第13話 道中

 1日目は進んでは休み、進んでは休みの繰り返しでそのまま夜となり、布と木の骨組みのみで構成される簡易テントを用いて睡眠をとり、交代で見張りをたてながら夜を明かした。


 そして2日目。慣れないテントでの野宿に、大半の人間が凝り固まった身体をほぐしながら食事を摂り、テントを片付けると、また歩みを進めていく。


 広々とした草原を行く途中、ちょうど日が天辺に差し掛かったあたりで前方に川を見つけた。


 この川は玄治の作成した地図によれば、ジンガたちのいた村と今向かっている村のちょうど中間地点に位置しており、これで道のりもちょうど半ばということになる。


「あの川辺のところで休憩にする!もう一息だ、頑張ろう!」


 後ろの方にも聞こえるように大声で呼びかけた。


 かなりの疲労の色が見せていた仲間たちに、少しだが活力が宿る。


 そうしてやっとの思いで川辺にたどり着き、各々がそのまま地面に腰掛けるなどして休憩をとり始める。昼食のタイミングに関しては各人に任せてあるが、ほとんどの人間が今このタイミングで昼食を摂ろうとしていた。


「ふぅー、つっかれたー」


 周りにいた友人たちも同様に荷物を地面に降ろして腰掛け、食事をし始める。


「俺たちも食事にしようか」


 俺もその場に武器を置いて背負っている鞄を肩から降ろし、その中から2人分の食料を取り出して、そのうちの1人分を隣にいた咲に渡す。


「ありがとう」


 俺たちも地面に腰を下ろし、少しひんやりとした紙の包みから煎餅のようなものを取り出す。それを齧ると仄かに甘い味がした。穀物をすり潰して固めた後、乾燥させた干し餅という名前の食べ物らしい。これと干し肉を共に食べる。ただほんのりと甘い味がするだけの干し餅と、塩気の強い干し肉を一緒に食べると幾分かマシな味になる。


 隣では咲が俺と同じようにして食事をしている。


 この旅をするにあたって、資金や経験不足等以外にも様々な問題があった。


 第一に、今食べているような食料をどう保存するかということ。


 現在のこのぽかぽかとした陽気の下、熱の籠りやすい鞄の中に何日も食料を入れておけば、例え干し肉のようなものでも痛んでしまう恐れがある。


 集団食中毒とまではいかなくても、たった1人動けなくなるだけで周囲の人間の負担はかなり増す。


 そしてそこから悪い連鎖が始まってしまうことも考えられた。


 第二に、前衛組に比べ後衛組の身体能力が全体的に劣るということ。


 近接戦闘の訓練を積み続けた前衛組と途中でその訓練を打ち切り、魔法の修練を始めた後衛組では身体能力の成長具合にそれなりの開きができていることが予想された。


 従ってこの2つの問題を解決するため、前衛組と後衛組の人間1人ずつをペアとし、前衛組の方は荷物の内の食料分を2人分持ち、後衛組の方がそれを氷系魔法によって発生させた冷気で冷やすということを行っていた。


 そして俺のペアの相手が咲だった。


 周りの友人たちのだらだらとした会話を眺める。疲労感を滲ませながらもどこか楽しげな彼等は、川の方を指差しながらどうにかして飲み水の調達ができないものかと相談をしているようだった。


 彼等は食べ物片手に川に近づいていく。俺もそれに続いた。


「普通にきれいだよな。飲んでも大丈夫っぽくない?」


 拓海は川岸にしゃがみ込み、水を少しすくい上げたり、パシャパシャと遊ばせながらそんなことを言い出した。


「ぱっと見きれいでも、目に見えない塵とかで結構汚かったりするからなぁ」


「あー、そっか」


 俺の返答に納得はするも、諦めきれない様子で川を眺めている。一応飲み水に関してはみんなそれなりに用意があるが、容器含め如何せん重く、非常にかさばるために量を削っている。


