第14話 2つ目の村1

 ジンガたちの村を出発してから3日と少しして、俺たちは目的の村に到着した。


 村の雰囲気はジンガたちの村とあまり変わりがないが、ところ狭しと建物が立ち並んでいたあの村に比べ、いささかゆとりのようなものを感じる。加えて村の中に入る前に全体を見渡した感じ、規模としては半分くらいのものだった。


 住人たちの視線は、俺たちがジンガたちの村に初めて訪れた時と同様に、警戒心の籠ったもの。


「ちょっとみんなここで待ってて」


 俺はそう言い残して、こちらを伺うようにしていた1人の男性に声をかける。


「すいません、どこかに村長さんはいらっしゃいませんか」


「…なんなんだあんたら。どこからやってきた」


「あぁすいません、自己紹介が遅れました。隣の村から来ました、僕は橘といいます。この村の村長さんに見せたい書状がありまして」


「…隣村?ふむ、来た方向からして鉄木の村か。わかった、案内してやる。ただし、1人で来い」


「わかりました。少し待ってもらえますか。連れの者たちに伝えてきますので」


「あぁ」


 男に許可をもらい、1人で村長に会いに行くという旨を仲間たちに伝えにいったん戻る。


「みんな!俺は一度この村の村長さんに会ってくるから、みんなはここで俺が戻るまで待っていてほしい!」


 全員に伝わるように張り上げ気味の声で話し、みんなが理解してくれたことを確認すると、あの男性のもとまで戻る。


「お待たせしました。それではよろしくお願いします」


「あぁ、ついてこい」


 そう言うと、男は踵を返してスタスタと歩いていってしまう。俺は慌ててそれについていく。


 しばらく歩くと、とある2階建ての建物の前で男が立ち止まった。


「ここだ」


 男は振り向いて短くそう告げ、再びスタスタと歩いて建物の入口まで行くと、扉をノックした。


 中からする足音が段々と近づいてくる。それが扉の前で止むとゆっくりと扉が開くと、小太りの中年男性が姿を見せた。


「あぁ、どうしました?」


「村長、客人だ」


 俺のことを案内してくれた男はそう言って、後に控えていた俺が村長らしき人からも見えるように体を移動させた。


「ええっと、どちら様でしょうか。見たところこの村の人間ではないようだけど…」


「あぁ、すいません。申し遅れました、僕は鉄木の村から来ました、橘といいます。こちらにジンガさんからの書状を預かっていますのでまずはこれを見て頂きたいのですが…」


 俺は村長らしき人物の前に出て、予めジンガから預かっていた書状を渡す。


「なるほど、どれどれ…」


 書状を受け取った村長は丸まっていた書状を少し広げた。


「…確かに。これはジンガさんからのもので間違いないようです」


 村長のその言葉にほっとする。中身は見ていないが、何かしら判別がつくような工夫を、ジンガは施してくれていたようだ。


 そうして村長は手に持った書状を最後まで読み終わると、


「ふむ…なるほど。事情は理解しました。この村への滞在を許可します。あなた方について私の方から村の者たちに伝達しておきましょう。しかし、この村は鉄木の村ほど裕福ではなくてね。申し訳ないですが、金銭的な支援等はあまり期待しないでほしい」


「そうですか…」


 なんとなく予想はしていた。以前の村で住民たちの反感を買ってしまったのは、俺たちに対する待遇が異常であったからだ。この村でもその異常があるとは思ってはいなかった。


 ただ、実際に「援助できない」とはっきり言われてしまうのは精神的にきついものがあった。


 甘えだと言われても、どうしても希望に縋りたくなってしまう。俺の弱いところだ。


「あぁ、ただね。この村は年中人手が足りなくてね。みんな大変な思いをしていたところなんですよ。なのでよかったら手を貸してはいただけませんか。もちろん働きに応じた報酬は用意させますので」


