第17話 本当の戦い2
衛士の男と鍛冶師の男からの話を聞いた俺たちは一様に困惑の色を隠せないでいた。
そんな俺たちの様子を静かに見守るように、話を終えた男2人は俺たちを見つめている。
衛士隊の一部の連中が、俺たちの知らないところで密かに牛人を殺していたこと。
牛人たちが村への襲撃を企ている恐れがあるということ。
俺たちは実際に遭遇したことがないが、牛人とは確か胴体が人、頭部が牛の怪物だったか。
鍛冶師の男が言うには、牛人には俺たち人間と同じような感情が備わっているらしいが、そのことについて村長や衛士の男は懐疑的な反応をしており、牛人たちとそれなりに関わってきたこの村の人間でさえもあまり馴染みのないことらしい。
となると俺たちとしても、その話が真実であるかどうかの判断ができない。
本当に感情を持った存在であるのなら少々面倒なことになりそうだが、今は気にしても仕方のないことか。
やはり今一番考えないといけないことは、牛人たちの襲撃についてだろう。
しかし、持っている情報があまりにも少ない。
現在俺が牛人について知っていることといえば、身体的特徴について、道具の作成と使用を行う能力があること、自身より体格の小さな生物を使役することなど、少々抽象的なことばかり。
この村の近くに住む牛人たちが、どんな姿形をしていて、どういった道具を用いて戦い、使役した生物をどう操るのかなど、具体的な情報が何1つない。
これらの情報に関しては実際に交戦した経験のある人に訊けば解決することではある。ただやはりどうしても、伝聞情報のみでは対応力に差が出てしまうことは避けられないだろう。特に俺の戦い方では、経験して得た情報というものが非常に重要になってくる。
大きな戦闘になる前に何とか経験を積むことはできないだろうか。
そんなことを考えていると、話を先に進めるべく村長が口火を切った。
「なるほど。お二人のお話は理解しました。牛人の感情の有無に関しましては、私では判断できかねますが、村の襲撃はさすがに看過できませんね。1度衛士隊の現隊長さんや村の他の方々も何人かを交えた話し合いを行うべきかと思いますが、お二人はどう思われます?」
「ちょっと待ってください。牛人たちについてもう少し考えてもらうことはできませんか?」
牛人たちの感情云々についての話を流されてしまったことが気に食わなかったのだろうか。鍛冶師の男はなんとか食い下がろうとする。
「しかし…」
「お願いします。一度私の話を聞いてはもらえないでしょうか」
深く頭を下げ、そのままの姿勢を崩さない鍛冶師の男。準備を始める段階で既に牛人たちに遅れをとっている現状、一刻も早く準備をする必要があるだろう。正直、聞いたところで牛人の襲撃が確定事項ならば、これからの行動に大した変化はない気がするが…。
「…わかりました。聞きましょう」
鍛冶師の男の必死な様子に、仕方ないといった風で頷く村長。そんな村長の言葉に、勢いよく顔を上げた鍛冶師の男。とても嬉しそうな表情をしていた。
彼にとっては随分と重要なことのようだ。せめて時間の無駄にならないことを祈るとしよう。
そうして鍛冶師の男が話し始めた。
私がまだ小さかった頃の話です。私と父が護衛の方たち数人を引き連れて鍛冶作業を行う際に用いる薪を調達するため、村近くの森の中に敷設された伐採所に向かう道中、初めて村の外に出た私は、好奇心の赴くままに立ち止まったり、茂みを分け入ったりして小動物や木々などを観察していました。
時折聞こえてくる父の声に、適当に反応を返しながらもひたすら勝手な行動を続けていると、気づけば伐採所までの道から外れ、さっきまでいたはずの父や護衛の方たちの姿が見えなくなっていました。
どこを向いても目に入ってくるのは草木ばかり。なんとなく辺りの暗さが増したような気がしました。
必死に声を上げるも、返ってくるのは風に揺られる草木の音や知らない虫や動物たちの鳴き声や蠢く音だけ。
なんだか先程までの森とは別の、どこか恐ろしい場所にでも来てしまったのではないか。そう思えてなりません。
あの時父の言葉に従っていれば。あの時目に入った小動物たちに気を取られていなければ。
頭の中は、ひたすら後悔でいっぱいになりました。
ごめんなさい、もう二度と勝手なことはしません!だから誰か!…お父さん!
