第11話 初の実戦2

 それから敵との遭遇もなく村へ帰ってくることができた俺たち。


 村に着く少し前には、けが人たちも自力で歩けるようになったため、一時的に治療を中断してもらい、大急ぎで村を目指した。


 皆一様に安堵の表情で村の門をくぐる。ここで護衛対象ともお別れとなり、作業員たちは大量の木材などをどこかへ運んでいった。


 ふと彼らの話し声が微かに聞こえた気がした。はっきりとは分からなかったがなんとなく気になってそれを尋ねるため追いかけようとした、その時、


「おーい春風、どうしたんだ?」


 背後から拓海の声がした。ひとまずそちらの方を向く。


「さすがに腹減ったわ。メシ行かないか?」


 表情に疲労感を滲ませつつ、腹部をさすりながら話す拓海。


「あぁそれはいいけど…」


 やっぱり作業員たちのさっきの話がどうしても気になる。拓海への返事を濁しながらも、作業員たちの方を見るが、既に作業員たちの姿は見えなくなっていた。


 残念だが仕方がない。諦める他ないだろう。


「どうした?」


 背後から再び拓海の声がする。彼に何でもないと返事をしながら先程の話に話題を戻す。


「おーメシか。どこ行くんだ?」


 俺たちの話を聞きつけた玄治が会話に加わってくる。彼は戦闘終了直後そのままの引っ掻き傷だらけの姿であった。


「いやお前、まずそのけが治してもらって来いよ…」


「ん?こんくらい別によくね?」


 玄治が傷だらけになっている姿は普段の訓練で既に見慣れてしまっている。


 そのため俺は別にほっといてもいいか、なんて思ってもいた。しかしそれを許さない者もいる。


「いいわけないでしょ。ほらこっち来て!」


 予想していた通り、玄治の背後から人がやってきた。


 彼女は玄治の服の襟を後ろから掴むと、そのまま引っぱっていく。


「んぐっ、ま、まって!首はマズい!わかった、治療受けるから!」


 少し転びそうになりながら、苦しそうにもがく玄治。


「ならよし」


 彼女は玄治の返答に満足したのか、襟を掴んでいた手を放した。玄治は首元をさすりながら足りなくなった酸素を求めて荒い呼吸を繰り返す。


「咲さんや…首はやりすぎじゃありませんかね…?」


「いっつも玄治が怪我をほったらかしにするからでしょ。ほら、こっち」


「はいはい…」


 ここ最近、いつものように繰り広げられる光景。


 玄治はクザからマンツーマンで槍の指導を受けていたが、その指導が終わる頃には大体玄治は浅い切り傷を体中に作っていた。そしてそれをいつも放置したまま出歩くもんだから毎回のように見咎められ、治療に連れていかれていた。


 そのいつも玄治を連行しているのが彼女、新見咲ニイミサキだった。


 咲も俺たちと同じ大学の同じサークルの一員で所属している学部学科は違うものの、サークルでの活動をしているうちに仲良くなった人間の1人だ。戦闘に関してはあまり自信はないようで、魔術専門の後衛組ということになっている。


