第7話 準備期間3
ふと、手元がなんとなく暗いような気がして周囲を見回す。院内の窓から差し込む光は既になく、人もまばらになっていた。
もうそんな時間か…。
随分と集中していたらしい。なんとなく頭が重いような感覚がする。加えて腹にはかなりの空腹感があった。昼食を摂っていなかったことを思い出す。
そろそろ切り上げて帰ることにしようか。そう思い、一区切りつくところまでを頭に入れたところで本を閉じ立ち上がろうとした。
その時、どこか遠くから響く重低音が耳に入る。それは何度か繰り返された後、聞こえなくなった。
周囲にいた人たちが一斉に帰り支度を始め、院から出ていく。今の音はなにか時刻を告げる合図のようなものだったのか。
俺もなんとなくその流れに乗って出ていこうとしていたが、ここで許可証の存在に気付く。すっかり頭から抜け落ちていた。
受付に寄って許可証を返却する。受付には先程の女性がおり、お疲れ様と、微笑みながら告げて許可証を受け取った。俺はそれに会釈とお礼の言葉を返し、院から出た。
院から宿まではいくらか距離がある。ひとまず頭の中の整理をしよう。
まずはコクリュウについて。
コクリュウは、巨大な身体と翼と尾、強靭な鱗、爪、牙などを持ち、四足歩行と俺たちの世界の想像上の存在であった竜とほとんど似通った身体的特徴を有した生物らしく、体表が黒いためそのまま黒竜と呼ばれているらしい。
また、黒竜には鱗の外を更に水晶のような形状の、硬く、光沢のある物質が覆っており、様々な攻撃が通じない、存在するだけで周囲の環境を破壊するなど、この黒竜独自ともいえるような特徴も有しているらしい。
正直、人が束になって戦ったところで敵うような存在ではないように思える。
しかし、これを封印した人たちがいるらしい。しかもその人たちは俺たちのように、こことは別の世界からこちらの世界へと連れてこられた人間のようだ。
この黒竜封印という偉業の達成には、山の賢者から得た策というものが鍵となったらしい。
ここでまた登場した山の賢者という存在。一体どういう存在で、どんな策を授けたというのか。
候補としては俺たちが一番最初にいた場所にいた黒外套とその黒外套にもらった1枚の札が考えられるが、なんとなく賢者というイメージとあの外見や声などは結びつかないし、札1枚で一体どうしろというのか。
そもそも封印は既に済んでいるのではないのか。この伝承そのものが間違っているのか、それともこの件とはまた別のものなんだろうか。疑問は尽きないがこれ以上の情報は今のところ見当たらなかった。
とりあえず黒竜が封印されているという北の山脈に関しては資料によって位置を把握できた。当面はそこを目指して旅をすることになるのだろうが、封印できなければかけた労力の全てが無駄となる。
ただそれでも、元の世界に戻るためにはやるしかない。
黒竜に関してはとりあえずこんなところか。次はこの世界について整理していこう。
この世界について、俺たちのいた世界との1番の相違点はおそらく魔法の存在だろう。
この世界では魔力操作術なんて呼称のようだが、俺たちの世界において、フィクションの世界などにたびたび登場する魔法とイメージはだいたい似ており、炎、氷、水、雷、土、風などを魔力を用いて操る技術をこの世界の人間は習得しているようだ。
なんでも、この世界のいたるところに魔力というものが存在しており、人は呼吸や食事などからそれを体内に取り入れ、扱うのだという。また、人以外の生物や植物も同様にして体内に取り込むことができるようだが、人間にように自身の意思で操ることはできないらしく、稀に変異体という魔力の影響を強く受けてしまった個体が存在し、色々と厄介な性質を備えてしまうらしい。
魔法に関しては今のところこれくらいか。あまり親しみのない概念であったこととあまりの情報量の多さのためにほとんどさわりの部分しか頭に入れられていなかった。
魔法の他には地理関係や動植物についてを重点的に調べるようにしたが、なにぶん情報量が膨大で、必要な分だけを抽出して覚えるにしても何が必要か、その判断基準が定まっていない現状では難しいものがある。