顔をぐしゃぐしゃにしながら必死に叫び続け、森の中をあてもなく彷徨い続けます。
すると突然近くからガサガサと音が聞こえてきました。
お父さん!?音のした方向へすぐさま顔を向けます。
しかし音のした茂みから姿を現したのは父ではなく、大きな森狼でした。
ゆっくりと私の方へと近づいてくる森狼。思わず後退ろうとしますが、上手く足が動かず、その場に尻もちをついてしまいました。
そんな私の周りを、森狼は様子を伺うようゆっくりと歩いています。
いつ襲い掛かってくるのか。私はただ身を縮こませ、嗚咽を漏らしながら震えていることしかできません。
すると突然、森狼が大きな遠吠えを上げました。あぁ、僕はここで食われて死ぬのだ。後はもう死を待つばかりだと感じた私の心は既に折れかけていました。
しかし、その死の時は一向に訪れませんでした。森狼はただ私をじっと見つめるばかりで何もしようとはしてきません。
もしかして助かるのか。ほんの少しですが希望が私の頭の中に生まれました。
すると再びどこかからガサガサと音が聞こえました。音の聞こえた方に視線を向けると、そこには2匹目の森狼を伴った牛頭の何かが立っていました。
先程の遠吠えが仲間を呼ぶためのものだったこと、そして、希望なんてなかったことを悟りました。
い、いやだ。殺さないで…。嗚咽と共に掠れた声が漏れました。
そんな私の願いが通じたのかどうかはわかりませんが、牛頭の何かは森狼たちに何か合図を出すと、それに反応するように森狼たちが私から離れていきました。
そして牛頭の何かは私の前までくるとしゃがみ込み、私を見つめたまま口をパクパクと動かしました。そこからなんだかよく分からない音が聞こえてきます。
そんな彼等を呆然と眺めていた私には、それが何かを話しているのだと気づくのにかなり時間がかかってしまいました。
自分たちの言葉が通じていないのに気付いたのか、牛頭の何かは私に話しかけるのを止め、右手を差し出してきました。
父のような大きな手。よくよく見てみれば、牛頭の何かは人とほとんど変わらない体をしており、腰には木でできた斧を下げていました。
なんだ、人だったんだ。
牛人という種をよく知らない私からしてみれば、彼は牛の頭を被ってはいるものの、自分と同じ人なんだと勘違いしても仕方がありませんでした。
おじさん、だぁれ?そう言いながら差し伸べられた右手を自身の左手で掴む私。先程までの警戒心は既にほとんど残っていません。
私の言葉に首を傾げながらも、彼は右腕に力を籠め、私を立ち上がらせてくれます。
彼は私の手を握りながら踵を返すと、こちらをチラチラと確認しながらゆっくりと歩きだしました。
優しく手を引いてくれる彼につられるように私も歩き出します。
私から距離をとっていた2匹の森狼のうち1匹は前方に、もう1匹は後方に追従し、私たちを守ってくれているかのようでした。
そうして森の中を手を繋いだままゆっくりと進んでいく私たち。
どこに行くんだろう。彼らの行動に少し疑問を覚えましたが、不思議と不安は感じませんでした。
しばらく歩いていると、ふと少しずつ辺りが明るくなっていっていることに気付きます。
生い茂る木々の間を抜けると、そこに広がっていたのは広々とした草原と青空。見覚えのある建物が遠くにあるのが確認できました。
するりと私の左手を包んでいた温もりが離れていきます。
横にいた彼は、気づけば森狼2匹と共に先程私たちが出てきたところの手前で立って静かにこちらを眺めていました。
その表情から彼の感情を読み取ることは私にはできませんが、ここでお別れだなんだということを悟ります。
ありがとう。私は手を振りながら、そう口に出します。彼は、そんな私の言葉や動きの意味が理解できなかったのか少しを首を傾げながらも、私の真似をするように少しぎこちなく手を振り返してくれます。
そうして私は踵を返して村の方へと歩いていきます。
村に少しずつ近づくにつれ、自分が助かったのだということの実感が膨れ上がっていきました。
嬉しくて、嬉しくて、私はいつの間にか走り出していました。ボロボロと、涙が溢れて止まりません。
ふと彼の方を振り返ってみましたが、既に姿はありませんでした。