 咲が玄治を引き連れていくのに続いて俺たちも歩いていく。食事は玄治の治療が終わってからにしよう。


「手空いてる人いない?彼も治してあげて欲しいんだけど…」


 咲が辺りを少し見回しながら呼び掛ける。この場では、森狼に襲われた人たちの治療の仕上げとその他軽傷者の治療が行われていた。


「あ、もうちょっとで終わるからちょっと待ってて!」


 千尋が目の前の怪我人の治療をしながら、声だけで咲の呼びかけに反応する。その後すぐにこちらに来て玄治を見るや否やハァと大きく溜息を吐くと少し苦笑いを浮かべる


「また玄治君か…。はい座って」


 玄治が大人しくその言葉に従うと、千尋は手のひらからふわりと暖かな光を発して、その光を玄治を傷に当てる。


 先程まであった傷がみるみる塞がっていく。


 相変わらず不思議な力だ。創作上でしか存在しなかった現象が今、目の前で行われていることがなんとなく奇妙に思える。


 そうして玄治の全身あちこちにあった傷を全て治療し終える。


「これで終わり…かな?」


「ああ、ありがとう」


 玄治はそう言って立ち上がろとする。咲はそれを押し留めて悪戯っぽい笑みを浮かべながら、


「ほんとは服の下とかにも隠してたりするんじゃないの?千尋、一緒に探してみない?」


 なんて言い出した。


「フフ、そうだね。玄治君のことだし隠してても不思議じゃないね」


「いやもうないって!2人とも疑いすぎでしょ!」


 女子2人にたじろぐ玄治。今まで散々世話をかけられた分の仕返し的な意味もありそうだ。


 そんな光景を眺めていると、サークルの他のメンバーの5人も集まってくる。


 そのままこの10人で夕食を食べに行く流れになった。









「にしても玄治、お前よく1人で突っ込んでいけたよな。俺なんか足とか震えちゃって全然まともに戦えなかったぞ」


 食事を開始してしばらく経った頃、拓海がそんなことを口に出した。


「うん俺も。狼たちを前にした瞬間、急に体が動かなくなっちゃたよ」


 涼真が拓海の発言に神妙に頷き、同調する。


「ん?あぁ、そりゃクザさんに色々稽古つけてもらったからな」


 クザとの稽古を始めた当初、稽古が終わるたびに玄治はぐったりと疲労困憊といった様子だった。


 その様子で少し不思議に思った点が、身体の至るところにできた浅い傷以外のどこかにより大きなダメージを負っているような、そんな感じがしたのだ。


 そのことにやっと合点がいく。彼はクザとの稽古で槍の技術だけでなく精神力も鍛えていたのだろう。


「あーなるほどね。…俺もそういうのもっとやっとくべきだったかー」


 本当にそうだ。俺も心の底から拓海の発言に同意する。


 あの時の自分の情けなさといったらない。


 それに、彼があそこで攻撃を仕掛けてくれなかったら、俺たちの被害はもっと酷いものになっていただろう。


「おい春風、どうした?そんな暗い顔して」


「え?」


 どうやら顔に出てしまっていたらしい。この機会に1度吐き出してしまうのもいいかもしれない。


 ここでなんとなく咲の方にチラッと視線だけを送る。彼女も俺の方を見ていた。


「いや、今からでもジンガさんか誰かに稽古を付けてもらえるよう頼んでみようかなってちょっと考えていただけだよ」


 咄嗟に理由をでっちあげる。


「あーでもジンガさん忙しそうだし、他の衛士の人たちはな…」


「うん、やっぱり難しそうだよな…」


 ひとまず今の返答でみんな納得してくれただろうか。念のため話題を少し変えるのもいいかもしれない。


「そういえばさ玄治、あのとき周りに倒れてた狼ってお前が全部倒したの?」


「ん、いやさすがにあれ全部は無理だわ。近くにいた連中にも手伝ってもらったよ。…そういやなんか弓がやたら上手いやつもいたな」


「なんだ、そうだったのか。てっきり玄治が全部やったのかと思ったよ」


「いや、ないない。そこまで強くないぞ俺は」


「そんなことないと思うけどね。実際俺たち40人の中だと玄治が一番強いと思うし」


 俺も涼真の考えに賛成だった。


 今回の件もそうだが、訓練時の彼の動きを見ても、少なくとも前衛組の中では突出した戦闘能力と精神力を備えているだろう。


 事実、玄治は今日の護衛任務の際、その実力を認められて一番後方の守りを任されていた。


 襲撃の際にはこのことが裏目に出てしまい戦闘に参加するのが遅れてしまったが、それでも彼の実力は明確に示された。


 その後も様々な話をしながら食事は進んでいく。


 食事の後はそのまま解散となり、それぞれ自身が借りている部屋に戻っていった。

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