 ここで調達ができるなら、残りの道での水不足の心配はほとんどなくなるだろう。


「水魔法とか使ってなんとかならないかな」


「あー、一応方法はあるらしいんだけど…」


 涼真のふとした呟きに対して、玄治が少し曖昧な返答を返す。


「マジ?どうすんの?」


「炎、氷、水の3つの魔法を併用した蒸留ができれば、きれいな水を作れるちゃあ作れるんだけど…」


「…できれば?」


「…まぁ試しにやってみてもらわん?」


 玄治はそう言って女子たちの方へ歩いていき、彼女等に話しかける。いくらかの会話がされた後、彼女等を引き連れてこちらへ戻ってくる。


「じゃあまずまどか、頼んだ」


 玄治の言葉に古賀こがまどか、俺たちと同じサークルのメンバーでショートボブの女子が川岸付近まで歩いて出てきた。なんとなく表情が固いように見える気がする。


 玄治の手招きに従って、川岸にいた俺たち3人は川岸から離れ、合流する。


 不意にまどかが両の掌を川の方へ晒すように向けた。その両腕には随分と力が入っているようだ。眉間にも少し皺を寄せている。


 その直後のことだった。少しずつ上に動いていく彼女の両腕と同期するように、流れていた川の水の一部が切り離され、ゆっくりと持ち上がっていく。


 その様子を見ていた玄治が慌ててまどかの方へ駆け寄る。


「まったまった。そんなたくさんじゃなくて大丈夫だって」


「…え?あっ、そっか」


「今はもうちょい力を抜いとけ。次の工程もあるんだからな」


「う、うん。そうだったね」


 まどかはゆっくりと腕を下げていき、浮かべていた水の塊を下ろす。そのまま脱力すると、水の塊は流れていた川の水に混じって下流へと流れていった。


 そして再びまどかは川の方へと掌を向け、水の塊を持ち上げていく。今度は先程のものよりもかなり小さい。


「うん、そんなもんそんなもん。じゃあ次はそのままこっちに…」


 まどかは玄治の誘導に従って、その水の塊を空中に浮かべたまま少しずつ動かし、俺たちの前まで持ってきた。


「じゃあ次は私ね」


 そう呟くと、咲は1歩前に出て、前方に漂う水の塊に向けて片腕を上げて掌を向ける。先程のまどかとは違い随分と脱力感のある姿勢だ。表情からも余裕が感じ取れる。


 少しすると、浮かんでいた水の塊に変化が起こった。内側からプクプクと小さな気泡ができ始めたのだ。


 咲の集中が高まっていくにつれて激しさは増していく。水の塊からは少しずつ白い水蒸気が出始めていた。


 するとまどかが右腕はそのままに、左腕をその水蒸気を方へと向けた。両腕に力が籠る。


 俺は水蒸気の方をじっと見つめる。ふとそのゆらゆらとした水蒸気の動きに違和感を感じた。なんとなく中心の方に収束していっているように見える。それがだんだんはっきりとわかるようになってきたところでまどかが一気に脱力してしまった。


 浮かんでいた水が一瞬で地面に落下し、集まっていた水蒸気がだんだんと霧散していく。


「ハァハァ…」


 息を荒げ、手を膝についているまどか。頬には玉のような汗が伝っていた。


「まぁこんな感じだな。水魔法を使う人間は、原水を用意する、発生した水蒸気を集める、冷えてできた水を回収する3つのことを行わないといけないんだけど、まぁ今は1人では難しいし、3人で分担するにしても水魔法を使える人間が少ない以上、時間効率が悪すぎる」


 玄治はこの結果を特に気にした様子もなく俺たちにそう話す。こうなることを予想でもしていたのか。


 そして、まどかの息がそれなりに整ってきたあたりで、大丈夫か、なんて声をかけていた。


「ご、ごめん。私じゃ、やっぱり…」


「あー大丈夫大丈夫。そのうちできるようになってくれりゃあいいよ」


「私にできるようになるのかな…」


「それはまどか次第としか言いようがねぇなぁ」


「うん…」


 自信なさげなまどかに対し、少し冷たいともとれる態度の玄治。ここ1年の間、玄治と接してきてわかったことだが、彼は他人に干渉しすぎないように、そして他人から干渉されすぎないように振る舞う節がある。