村への帰還を果たした後の数日間、私の頭の中はあの牛人のことでいっぱいでした。
父に森の中でとある牛人に助けてもらったことについて話をしてみると、どこか思い詰めるようにしながら、
それでも、やつらは敵だ。と一言告げるだけで他は何も話してはくれませんでした。
何度尋ねてみても、もうその話はするな、と返してくれるのみで結局彼等については全く分からないままでした。
それでも、どうしても彼等のことが気になる私は、度々村の外へ出ては森の方をじっと長い間見つめていました。
父とはぐれた時の恐怖のために、1人で森へ立ち入ることができず、あの牛人がもう一度あの森から姿を見せてくれるのではないかという淡い期待が、私をその場に留まらせていました。
どうしたら彼に再び会うことができるのだろう。
彼を待っている間、私は常にそんなことを考えていました。
そうしてその後の数日間を過ごしていた私でしたが、結局彼が現れることはなく、ここ数日間ずっと考えて出した結論を実行することにしました。
それは日々行っている父との鍛冶修行をする傍ら、戦うための鍛錬を行うというもの。
厳しい父との修行だけでもいつも手一杯になるのにも関わらず、戦闘訓練まで行うとなれば、肉体的、精神的な負担が相当なものになることは分かり切っていました。それでも私はそんな辛い日々を選択したのです。
全てはいつかもう一度彼に会うためだけに。
修行漬けの毎日を繰り返し、数年が経ったある日。
とうとう私はあの牛人に会いに行くことを決意します。
父の目を盗んで少しずつ準備を整えていき、森へと出発する当日となりました。
早朝、私は父への書置きを残し、気付かれないようひっそりと家の玄関まで歩いていき、扉を開こうとしたその時、行くのか、という声が背後からかかりました。
その声に反射的に振り向くと、そこには父が立っていました。
しまったと思いました。ここで父に止められれば、以後牛人に会いに行くことが更に難しくなると思ったのです。
父を強引に振り切ってでも会いに行くか、それとも次の機会をひたすら模索し続けるか。
一瞬迷いましたが、ふと、今目の前にいる父が、いつもの厳しかった父とはどこか雰囲気が違うことに気付きます。
言葉を必死に探しているような、葛藤しているような。そんな少し苦しそうな表情をしている父がどうしても気になってしまい、私はそこから動くことができなくなってしまいました。
少しの沈黙の後、やつらに会いに行くのかと、なんとか捻り出すように呟く父。
はい。私は少し迷いつつもそうはっきりと答えます。
きっと後悔することになる。それでも行くのか。私の意志を確かめるように、父は私に問いを投げかけます。
父のその後悔という言葉の意味は私も既に理解していました。
牛人はこの村の敵。そんな存在と、この村の住人のまま繋がりを持とうとすることがどのような結末をもたらすことになるのか。
それでも私は彼等と会わなければなりませんでした。小さかった頃のような、ただ自身の好奇心に駆られたためではなく、とある1つの未来を実現させるために。
それは村の人間と牛人とが手を取り合って暮らす未来。
例えただの理想論だったとしても、私には恩人たちと村の仲間たちが殺し合うこんな状況は我慢できませんでした。
少なくとも今会いに行かなければ、私は死ぬまで後悔し続けることになります。
父の問いにそう返すと、私は踵を返して扉を開けました。
私の答えに対して父は何も反応を返さず、私を止める声もありません。
そんな父の反応に後ろ髪を引かれる思いがありながらも、私は歩みを止めることはしませんでした。
そうして家を出発し、村の門をくぐって、かつて私がひたすら見つめ続けた場所を目指します。父に対する未練に折り合いを付け、これからどうやって牛人たちを見つけるか、見つけた後の行動はどうすべきかなどのことについて、事前に決めておいたことを思い浮かべながら、果たしてそれが本当に正しいか、もっと他に手はないかなどを確認しながら歩みを進めていきました。
森の手前、私があの恩人と別れた場所に辿り着くと、懐かしさを感じると共に、森の中で1人になった時と同じ恐怖が腹の底から沸々と湧き上がってくるような感覚がありました。
