第12話 出発

 護衛任務を受けてから5日ほどが経った。


 今俺たち40人はみんな修練場の前に集まりジンガの話を聞いていた。


「…というわけでな、お前さんたちには悪いがあと2,3日でこの村を発ってもらう」


 言葉が出なかった。いくらなんでも急すぎる。あと2,3日で一体なにをしろと言うのか。


 ジンガの話によれば、この村の住人の間で俺たちに対する非難の声がジンガたちでも抑えきれないほど大きくなってしまったのだという。


 発端は俺たちが請け負った護衛任務。この任務の護衛対象であった作業員たちの間で俺たちに対する不信感が彼等の周囲の人間にまで波及した結果、このような事態になってしまったらしい。


 確かに任務での俺たちの動きは正直俺自身も酷いものだったように思う。


 加えて、任務以前にもこの村の一部の住人から度々もらっていたどこか俺たちを敵視しているかのような眼差し。俺たちに対する数々の好待遇への嫉妬か、戦闘能力に対する不信感か。おそらくは元々俺たちに対する不満を燻ぶらせていた人間が護衛任務をきっかけに爆発してしまったのだろう。


 理解はできる。だが、到底納得はできない。この世界で自分たちだけの力で生きていくには、まだまだあらゆるものが足りていない。この状態でこの村を追い出されてしまえば大量の犠牲者が出てしまいかねない。


「せめてもう少し遅らせることはできませんか?」


 務めて冷静に尋ねる。彼は恩人だ。不満をぶつけるべき相手ではない。


「すまんな…。これ以上は俺じゃ難しい」


「そうですか…」


「旅の資金に関してはできる限り援助しようと思う。それでなんとか頑張ってくれ」


「ありがとうございます」


 どれくらいの額かはわからないが資金援助をしてもらえるのは非常にありがたい。ただ、40人全員の装備を整えられるだけの額はさずがに期待はできないか。武器や防具は数が少ないせいか随分と高価であり、特に金属を用いたものは桁違いに高い。護衛任務前、金属剣を購入するために生活をかなり切り詰める羽目になった。


 もらった資金を何に使うかちゃんと考える必要がある。ただ、やっぱりあと2,3日というのが厳しい。


 ジンガは俺たちからの発言がないのを確認すると自身の職務に戻っていった。


 40人全員が集まっているこの機会に話し合いをしておくべきか。特に残りの2,3日で何をするかについては早急に決めておきたい。


 ただ、このまま俺がそのことについて全員に話を切り出すべきか迷う。


 こうして40人全員だけで腰を据えて話をする機会は今までにはなかったこと。その場の流れや時間の浪費を避けるためにひとまずまとめ役をを受けてから5日ほどが経った。


 今俺たち40人はみんな修練場の前に集まりジンガの話を聞いていた。


「…というわけでな、お前さんたちには悪いがあと2,3日でこの村を発ってもらう」


 言葉が出なかった。いくらなんでも急すぎる。あと2,3日で一体なにをしろと言うのか。


 ジンガの話によれば、この村の住人の間で俺たちに対する非難の声がジンガたちでも抑えきれないほど大きくなってしまったのだという。


 発端は俺たちが請け負った護衛任務。この任務の護衛対象であった作業員たちの間で俺たちに対する不信感が彼等の周囲の人間にまで波及した結果、このような事態になってしまったらしい。


 確かに任務での俺たちの動きは正直俺自身も酷いものだったように思う。


 加えて、任務以前にもこの村の一部の住人から度々もらっていたどこか俺たちを敵視しているかのような眼差し。俺たちに対する数々の好待遇への嫉妬か、戦闘能力に対する不信感か。おそらくは元々俺たちに対する不満を燻ぶらせていた人間が護衛任務をきっかけに爆発してしまったのだろう。


 理解はできる。だが、到底納得はできない。この世界で自分たちだけの力で生きていくには、まだまだあらゆるものが足りていない。この状態でこの村を追い出されてしまえば大量の犠牲者が出てしまいかねない。


「せめてもう少し遅らせることはできませんか?」


 務めて冷静に尋ねる。彼は恩人だ。不満をぶつけるべき相手ではない。


「すまんな…。これ以上は俺じゃ難しい」


「そうですか…」


「旅の資金に関してはできる限り援助しようと思う。それでなんとか頑張ってくれ」


「ありがとうございます」


 どれくらいの額かはわからないが資金援助をしてもらえるのは非常にありがたい。ただ、40人全員の装備を整えられるだけの額はさずがに期待はできないか。武器や防具は数が少ないせいか随分と高価であり、特に金属を用いたものは桁違いに高い。護衛任務前、金属剣を購入するために生活をかなり切り詰める羽目になった。