 普段、特に前の世界では適当なことも無責任なことも平気で口にしていた彼だが、ここぞという時には1歩身を引き、自身の発言に気を遣う。


 ただ、彼が気を遣うような素振りを見せるのは前の世界では本当に稀であり、ほとんどの人間が玄治には適当な発言ばかりする男という印象を持っていた。


 だからこそ、この世界に来てからの彼の尽力には俺を含め、友人たちの多くが驚き、印象はガラリと変わった。


 とはいっても彼のいい加減さがなくなったわけではない。面倒だからって自分に持ち掛けられた相談事の一部を勝手に俺の方に横流ししてくることがあった。


 玄治と待ち合わせをしていたはずなのに、その場に来たのは玄治に相談があって来たとか言う別の人間で「あとは頼んだ」なんて書かれた置き手紙を見つけた時には呆れて言葉も出なかった。


「そんな暗い顔しないの!大丈夫、なんとかなるって!」


 そんなことを言いながらまどかに近づき、肩をパシパシと叩くのはショートヘアの女子、山口優奈やまぐちゆうなだ。優奈とまどかは高校時代からの付き合いでまどかがサークルに入ったのも優奈の誘いがあったからこそだという。


「ってなわけで、飲み水の調達は今回は諦めてくれ。あぁ咲もお疲れ」


 そう言いながら玄治はまどかの隣からこちらへ移動してきた。


「うん、まどかの負担が大きすぎるね。私も水魔法が使えたらよかったんだけど…」


「そればっかりは才能というか、ほとんど運というか…」


「まぁねぇ…」


 疲労困憊な状態のまどかを見ながら何人かが呟く。


「…なぁ水魔法って水を直接作ることもできるんじゃなかったっけ?それじゃだめなの?」


 拓海が不意にそんなことを言い出した。


「あー、水魔法は生成効率が悪いというか、直接作った場合、疲労の溜まりも早いらしくてなぁ。試しにやってもらってもいいんだけど、それで潰れちゃったらマズいし、今はやんない方がいいんじゃねぇかな」


「ふーん、じゃあしょうがないかぁ」


 拓海が納得したところで少し間が空く。みんなボーっとまどかが疲労からある程度回復してこちらに歩いてくるのを眺めていた。


「ほらみんな昼ご飯の途中だったでしょ。さっさと済ませちゃおうよ」


 空気を一新するような涼真の一声。それにみんな食事の途中だったことを思い出し、ほったらかしにしていた荷物のところまでパラパラと戻り、食事を再開していく。


 しばらくゆったりとした食事の時間が続いた後、俺たちは川岸でだらだらとしたひと時を過ごしていた。


 ぽかぽかとした日差しとゆったりとした川のせせらぎ。


「ふぁーぁ…」


 大きな欠伸がでた。正直かなり眠たいが、さすがに俺が眠るわけにはいかない。眠気を覚ますため、スッと立ち上がり、体を少し動かす。


 向こうでは拓海、涼真、玄治の3人が落ちている小石を使って水切りをして遊んでいた。俺もそれに混ざろうと近づいていく。


「おっ、春風。そろそろ出発か?」


 俺の接近に気付いた拓海がそう尋ねてくる。


「あぁ、もうちょっとしたら出発しようかな」


 俺はそう言いながら、足元に落ちていた平べったい小石を拾い、腹の部分を下にして横に構え、投擲した。


 俺の手から放たれた小石は横回転をしながら着水し、その腹で水面を弾きながら進んでいく。


 4回ほど跳ねたあたりで力を失い、水の中へ沈んでいった。対岸まではまだまだ距離がありそうだ。


「…春風ぁ、俺たちこんなだらだらしててよかったのかー?」


 拓海が気の抜けた声で訊いてくる。訊いた本人が一番だらっとしていることに突っ込みたくなるが、おそらくはなんとなく確認してみただけなんだろう。


「あぁ大丈夫。休息はちゃんととらないとな」


 周囲を見渡すと、それぞれ思い思いの時間を過ごしている仲間たちの姿が見える。


 ここ数日、精神的に摩耗する日々が続いていた。それらから解放された今は、精神的疲労を回復させる絶好の機会であった。


 追い詰められた状況の中では、正常な判断をするのが難しくなる。切迫した状況下だからこそ輝く人間も中にはいるだろうが、少なくとも俺はそうではない。俺がリーダーとしてしっかり機能するためにも、定期的な休養は必須だ。