私は強くなった。1人でも大丈夫。
とひたすら自身に言い聞かせてなんとか邪念を振り払い、私は森へと足を踏み入れました。
長年、牛人たちと交戦してきた衛士隊所属の衛士1人1人からの伝聞情報等を基に作成した自己流の地図を片手に、牛人と遭遇する可能性の高いと考えた地点へと向かいます。
早朝で、まだ日が昇りきっていない上、その僅かな日の光でさえ生い茂る木々によって遮られている今、森の中の暗さは相当なものでした。
魔術によって小さな火を起こし、手元の地図をこまめに確認しながら、ゆっくりと歩みを進めていきます。
心臓の鼓動がやけに早く、呼吸も少し荒くなっている気がしました。それなりの悪路とはいえ、ここ数年間ずっと鍛えてきたこの体が、この程度で音を上げるはずがない。森に立ち入る前に振り払ったはずの恐怖が、再び私の体を侵し始めたようでした。
空気を十分に取り入れられていないためか、足も重くなっていきます。それでも、前に進むことだけは止めることはできません。
絶対に彼等に会う。そのことだけを胸に、私は進み続けました。
そうしてやっと衛士隊の巡回ルートまで辿り着くと、獣道となっているこの道を目印に、少し離れたところを通って、牛人たちや彼等が残した痕跡を探し続けます。
ここまではなんとか計画通りに進んでいるということにほんの少しの安心感を覚えながら、衛士隊の人間には見つからないよう注意をして歩き続けること数時間。
未だ牛人を出会うことは疎か彼等の痕跡すら見つからず、少しずつ焦りが募っていきます。
仕方なく私は、奥の手を使うことに決めました。
自身が出す音をできる限り抑え、耳を澄ましてどこかに動くものがいないか探します。
少し歩くと、木の根元辺りで何かが動くのが見えました。
息を殺しながら、静かに背負っていた弓を手に取って矢を番え、足音を立てないようゆっくりと、小動物に気付かれないギリギリのところまで近づきます。
そして弓を構えて引き絞り、ゆっくりと時間をかけて狙いを定め、ひゅっと矢を放ちました。
放たれた矢はたちまちのうちに狙いの小動物に吸い込まれるように飛んでいき、見事その胴体部分を射抜くことに成功しました。
矢が当たった衝撃で吹き飛んでいく小さな体を、暗がりで見失ってしまわないよう目で追いつつ、小走りでそれを追いかけます。
先程の木から少し歩いたところに、腹を矢で貫かれたまま横たわっている小動物がいた。体を僅かに痙攣させ、苦しそうに胸を上下させている、そんな痛ましく弱々しい姿に罪悪感を覚えながらも、無駄に苦しみを与えないよう、懐から取り出した小剣をその首筋に入れて完全に息の根を止めました。
私は動かなくなった体をゆっくりとその場に横たえて体に突き刺さった矢を引き抜き、その場から少し離れて、水筒に入った水で手に付いた血をしっかりと洗い流した後、近くの茂みに身を潜めました。
前方にうっすらと見える死体を見据えながら、自分の思惑通りに事が運んでくれることを祈ります。
うっすらと鼻を刺激してくる不快な臭い。目的がこれで誘き寄せられてくれなくても、再び同じことをするか、またひたすら歩いて探すかしか私にできることはありません。どちらの方法も、精神的に辛いものがあり、できるならこれで済ませたいという思いがありました。
ただひたすら彼等が来ることを期待して、静かに待ち続けること約1時間。日も随分と高くなり、森の中も気持ち明るくなってきたと感じられるくらいの時間帯。
そろそろ場所を変えた方がいいかもしれないと思い始めていた私が、身を潜めていた茂みから出ようと腰を上げた、その時、どこかから微かな物音が聞こえてきました。
慌てずゆっくりと体勢を低くし直し、その音の正体を探ります。
物音の原因は割とあっさりと判明しました。私が放置していた小動物の死体。そこに1匹の森狼が近づいて来ていたのです。
まだだ。まだそうと決まった訳じゃない。
逸る気持ちを抑えながら、私は茂みに隠れたままその森狼の様子を伺います。しかし次の瞬間、死体に近づいてきたもう1つの影の主の姿を見て、私の心臓は飛び上がりました。
やっと会えた…!