「…!はい、むしろこちらからお願いしたいくらいで!」


 日々の暮らしと、これからも続く旅の資金を稼ぐためこの村で働き口を探すことは、この村へ向かう道中において既に話し合い、決めていたこと。


 村長のこの提案は非常にありがたいことであった。


「よかった。では今日のところは長旅でお疲れでしょうし、宿でお休みになってください。…手持ちはありますかね?」


「あぁはい、それなりには。どこか手頃なところはありませんか?」


「それなら…」


 村長から俺たちの今の手持ちのお金でも泊まれるような宿を紹介してもらった。加えて雇用主についても、候補を探してもらえるらしい。


「それじゃあまた明日の朝に僕の家まで来てもらえれば仕事の紹介をするよ」


「はい、よろしくお願いします」


 そうして一通り村長との話し合いをした後、二人とは別れ、仲間たちのもとへと戻り、村長との話の内容を掻い摘んで話す。


「ってわけでそれじゃあ明日の朝までの宿をいくつか村長さんに紹介してもらったから、とりあえず見に行こう」


 そう言ってみんなを引き連れながら、紹介してもらった宿を見回っていく。


 その日はそのままいくつかの宿にそれぞれ分かれて一泊した。








 次の日の朝。


 予定通り村長の家を訪ね、村長に仕事の紹介を一通りしてもらった後、自分たちの適正などを考慮しながらそれぞれ希望する仕事を決定した。


 あとはそれぞれ相手方へ出向き、面接のようなことをしてから採用されるかどうかが決定されることになるだろう。


 まぁ面接といっても形式的なものというか、一旦会って仕事内容などの打ち合わせを行い、特に問題がないようであれば即採用となるらしい。


 なんとなく元の世界での初バイトの面接のことを思い出す。


 大学入学後しばらくしてからだったか。1人暮らしにもそこそこ慣れ、遊ぶ金欲しさにバイトを始めようと思い立ち、とある飲食店のバイトに応募した時のことだ。


 それなりに緊張して臨んだ面接だったが、結構すんなりと終わり、後日採用の知らせが届いた。


 後日、友人やサークルの先輩にそのことについて話すと、バイトを募集しているようなところは大体人手が不足しており、性格やコミュニケーション等に特に問題が見受けられなければまず間違いなく採用されるとのことらしい。


 昨日、村長が言っていた人手不足というのは方便ではなかったようだ。


「玄治は仕事何にしたんだ?」


「ん?あー、俺はこの村の衛士隊に混ざって訓練とか周辺警護とかの仕事に就こうと思ってる」


「え?それって…」


 この村の衛士隊についても人員の募集をしているということは村長が話していた。しかし、この衛士隊のみ、採用前にちゃんとした試験のようなものがあるらしく、内容としては戦闘能力を測る、とのことらしい。