 ”ボチャーン”


 突如、目の前の水が思いっきり弾けた。水飛沫が舞い上がり、その一部が俺と拓海を襲う。


「うわっ!」 「な、なんだ!?」


 咄嗟に腕で庇うも、飛来する水を全て防ぐには、面積が圧倒的に足りなかった。しっかりと水を被ってしまう。


 幸い、量はそれほどでもなく、少しスースーする程度にしか濡れなかった。放っておいても風邪をひくことはないだろう。目の前の川の中には、先程まではなかった大きな岩があった。


 向こうから玄治が少しニヤついた表情でこちらに歩いてくる。犯人はお前か。


「おーい玄治、なにすんだよ!」


 拓海も大して濡れなかったようで、笑みをこぼしながら声を上げる。


「んぉ、どうした?なんかあったのか?」


「いや、なんかあったかじゃねーよ。今のお前がやったんだろっ」


「あぁ、まぁそうだ」


「ってすぐ認めんのかよ。なんで一回惚けたんだよ」


「なんとなく」


「何をするかと思えば…。あんな大きな岩投げたら危ないだろ?」


 玄治の後ろからついてきていた涼真が玄治に注意をする。


「ちゃんとコントロールしたから大丈夫だって」


 悪びれる様子もなく、そう返す玄治。彼のこういったイタズラは今に始まったことではないし、それで大事になったこともない。ただやられっぱなしというのもなんだか癪だった。


 仕方ない、といった様子で溜息をつく涼真とニヤついたままの玄治。その隙をついて、川の水をすくい玄治目掛けて放つ。その水を被った玄治の姿を想像し、自然に笑みがこぼれた。


 だが俺の放った水を玄治はいとも容易く避ける。隙をついたつもりだったがバレていたらしい。


「くっ、拓海、涼真、こうなったら3人でやろう!いつもの仕返しだ!」


「おっけ、任せろ!」


「フフッ、そうだね。玄治には1度痛い目を見てもらわないと」


「おいっ、さすがに3人はズルだろ!」


 さすがに分が悪いと感じたのか、玄治はすぐさま川から離れるように逃げていく。


「待て玄治っ!」


 それを追いかけていく拓海と涼真。なんとか挟んで追い詰めようとするが、さすがは玄治といったところか、なかなかに素早い動きで2人とも翻弄されていた。


 俺も追跡に加わる。3人なら捕まえられるだろう。


 そうやって玄治を追い詰めようと走り回っていると、


「ちょっ、何やってんの!ストップストップ!」


 遠くから咲の声が聞こえる。それに反応して、追いかける側の3人は一瞬動きを止めた。しかし、玄治は止まらない。俺たちが止まったのを見て、むしろ好機だと言わんばかりにスピードを上げた。その直後、


「あっち!」


 玄治が急に背中を反る様にして飛び上がった。彼の後ろから咲が近づいてくるのが見える。玄治は走るのを止めて咲の方を向いた。俺たちもそこに集まっていく。


「いや、あの、熱いんだけど…」


「ストップって言ったじゃん。玄治が聞かないから」


 どうやら咲がなにかしら魔法を使ったようだ。特に火が上がった様子もなかったため、おそらくは熱波を浴びせたのだろう。


「他の3人も。休憩中なのに走り回ってたら意味ないでしょ」


「……」


 まさにその通りだった。ぐうの音も出ない。


「そんな元気なら、もう出発した方がいいんじゃない?」


 俺の方を向いた咲が呆れた様子で提案してくる。


「…そうだな。そうしよう」


 そうして俺たちは長い休憩を止め、出発するための準備を始めるのだった。

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