歓喜に打ち震える体を必死に抑えつけ、荒くなり始めた呼吸をなんとか整えて冷静さを保ちます。
そして私はゆっくりと腰を上げて、自身の姿を前方の牛人たちに晒しました。牛人たちはその動作で生じた音に素早く反応し、牛人の方は剣を構え、森狼の方は威嚇するように体勢を低くしました。
私は両手を肩よりも上に持ち上げて掌を晒し、交戦する意思がないことを示しながらその場でじっと動かずに立ち続けます。
そんな私を警戒しながらゆっくりと近づいてくる1人と1匹。私は彼等が1歩進む度に、つい後退りそうになる足に力を入れて耐え続けます。
そして、とうとう牛人の持つ剣の切っ先が私の眼前に突き付けられました。逃げてしまいたくなる衝動をぐっとこらえ、じっと目の前の刃を見つめ続けます。
牛人はゆっくりと私の周りを回って、舐め回すように私を観察をしていきます。その間私はじっと直立して顔を前に向けた状態を維持し続けましたが、目だけは彼の持つ剣から逸らすことができませんでした。
ふとなんとなく違和感を覚えました。ただ、そのことを確認するための余裕はありません。私はじっと彼等の警戒心が和らぐのを待ち続けました。
しばらく私の観察を続けた彼は、警戒心を緩めたのか、持っていた剣を腰から垂らした輪に通し、引っ掛けるようにして腰から下げました。おそらくはあれが鞘の代わりなんでしょう。
そんな様子を見ていて、先程の違和感の正体も分かりました。
彼の持っていた剣。日の光に照らされても光が反射する様子はなく、茶色がかった刀身を持つそれは、少なくとも金属でできたものではありません。
思えばそもそも私が毎日のように見ていた鉄は、この土地では貴重なもので、精製、加工するためにはそれ相応の技術と設備が必要でした。
それらはまだ彼等が持ち合わせていないものなのでしょう。
自分でも彼等の役に立てそうなことがあったことに少し嬉しく思いながら、この場を森狼と共に去ろうとしている彼の後を慌てて追いかけます。
そんな私を見て訝し気に首を傾げる彼に、自分も一緒に行きたいという旨を身振り手振りで表して見せると、意味を伝えることに成功したのか、彼は数度頭を縦に振った後、私が背負っている弓矢をこちらに渡せと、彼も身振り手振りで伝えてきました。
付いて来たければ武器を渡せということなのでしょう。敵対している存在への対応としては当然というか、むしろ優しすぎるくらいかもしれません。
私は彼の指示に従って、背負っていた弓矢を渡しました。
彼はまた一度頷き、踵を返して歩いていきます。私もそれに続きました。
その後私たちは、森の中を数時間程歩き回り、ついに牛人たちの集落へと到着しました。
大きく開けた空間に、ほとんど加工のされていない木2本を交差するように地面に突き刺して作られた柵に囲われるようにしてたくさんの牛人たちが生活をしています。
集まって談笑している者、火を起こして食材の調理行っている者、装備の手入れを行っている者。とても活気に満ちた空間がここには広がっていました。
文明の発展具合に関して、私たちの村よりも劣ってはいますが、目の前に広がるこの光景は彼等が決して獣などではないことを感じさせてくれます。
牛人たちは、人間である私を見てみな驚き、ある者はこちらを見ながらひそひそと会話をし、ある者は私と共にいる牛人に詰め寄ってくるなど、三者三様な反応を見せてくれました。それらは明らかに人と変わらないもので、姿形、言葉は違えど、彼等も私たちと同じ人であるのだと私は確信しました。
同じ人であるのなら、きっと分かり合うことができるはずだと。
私は共にいる牛人に連れられ、入口に扉がなく大きく開け放たれたとある建物の中に通されました。そこには、他の牛人たちの倍ほど体躯を持ち、体つきもまるで違う、凄まじい筋肉量の1人の牛人が座っていました。
圧倒的な存在感を放つ彼に、共にいた牛人が話しかけに行きます。私は威圧感で足が竦み、遠くで2人が話している様子を見ていることしかできませんでした。
しばらくして会話を終わったのか、共にいた牛人の方が、まるでこちらに来いとでも言わんばかりに私の方を向いて手招きをしてきました。
固まる足をどうにか動かして、私は彼等の方へと近づいていきます。そうして巨大な牛人の前まで来た私は、彼が発する見えない圧力のようなもので頭が真っ白になってしまいました。
そんな私を値踏みするかのように眺める巨大な牛人。
しっかりしろ!何のためにここまで来た!