 もらった資金を何に使うかちゃんと考える必要がある。ただ、やっぱりあと2,3日というのが厳しい。


 ジンガは俺たちからの発言がないのを確認すると自身の職務に戻っていった。


 40人全員が集まっているこの機会に話し合いをしておくべきか。特に残りの2,3日で何をするかについては早急に決めておきたい。


 ただ、このまま俺がそのことについて全員に話を切り出すべきか迷う。


 こうして40人全員だけで腰を据えて話をする機会は今までにはなかったこと。この場でも先導役を務めた場合、そのままリーダーのような役割を担うことになりかねない。


 40人の命を預かる覚悟も力もない俺にとってそれは非常に荷が重いことだった。


 周囲の友人たちの期待の視線が刺さる。こうして葛藤している間にも時間は過ぎていく。なんとなく責められているような気分になった。


「なぁ玄治、やっぱりお前がリーダーやってくれないか?」


「ん?いや春風がやるのがベストだろう」


「…なんでそんな俺にこだわるんだよ」


「あー、大丈夫だよ、春風ならちゃんとリーダ―としてやっていけるだけの力はあるから」


「本当かよ…」


「玄治の言う通りだって。春風ならできるよ」


「私は春風がリーダーだと安心できるな」


 俺と玄治の会話を聞いていた涼真や咲、他にも周囲にいた友人たちが口々に俺をリーダーに推してくる。


 みんなが俺のことを信頼してくれるのは素直に嬉しかった。ただそれでも踏ん切りがつかない。


 だが、もう断れる雰囲気ではない気がする。俺がやるしかないのか…。


「守りたいものがあるなら、人任せにしてどうすんだ」


 玄治が叱咤するように俺に囁く。


 あぁ、そうだった。俺には絶対に守りたい大切な人たちがいる。そのために自ら体を張らなくてどうするんだ。


 覚悟は決まった。雰囲気に流されてではない。自分の意思でやると決めた。


 俺は立ち上がり、みんなの前に出る。


「みんな、ひとまずこの場は俺が仕切ろうと思うんだけど、何か反対意見がある人はいるかな」


 全員を見回しながら自分の意思を伝える。


 この世界に来て2週間俺が止まっていた宿とは違う宿に泊まっていた20人からは微かな戸惑いが見て取れた。ただ、少なくともこの場では反対意見を出すものはいなかった。


「それじゃあまずはジンガさんからの援助資金の使い道についてなんだけど、旅をするにあたって地図と食料や水、これらを持ち運ぶための道具に関しては十分な用意をしていく必要があると思うんだ。これに関して何か意見のある人とかいるかな」


 俺の呼びかけに対して、玄治が挙手をして発言を始める。


「地図に関してなんだけど、俺の方でだいたいは用意できたから後で確認してほしい」


「マジか!わかった、後で確認する。他には何かあるか?」


 もう一度全体に呼び掛けを行う。


「あー、俺もいいか?」


 1人の男が挙手をする。彼は確かもう一方の宿に泊まっていたんだったか。ほとんど会話はしたことがないが、よく彼を含めた男5人で行動しているのを見かけるが、その際に周囲の人間からはカケルさんと呼ばれていた覚えがある。


「援助資金なんだが、始めから40人全員に均等に支給してもらえないか」


「…お金の使い道は全て自分だけで決めたいってこと?」


「あぁ」


「額の大きなものが必要になった時や全員で共有できるものを買った際に揉め事になりやすくないか?まずそこらへんを買ってからみんなで分けた方がいいと思うんだけど」


「…この際だから言っておく。俺たちは5人はあんたたち35人とは基本的に戦闘時以外で協力することはない。道具の共有とかは俺たちに構わずそっちで勝手にやってくれ」


「それは…」


 カケルの言葉に周囲からも困惑した声がポツポツと出始める。中には彼の非協力的な態度に苛立ちを露わにしている者もいる。


「…わかった。資金は始めから全員に分けることにするし、君の言い分も分かった。できる限り尊重するよ」


「…なら俺たちはもう行く」


 カケルは少し驚いたような表情を見せた後、すぐにまたこちらに関心のないような態度に戻る。


 そのまま他の4人を引き連れてこの場を去っていく。


「おい、よかったのか?あんなこと言って」


 拓海が少し非難するように尋ねてくる。


「今はああするしかないというか、むしろ突っぱねて孤立される方がマズいと思う」


「…なるほどな」


 残った人たちは動揺し危機感や苛立ちを感じているようだ。それらの感情は、大部分があの5人に対して向けられているが、一部俺に対しても向けられている。


 あまりいい気分ではないが、こればっかりは仕方がない。それよりもあの5人が孤立してしまわないよう繋ぎ止めておくことが大事だ。


「さて、俺たちは話し合いを続けよう!」


 悪い雰囲気をいつまでも続けていてもいいことはない。空気を入れ替えるように手をパンパンと鳴らし、張り上げ気味の声で呼び掛ける。


 その後の話し合いはひとまず滞りなく行われた。


 だが、この村を発つ日に近づくにつれて、俺たち40人を包む空気は次第に刺々しく重苦しいものになっていく。


 俺たちに向けられる住民からの冷たい視線。段々と重量を増していく鞄。


 俺たちには本来、この世界の趨勢など一切関係のないことだった。


 どうして。なぜ。そんな疑問や苛立ちが日増しに募っていった。


 そして今日、俺たちはこの村を発つ。


 玄治が用意してくれた地図によれば、俺たちが向かうのはここから北に平坦な野原をひたすらいったところにある村で、距離はだいたい100キロ。手ぶらであれば休憩込みでも2日ほど歩けばたどり着けるだけの距離である。


