他に何か知っていることがあるのですか?」


 恰幅の良い男が村長の言い回しに反応した。


「…ええ。それについてが今回の会議の議題となります。私は先程、牛人族の動向に不穏なものがあると言いましたが、具体的な表現に言い換えましょう。牛人たちの様子から、彼等がこの村の襲撃を企てている可能性が示唆されました」


 村長の発言に、事情を知らなかった者たちの間でどよめきが起こる。


 隣に座っている春風が、信じられないという様子で村長の方を見ていた。


「みなさん落ち着いてください。牛人たちが私たちと戦争をするつもりで準備を進めているとなると、私たちは既に彼等に遅れを取っていることになります。狼狽えているだけの時間はもう残されてはいないんですよ」


 村長の脅すような発言に、辺りの騒がしさがピタリと収まった。しかし皆混乱したままであるのは明らかであった。


「…村長には何か考えがおありで?」


 恰幅の良い男が、自身の動揺を押し隠そうと努めて冷静な声音で村長に意見を求める。


「はい。この村の戦力、その全てをあの森の中にある牛人族の集落に1度に、それも彼等が就寝中の隙に投入する、というのが良いと私は考えています」


 それから村長は、その考えに至った理由について述べ始めた。


 準備段階で遅れを取っている状態で、村周辺に防衛線を敷く戦法を用いようとすれば、防衛線を整える前に敵の攻撃を受け、戦術そのものが崩壊しかねない。


 それならばいっそこちらから攻撃を、しかも夜間での奇襲ならば、準備にかける時間を大幅に短縮でき、かつ牛人たちの出鼻を挫くことも可能である。


「私の案を採用する場合、決行は今日の夜が最善でしょう」


「今日の夜!?いくらなんでもそれは早すぎませんか!?」


「そうですよ!?家庭を持つ衛士だってたくさんいます!今日で最後になるかもしれないんですよ!?」


 再びこの場に動揺が走り、村長へ非難の視線が向けられる。しかし村長は特に気にする素振りも見せない。


「まぁまぁ落ち着いて、あくまで私の考えです。これで決定というわけではありません。さてみなさん、何か他に考えはありませんか。考える時間が必要というのであれば…そうですね。…この砂が落ちきるまでということで」