私は自身を奮い立たせ、ここで生活をさせてほしいという旨をなんとか伝えるべく、必死に体を動かしてみました。
しかし、彼等の反応は芳しくありません。
そこで私は準備してきた荷物の中から、鍛冶作業で用いる鎚や台などの道具一式と素材とする小さな鉄の塊を取り出し、その場に広げます。
冷却用の水の用意を、共に来た牛人の方に頼んで準備してもらった後、私はその鉄を台の上に置き、手をかざして全力の火の魔術を行使して熱を籠め始めました。
少しずつ熱を帯び、赤く変色していく鉄塊。頃合いを見計らって、左手に持った鍛冶鋏で鉄塊を固定し、右手に持った鎚を勢いよく振り下ろします。
カンッ、カンッ…
周囲に鉄を打つ音が一定間隔で響き渡り、次第に私の意識からは、目の前の鉄塊以外の全てが除外されていきます。
そうして私は、ひたすら魔術で鉄に熱を与え続けながら、何度も何度も鎚を振り下ろしました。
だんだんと自分が想定していた形へと変形していく鉄塊。視覚的な情報と、腕を振り下ろす度に返ってくる衝撃を頼りに形を整えていきます。
鉄を打つ音が何度辺りに響いた頃だったか、私は目の前にある鉄塊を、大きな入れ物に準備してもらっていた水に入れました。
大量の水蒸気が立ち昇り、鉄塊の赤みがとれていきます。
十分に冷やされた鉄塊、取っ手部分のない小さな剣についた水分を布で拭き取り、それを眼前にかざします。
満足のいく出来となったことに笑みを浮かべていると、何やら周りが騒がしいことに気付きました。
見れば私の周囲にはたくさんの牛人たちが集まってきていました。みんな一様に私の持っている小剣に興味がありつつも、私に近づいてよいものか迷っているような様子です。
私はひとまずそれらには取り合わず、布で包んだ小剣を巨大な牛人の前へと持っていき、彼によく見えるよう、肩よりも高いところまで持ち上げて披露します。
巨大な牛人はそれを恐る恐る自身の巨大な掌の上に載せると、指で摘まむようにして私の作った小剣をじっと舐め回すように観察していきます。
そして彼は、何を思ったかその小剣の刃に触れようと指を近づけていきます。
私が静止の声をかける間すらなく、彼は小剣の刃を自分の指でなぞるように触れると、指にスーッと赤い線が刻まれ、そこから赤い雫が垂れていきました。
そんな光景を眺めていた彼は、持っていた小剣を布で包み直し、その巨大な掌の上に載せて私に突き出してきました。
失敗してしまったのだろうか。そんな疑念と共に、悔しさを感じながらも、私はその掌に載った小剣を受け取りました。
それを確認するや否や突然、巨大な牛人は私の後方へ視線を送り、手振りをしながら声を張り上げました。
私の鍛冶作業を見に来ていたたくさんの牛人たちはそれに呼応するように手を上に大きく突き上げて雄たけびのような声を上げて一斉に動き出しました。
一体何が起こるのだろうかと、私はその様子を眺めていると、後ろから短い低い声が聞こえてきました。振り向くと、巨大な牛人が私を見ながら自身の横をドンドンと叩いています。
彼のその行動の意味を、私は瞬時に理解できずにいると、そのことを理解したのか、彼は腰を上げて片膝をつくような体勢になり、左手を伸ばして自身の方へと引き寄せるように私の背を押してきました。
私はそれに逆らうことなく歩いていき、彼の隣に座ります。
そうしている間にも、私たちの前には続々と食料だと思われるものが運び込まれてきます。
近くの森で採ってきたと思われる木の実や茸などの山菜類から動物や虫などの肉類。最低限の調理のみなされている、お世辞にも美味しそうとは言えない料理の数々が目の前に置かれていきます。ただ、今の私にとって料理の味などどうでもいいことでした。
唖然としながらも、鍛冶道具一式が広がったままであることに気付き、彼等の邪魔にならないように急いで片付けていると、後ろで巨体が立ち上がる気配がしました。
彼は片付けをしている私の傍まで来ると、私の鍛冶道具を1つずつ興味深そうに、手に取っては眺めていきます。
もしかすると私は賭けに勝つことができたのかもしれない。この場や隣にいる彼の雰囲気から、ついそう期待してしまいます。
彼に合わせてゆっくりと片付けているうちにも、食事の用意は着々と進み、気付けば大量の食糧が辺り一面に広がっていました。