 従って、食料や水などかなりの重量の荷物を持ちながらの移動となる。この世界に来て、身体能力がかなり底上げされたとはいえ、それでもおそらくは3日間以上の旅になるだろう。


 また、玄治が調べたところによると、道中は森や山などと比べれば生息している生物も少ないらしいのだが、敵性生物がいないとも限らない。


 こんな徒歩での旅もそうだが、身の危険がある旅なんて俺たちは一度も経験したことがない。


 俺たちは見送りに来てくれたジンガとクザに続くように村の門へと向かっていた。


 建物の扉や窓から顔を覗かせてこちらを伺っている住人たちがチラチラと目に入る。早く出ていけとでも言いたそうなその表情。


 それを務めて無視し歩いていく。


 みんな不安と緊張で口数は極端に少なく、足取りは重い。背負った鞄が門に近づくにつれ重さを増しているような感覚に陥る。


「さて、門に着いたぞ。ほら、しゃきっとしねぇか!」


 ジンガの張り上げた声も空しく、俺たちを包む空気は重いままだ。ジンガもどうしたらいいか困っている様子だ。


 もしかしたらみんな、今まさにそんな自身の境遇を心底呪っているのかもしれない。


 だがこれではいけない。これからも様々な理不尽に見舞われることになるかもしれないというのに、出発する前からこのような状態では乗り越えられるものも乗り越えられないだろう。


 みんなをまとめる役を引き受けた以上、俺にはみんなの先頭に立って導いていく責任がある。


「ジンガさん、出発まで少し時間を頂いてもいいですか」


 チラリと周囲を見ながら、ジンガにそう頼む。


 これからすることにはそれなりに時間が必要となるだろう。


 今も続いている住人達からの刺すような視線。痺れを切らした彼等からの横槍があるかもしれない。その際、ジンガたちに対応してもらうのが一番効率がいいと判断してのこの発言。


「…あぁ、わかった」


 俺の意図をなんとなく理解してくれたのだろう。俺たちに送っていた視線を周囲の住人たちへと配り、そのまま俺たちを守るように見張りを続ける。


 後ろだては得られた。みんなの前に立ち、息を大きく吸う。


「全員顔を上げろ!」


 この場に響き渡る俺の声。それに反応するように周囲の視線が一斉に俺に集まる。


「一度、この世界における自分自身の目標について考えてみてほしい。生き残るでも、大切な人を守り抜くでもいい。とにかく自分が前に進むためのゴールについて、ちゃんと考えて自分が納得できるだけのものを見つけてほしい」


 目標がないのはどこが前かもわからないのと同じこと。そんな状態では苦難を前に、立ち止まることしかできないだろう。それが今までの俺たちであり、そして立ち止まることすら許されなくなった。


 だから今ここで目標を決め、前に踏み出すための力を得る必要がある。


「今すぐには決められないという人もいると思う。そういう人は難しいことは考えず、ひとまず付いてくるだけでいい。ふとした瞬間に見つかることもあるからね」


 そうしてチラホラと、先程までの陰鬱とした雰囲気を払い除け、覚悟の定まったような、そんな雰囲気を感じさせる人が現れ、彼等につられるように他の人間からも暗さが薄れていく。


 よかった。上手くいったようだ。自分の目論見通りに事が運んだことに安堵する。


「それじゃあ、ジンガさんクザさん、今までお世話になりました」


 2人に対し、深く頭を下げる。


「…あぁ、達者でな」 「……」


 未熟な俺たちを送り出さなければならないことに心苦しそうに返事を返すジンガとただ静かにコクリと首を縦に動かすクザ。


(黒竜の封印が終わった暁にはいち早くこの村に報告しに来よう)


 非常に良くしてもらった人たちに対し、碌にお礼もできないまま、しかもあんな表情までさせてしまっていることに心苦しさを感じつつもそんなことを考える。


「さぁ、出発しよう!」


 仲間たちの方へと向き直り、努めて明るい声で呼びかけ、俺が先頭となって村の門の方へ歩みを進める。


 後ろを付いてくる仲間たちの歩みは先程よりも軽く、ジンガたちに口々にお礼を告げながら軽く会釈をしている。


 そうして門をくぐり、俺たちの旅は始まった。

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