 村長は壁際まで歩いていき、そこにある棚の上にあった砂時計を手に取ってこの場の人間に見せる。大きさはちょうど掌程度か。


「待ってください!それではあまりにも短すぎる!」


「あまり時間をとり過ぎては、私の案に決まった際に支障が出てしまいます。どうかご理解ください。さぁ、それではいきますよ?」


 村長はそう言い、持っていた砂時計を上下逆さまにひっくり返した。


 先程からよく発言をする恰幅の良い男の他、この場にいる多くの人間は、すぐさま考えを巡らせようとする。


 流れ落ち、少しずつ下側に溜まっていく砂粒。


 焦りからか何人かの人間が砂時計の方へチラチラと視線を送る様子が目に入る。時折、こちらに視線を送ってくる者いた。


 しばらくして、村長から時間切れの合図があった。皆一様に苦々しい表情を浮かべている。まともな案は浮かばなかったのだろう。


「さてみなさん、何か案は思いつきましたか」


 村長が意見を促すも、それにすぐに反応できる者はいなかった。


 しばらく沈黙の時間が続く。しかし意見をしようという者はついぞ現れなかった。


「意見はないようですので、私の案で決定ということでよろしいですね?」


 村長が全体に確認を取る。しかし答える者はいない。


 その沈黙を肯定と捉えたのか、村長は、


「それでは、これにて解散といたしましょう。お忙しい中、お集まり頂きありがとうございました」


 村長が締めの挨拶をするも、みななかなか立ち上がる様子がない。そんな中恰幅の良い男がこちらを見ると、机に自身の掌を強く打ちつけた。


「なぜお前らはそんなに冷静なんだ!俺たちには関係ありませんってか!?」


「…このことを事前に知っていて、予め心の準備ができていたってだけです。俺たちもこの村に住んでいる以上、無関係なんてことはあり得ません」


 恰幅の良い男の剣幕に一瞬気圧された春風に代わって、俺が返答を返しながら一瞬だけ村長へ視線を送った。


「俺にも知らされていない情報をなぜお前らが知っている!」


 俺は少し返答に迷った。ここで正直に話せば、おそらく面倒なことになる。


「まぁまぁ落ち着いて。彼等もこの村の大事な戦力ですから。準備等もありますし、私が先に知らせておいたんですよ」


 すかさず村長が助け舟を出してくれる。嘘を伝えたということは、やはり教えたくないことだったか。


「こいつらに知らせるんなら、ここにいる人間くらいには通達しておいてもよかったでしょう!?」


「信憑性のないうちに不用意に情報を拡散するのは混乱を招くだけだと、私は判断しました」


 突然、ガラッと椅子を引く音がした。音のした方へと視線を向けると、ちょうど衛士隊の隊長が立ち上がり、玄関の方へと向かおうとしていたところだった。


「どこへ行く!」


「我々にはこれから準備がありますから」


 衛士隊の隊長は恰幅の良い男の呼びかけに一瞬足を止めて返答をしたと思うと、一礼してすぐさま再び玄関へと歩みを進める。


 衛士隊の隊長のそんな様子に言葉を詰まらせる恰幅の良い男。


「それではいいでしょうか。私も、そして彼等もこれから準備の方がありますから」


 村長の言葉に苦々しい顔をしながらも、立ち上がり、この場を後にしていく。


 彼につられるように、他の者もこの場を去っていった。


 この場に残された村長と俺と春風。最初に切り出したのは春風だった。


「…どうしてあの鍛冶師さんの話をしなかったんですか」


 村長を睨みつけながらも、落ち着いた声音でそう問い掛ける春風。


「この状況で和解を期待するのはあまりに非現実的ですからね」


「それでもあなたは、承知した、と言っていたではありませんか」


「ああでも言わなければ彼は退かなかったでしょう。限られた時間の中で、彼の話にあれ以上付き合うことはできません」


 村長の言っていることは正しい。特に村長という立場を考えれば、その判断は止むを得ないものだろう。春風もそれが分かっているからか、反論できず歯噛みするように俯く。


 さて、次は俺の番だ。


「村長、俺からも1ついいですか」


「…なんでしょう」


「俺たちがこの村の防衛に参加するにあたって1つ、条件を付けさせて頂けないでしょうか」


「条件ですか。それはどのような?」


「村の防衛に成功した際の報酬、具体的には牛車などの大量の物資を運送できるものを用意してもらいたいのです」


「牛車…ですか。…荷車の方を用意する分には簡単なんですが、それを引くための牛まで用意するとなると…。大きな荷車を引ける牛は、この村では大変希少でして…」


「それでも、用意できないわけではないんでしょう?」


「ちょっ玄治、やめろってそんな盗賊紛いな…」


 春風が俺の方に手を置き、俺を止めようと発した言葉が全て音として俺に届くよりも前に、玄関の扉が勢いよく開いた音とそれに続く短い間隔で鳴らされる足音が俺の耳に届いた。


 1人の男、鍛冶師の男が俺と春風が反射的に開けた間を抜け、村長へと詰め寄っていく。


 村長、どうしてと、おそらくはそこから村長に対する非難の言葉が繋げながら、村長へと掴みかかるはずだった鍛冶師の男は、次の瞬間には床に胸を叩きつけられ、村長に組み伏せられていた。


「ぐっ…は、はなせっ」


 足をバタバタさせ、苦しそうに藻掻く鍛冶師の男だったが、村長に完全に抑えつけられてしまっている。


「ちょうどよかった。すいません、彼を拘束するのを手伝って頂けませんか」


 村長が顔を鍛冶師の男の方へ向けたまま声を発する。この場には俺たちしかいないため、おそらくは俺たちに向けた言葉なんだろう。


 彼の言葉の意味が一瞬だけ理解できなかったが、鍛冶師の男に牛人との繋がりがあることを思い出す。


「…わかりました」


 俺はそう言って村長の手助けに入ろうとする。それを春風の左手が止めた。


「ちょっと待ってください。拘束してからその方をどうする気なんですか」


「少なくとも今晩の奇襲作戦が終了するまではこの村からは出られないようにします。あぁ安心してください。危害を加えるつもりはありませんよ」


「村長!どうしてですか!昨日の言葉は嘘だったんですか!」


 組敷かれた状態でも必死に暴れる鍛冶師の男。村長は春風に言ったのと同じ内容の話を鍛冶師の男に向けて話す。


 俺は春風の手をどかし、村長の手助けに入る。今晩行われる奇襲作戦の邪魔を、鍛冶師の男がする恐れがあることを春風も理解したのだろう。今度は春風の静止がなかった。


 村長の指示に従いながら、鍛冶師の男の手首に木製の手錠をかけ、口に人差し指程の太さの木の棒を噛ませてその両端に付いている紐を彼の頭の裏へと回し、口から外れないよう固定した。


 ここまでされてしまうと鍛冶師の男も観念したのか暴れるのを止め、ひたすら村長を睨んでいた。


「それでは村長、先程の話の続きをしましょう」


「…もうその話はいいだろ玄治。俺たちももう帰ろう」


 俺の腕を引き、玄関の方へと引っ張っていこうとする春風。


「春風、俺たちはボランティアをするわけじゃないんだ。働きに応じた報酬をもらうのは当然のこと。村長だってわかっていますよね。対価の伴わない労働に何かを期待するのは間違っているということは」


「…わかました。ご希望のものを用意させましょう」


「ありがとうございます。…それじゃあ俺たちもこれで失礼します」


「あ、あぁちょっと待ってください。1つ頼みたいことがあるんです。あなた方40人全員を1度衛士隊の詰所に集めたいのですが、その手助けをしてもらえないでしょうか」


「わかりました。…春風もいいよな?」


「あ、あぁ」


 俯き、やり切れないといった様子で生返事を返す春風。今日起こった数々のことが未だ自分の中で消化しきれていないのだろう。


 いや、もしかしたら今日だけに限ったことではないのかもしれない。


 彼はこの村に滞在し始めてしばらくして、考え事をしているのかぼんやりとしていることが多くなった。


 だが彼はそうでなくてはならない。


 彼には納得できないたくさんのことを割り切ってしまわず、ひたすら理想を追い求めてほしい。


 俺には到底真似できないことも、春風ならきっとできるだろうから。


 そうして俺たちは手分けして、それぞれ他の38人に戦闘に用いる装備を全て持ってすぐに衛士隊詰所に集合するよう伝えて回った。

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