片付けを終えた私たちは、先程いた場所まで戻り、たくさんの牛人たちがこの建物に忙しなく出入りを繰り返すのを静かに座って眺めていました。
そうして待っている間、私の隣にいる彼に、牛人たちが度々近寄ってきては何か会話をして去っていきます。
チラチラと私の方を見ながら話していたことから、言葉が分からないために会話の内容は一切理解できませんでしたが、もしかしたら私のことについての話をしていたのかもしれません。
慌ただしく働いていた牛人たちは、自分の作業を終えた者から順に、ずらりと並ぶたくさんの食糧を囲むようにして腰を下ろしていきます。
彼等の話し声などで建物内が賑わい始め、そして最後の1人であろう者が腰を下ろしたところで隣にいた巨大な牛人が腰を上げました。
彼はこの場にいる者たちを見回すようにしながら、何かを話し始めます。言葉は分かりませんが、おそらくはこの宴会を始めるにあたって、その挨拶を行っているのでしょう。
彼が一通り話し終え、その場に腰を下ろすと、彼の挨拶を静かに聞いていた他の牛人たちはそれぞれ思い思いに食べ物を手に取って近くの者と会話をし始めました。
チラチラと私の方を見て何かを話しているようでしたが、次第にそんな様子もなくなって和気藹々とした空気になり、僅かに感じていた居心地の悪さもなくなっていきました。
試しに目の前にある食べ物を私も手に取って口に入れてみました。何か動物の肉のようでしたが、硬く、なかなか噛み切れず、加えて調味料等もほとんど使われていないのか、味としては肉そのままの味としか形容しようのないもので、見た目通り美味しいものではありませんでした。
しかし他の者たちは私のようには感じていないようで、次々と自身の口に食べ物を放り込み、ガブガブと水を飲みながら仲間たちと談笑を続けています。
いつか私も彼等とこんな時間を共有できたら…。
そんなことを思いながら彼等の様子を眺めていると、隣にいた巨大な牛人が私の肩を自身の大きな指で突くように叩き、近くにある様々な食べ物を私の前へと寄せてきてくれました。
私が彼が取ってくれた食べ物を口に入れるや否や、彼はすぐさま次の食べ物を取ってくれます。
これはどうだ?それじゃあ次は?
そんな風にどんどんと寄せられる食べ物を、私は必死に噛んでは飲み込み、なんとか平らげていきます。そんな私の様子に気を良くしたのか、彼の食べ物を取る速度はどんどんと速くなっていきます。
さすがに私もそれらを処理しきれず、彼の前に手をかざして静止の意を示しました。彼もそこでが苦しんでいることに気付いたのでしょう。慌てて水を渡してくれると、少ししょんぼりした様子でこちらを見てきました。
おそらく私の様子を察した彼は、気を遣ってこんなことをしてくれたのでしょう。もしかしたらこの宴会も私のために用意してくれたものなのかもしれません。
そんな彼の好意を無駄にしたくなくて、私は再び食べ物を次々と口に入れていきます。
宴会が終わるころには、さすがに食べ過ぎで動けなくなってしまいました。
それから私の牛人たちの集落での生活が始まりました。
私は彼等の装備品の手入れと、時折村に戻り、家から鉄など装備品の材料を拝借しては、彼等に金属製の装備を作ることを主な仕事として、日々暮らしていきます。
慣れない生活の中、彼等は私が苦労している姿を見つけては、最初の方は少し遠慮がちではあったのものの、何かと世話を焼いてくれました。
始めはほとんど上手くいかなかった意思の疎通も、次第に成り立つようになり、私のもとへ自身の装備品を直してほしいと訪ねてくる者がどんどんと増えていく中で、彼等の和の中にとうとう私も加わることができたのだと非常に嬉しく思いながら、彼等から受けた数々の恩をどう返そうかと悩む日々。
とてもとても充実した生活の中、時折それらを邪魔するかのような出来事が起こるのです。
それは牛人たちの死でした。それも寿命等による自然死などではありません。
村の衛士隊の人間と遭遇し、交戦したことによって、たくさんの命が失われました。
悲しみにくれる牛人たち。その光景を目に焼き付けながら、私は自身のやるべきこと、使命を果たすことを固く誓いました。
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