ひとまず最低限、この村の周囲と目標地点となるだろう北の果ての山脈のそれぞれの地形と動植物についてを頭に入れて今日は区切りとなった。
そうして頭の整理をしている間に宿に到着したようだ。宿からは明かりと僅かな喧噪が漏れている。
扉を開け中に入り、喧噪の大元へと進む。だんだんと辺りの騒がしさが増し、忙しなく働く人たちがチラホラと見えてくる。なんとなく食欲を刺激するような香りも漂ってきた。彼らのところまで来ると、そこには通路を挟んで左側に包丁などの調理器具を揃えた厨房、右側にたくさんのテーブルと椅子が並んだ食堂があり、友人たちが料理の配膳を手伝っていた。
「おぉ玄治、お疲れ。結構遅かったな」
「随分忙しそうだな」
「あぁ、玄治は座っててくれ。色々調べてきてくれたんだし」
春風の言葉に甘え、一足先に休憩させてもらおう。俺は食事の配膳が行われている中、1人席に着く。目の前には美味しそうな料理が並んでいる。
周囲で友人たち含め19人が協力して働いている中、1人だけ何もしていないというのは非常に外聞が悪いが、慣れない環境の中活動し続けた疲れが出たのか、全く動く気になれない。
椅子に深く腰掛け、目の前で働く友人たちを欠伸を噛み殺しながら眺めていると、心なしかみんなの雰囲気が明るいような気がした。
俺がいた時までは、3つの独立した集団がたまたま同じ行動をしているような、第三者から見ればグループ間の溝がはっきりと認識できそうな状態だった。しかし今は、前まで知り合いではなかった者同士でも時折会話をしている。加えて個人単位でも少し緊張感がとれているような印象を受けた。
そんなことを考えているうちにも配膳は着々と進み、既にほとんど終了したのか席についている者が何人か出始めていた。
もう少しすると、春風たちが俺のいたテーブルのところまで来て席についていく。
「お疲れさん」
「玄治こそ色々調べてくれてたんだって?なんか収穫はあったか?」
席に着いた彼らに労いの言葉をかけると、拓海がそう返してくる。
「まぁそこそこな。メシ食いながら話すよ」
そうして全員が席に着き一斉に食事を始める。今同じテーブルを囲んでいるのは俺を含め、春風、拓海、そして佐々木涼真ささきりょうまの4人。俺、春風、拓海は同じ理系の学部、学科に所属しており、よく行動を共にしていた。涼真は文系だが、俺たち4人はサークル内で意気投合し学外に遊びに行く際はほとんどこの4人で行動している。ただ、それぞれ個人的な付き合いがないというわけでもない。特に涼真なんかは文系の学科の方の付き合いもかなりあり、その人当たりの良さと容姿から相当モテるらしい。
「あれ、弘一は?」
こちらの世界に来た同サークルのメンバー10人の構成は男5の女5で半々となっており、男メンバーの残り1人、広瀬弘一ひろせこういちの様子が気になって尋ねてみた。
「弘一なら他のやつらといんじゃないか?」
「マジか。相変わらずコミュ力ばけもんだな」
少し周囲を見回してみると、確かに知らない連中と賑やかに談笑しながら食事をしている弘一の姿が見えた。
初めて顔を合わせた人間と、1日と経たないうちに友好関係を築くことのできるその能力。全て計算してのことだとすれば、一度ご教示願いたいものだが、おそらくは生来の気質や経験を活かした無意識的なものだろう。
食事を続けながら、俺は整理した情報に俺自身の推論も加えて4人に話していく。みんな一様に難しい顔をしながら静かに俺の話を聞いていた。
「とりあえず目標だけははっきりしたか」
「黒竜の封印…俺たちにできるのかな…」
「まぁでもやるしかないんだろうな…」
ひとまずこの4人に黒竜の封印という最終目標が共通認識を持たせることはできたようだ。
「俺は明日も高蔵院に行って調べてこようと思うんだけどお前らはどうするんだ?」
「あぁそのことなんだけど…」
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