 職務内容に関しては当然、命を危険にさらすものが多い。


 死と隣り合わせということで、報酬はとりわけ良いようだが、他の職場よりも更に深刻な人手不足らしい。


 お金を稼ぐためだけならば、もっと安全で報酬の良い仕事などたくさんある。当然のことだろう。


 ただ正直なことを言えば、俺は志願するべきかどうか悩んでいた。


 この40人を率いるリーダーとして、そして仲間たちをこの手で守るためには俺自身がもっと戦えるようにならなければならない。


 だが、あの護衛任務のときの戦闘で植え付けられた恐怖を、俺は未だに克服できないでいた。


 森狼の1匹に睨まれた時のことを思い出すだけで、じんわりと嫌な汗が滲んでくる。


「戦闘経験を積むいい機会だからな。多少危険でも、これからのための投資だと思えば安いもんだろ」


 玄治はさも当然のようにそう言う。


 怖くないのか。


 ついそう訊いてしまいそうになるのをぐっとこらえる。


 そんなことを口にすれば、自分は怖いのだと告げているようなものだ。


「…そう、だな。俺も試験を受けてみることにする」


 玄治の強さは一体どこからくるものなのか。それを知ることで俺自身も少しは強くなれるかもしれない。


 そんな考えから、彼の戦う姿を近くで見るために俺も衛士に志願することに決めた。


「おーい、お前ら仕事どうすんだー?」


 そう言いながら拓海が近づいてくる。隣には涼真もいた。


「俺らは衛士に志願することにしたわ」


「え、マジかよ。あー、やっぱ俺もそうするべきなんかなー」


「いや別に強制ってわけじゃないし、自由にしていいんじゃね?」


「いや、やっぱ俺も衛士に志願することにする。護衛任務の時には随分とダッセェ姿晒したからな。名誉挽回のためにも頑張んねぇと」


「そっか、じゃあ俺も志願しようかな」


 拓海に続いて、涼真も衛士に志願することを表明する。


「いや、2人ともちょっと簡単に決めすぎじゃない?死ぬことだってあるかもしれないんだよ?」


 拓海と涼真も俺と同じく護衛任務の際に、恐怖で動けなくなっていたはずだし、そこそこ悩む素振りもしていた。恐怖がないわけではないはず。


 それになにより、彼等に危険な目に会ってほしくないという思いがあった。未熟な今の俺じゃ、いざという時に彼等を守ることができない。


「お前ら2人に美味しいとこ取られてばっかだったからな。俺たちだってちょっとはできるんだってところ見せねぇとよ」


「フフッ、そうだね。俺たちもそろそろ見せ場が欲しいよ」


「…わかったよ」


 2人は冗談めかした口調ではあったが、その瞳には強い意志が籠っているように見える。説得の余地はなさそうだった。


「さーて、そんじゃどうすっか。入隊試験の方は日中ならいつでも受け付けてるみたいだけど」


「あー、ちょっと待って。他のみんなの様子も見ておきたい」


 俺はそう言って周囲を見渡すと、とある女子の集団が目に入った。咲たちだ。


 少しの逡巡の後、俺は千尋に声をかけることにする。


「千尋、どう?仕事の方は決まった?」


 見れば彼女らは、仕事内容等がまとめてある資料を中心にして眺めながら、雑談をしているようだった。


「うん、大体はね。春風くんたちはどう?」


「俺たち4人はみんな衛士隊に志願することにしたよ」


「衛士隊!?…そっか、いつもありがとね」


「あ、あぁ、やっぱちゃんと戦えるようになりたいからね」


 唐突なお礼の言葉に動揺して、まともな言葉を返せなかった。


「あんまり無理はしないでね」


 千尋は随分と俺たちのことを心配しているようだ。そんな思いが少し嬉しくもあり、そして少し悔しくもあった。


「そっかー、春風たち衛士隊入るんだー」


 気づけば千尋の隣には何やら悩み顔の咲が立っていた。


「…咲は何の仕事にしたの?」


「私?私は…まぁ畑仕事の手伝いとかかなぁー」


 いつもハキハキと話す咲にしては珍しく、歯切れの悪い返事だった。


「…なんか悩んでることがあるなら話してみてもいいんじゃない?」


「…いや大丈夫。自分を納得させるのに時間がかかっただけだから」


「自分を納得…?俺たちが衛士隊に志願したのがなんかダメだったの?」


「ううん、そうじゃないの。気にしないで。…衛士隊に入る前に試験あるんでしょ?まずはそれを頑張んないとね」


「あ、あぁ…」


 咲はそう言い残して、談笑している女子たちの輪の中に戻っていく。


「千尋、なんか知ってる?」


「ううん、私もわかんないかな。あぁでも、仕事を決める時、最後までなにか悩んでるっぽかったような…」


 咲が悩んでいることについては結局分からないまま、俺は千尋との会話を終え拓海たちのもとへ戻った。


 その後しばらくして、


「さて、それぞれ希望する仕事も決まったようですので、この場は解散としましょうか」


 村長のその呼びかけに誰も異議を唱えることはなく、みんなパラパラと家の玄関まで歩き始めた。


「今日はありがとうございました」


 この集団の代表としてだけでなく、一個人として感謝を伝える。彼の尽力なくして、ここまでスムーズに事が運ぶことはなかっただろう。


「いえいえ。これからも何かありましたら、遠慮なくこの家を訪ねてきてください。基本的にはここが私の職場ですから、何か用事でもない限りはここにいると思います」


「ありがとうございます。その時はよろしくお願いします」


 全員が玄関から外に出たあたりで、俺も玄関まで向かい、扉を開けて外へと出た。


 後ろからついてきていた村長に改めてお礼を告げ、その場を後にしようとしたその時、なにやらくたびれた様子の1人の男がゆらゆらとこちらへ歩いてくるのが目に入った。


 その男に向かって、後ろにいた村長が駆け寄っていき、声をかけた。


「…そうでしたか。それは災難でしたね…」


 うっすらと2人の話す声が聞こえてくる。


 盗み聞きするのも悪い。さっさと行ってしまおう。そう思い、みんなに急いではけるよう促す。


「そんじゃ俺たちはさっさと入隊試験受けに行くか」


「そうだね。どんな試験なんだろう」


 俺たち4人は談笑しながら、衛士隊の詰所へと向かった。

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