第6話 準備期間2

 高蔵院に到着した。ぱっと見、周囲の他の建物よりも少し古びているように感じられる。


 他の建物よりも1メートル程床が底上げされているのは、中に保管されている書物を湿気や害獣などから守るためだろうか。


 使われている文字が俺に解読できるものだといいが…。


 そんなことを考えながら、中に足を踏み入れていくと、すぐに受付があり人が座っている。


 そして俺の目の前に立ちはだかったのは、がっちりとした体格の2人の男。ここの警備の人だろうか。


「何者だ」


 そう言い、こちらを睨んでくる。俺の服装を気にしているようで、視線がたびたび上下していた。


 なるほど、自由に立ち入れるといってもそれは俺たち異世界からの来訪者には適用されないらしい。こればっかりは仕方がないだろう。宿に戻るしかない。


 ただ、このまま帰してもらえる気がしないんだが…。


 目の前の男2人はこちらを今だ睨んだままだ。今にも腕を掴まれて裏にでも連れていかれるんじゃなかろうか。


「おい、何か答えんか!」


 考え事をしていたために、男たちを無視したような形になってしまった。ただ、何と答えるべきか。そう思っていたところに1人の女が割って入ってきた。


「あの…もしかしてあなた、この世界を救いに来たっていう…?」


「あーはい、一応それです」


 いいタイミングで助け船に入って来てくれたのは、先程見えた受付の人か。俺たちについての解釈に微妙に誤解があるような気がするが、ひとまず話を合わせておく。


「あぁやっぱり!」


 そう言って今度は男2人の方に体を向け、説得をしてくれる。どうやら俺はここに立ち入っても問題ないらしい。ジンガが手を回しておいてくれたか、それともたまたま知っていたのかは分からないがかなり助かる。


 警備の男たちも、一応俺たち異邦人の存在は知っていたらしい。彼女の説得に対し、多少渋々ではあったものの、納得して引いてくれた。


 説得を終えた受付の人がこちらに戻ってきた。


「それじゃあちょっとこっち来てくれるかな?」


 そう言って俺を受付の方まで誘導すると、手のひらサイズで長方形の木の板を手渡してきた。長辺部分からは何か植物のようなものが輪になった状態で板2枚で挟むようにして接着してある。


 ぱっと見た感じ首から下げるタイプの名札のようにも見えるが、これが許可証なのだろうか。


「この村の人間なら住人証があるからここもほぼ素通りできるんだけどね」


 そう言って彼女は髪の毛をスッとかき上げて右耳を見せてくる。小さい銀の輪の耳飾りが耳たぶに付いていた。


「ほら、これが住人証」


「その住人証、俺たちでももらうことってできますかね?」


「うーんどうなんだろ。私も含めこの村生まれの人はみんな、生まれた時からずっと肌身離さず付けてるんだけど、今まで付けてなかった人が急に付け始めるなんてのは私は見たことがないなぁ」


「そうですか…」


 住人証があればこの施設以外でも色々と面倒な手続きを省略できそうだったんだが。


「生まれた時から付けてるとね、結構これの存在を忘れちゃったりしてね…」


 この後十数分間、俺は彼女の過去話を聞かされた。なんてことのない日常の一片を切り取ったかのような内容ではあったが、これで1つ人脈ができたと考えればむしろ儲けではあったか。


「ごめんね。長々とこんなどうでもいい話に付き合わせちゃって」


「あぁ、いえ。この村で生活する上でこの村の文化を知るのは重要ですからね。今の話はためになりましたよ」


「そう?ならいいけど…」


「…じゃあ俺は行きますね。色々気を利かせて頂いてありがとうございました」


「あぁうん。調べもの頑張ってね」


「はい、それじゃ失礼します」


 そう言って一礼し、施設の中へと足を踏み入れていく。


 念のためと思い一度彼女の方を振り返ってみると、彼女はまだ俺を見送ってくれていたようで、手をひらひらさせて微笑んだ。


 俺もそれに対して会釈を返しておく。


 それにしても随分と気さくな人だった。他人、特に見ず知らずの人に対してもああいう接し方ができる人間というのは貴重な存在だし、俺も見習うべきだろう。あの笑顔が素であろうと、そうでなかろうと。


 受付の女性との会話を終えた俺は、一度、院の中を見渡してみた。


 内装は俺の実家近くにあった市立図書館と大差はない。いくつかのテーブルとそれを囲む複数の椅子に整然と立ち並ぶ、大量の書物をところ狭しと並べた棚。ただ表に出ている本の数に関しては、ぱっと見半分程度だろうか。まぁ施設の広さから考えても仕方ないことではある。


 耳に届くのは紙をめくる音と人の足音以外になく、微かに香ってくる木と紙の匂い。


 なんとなく歩調が速くなる。ここで、どこか心を弾ませている自分がいることに気付いた。


 シリーズ物の小説の新刊を買いに来たついでに、適当に他の本を物色している時と似た感覚。俺は特に読書家というわけでもなかったが、それでもまぁ趣味といえるようなものといえばこの読書くらいなもんだった。


 さて、まずはコクリュウについての書物を探すところから始めよう。それとついでにこの世界の文化や地図など、コクリュウとやらがこの村のすぐ近くにでもいない限りは旅をすることになるだろうしそのための知識を得られるような本も探していく。


 本の種類毎に整頓がされており目的のものを見つけるのにあまり苦労はしなさそうだが、そもそもコクリュウについての本はどういったジャンルに含まれるのか。


 リュウが竜であったとして、竜は俺たちの世界ではフィクションや伝承にしか存在しないものであるが、この世界の伝承について調べれば良いのか、それともいっそ生物図鑑でも読んでみるか。


 ひとまず、手あたり次第リュウについて載っていそうなものを手に取ってパラパラと軽く見ていく。


 少しザラザラとした和紙に似た質感の厚い紙を重ね、針金のようなもので刺し貫いて閉じてある。そして、紙に羅列された文字は明らかに手書きであり、その文字は硬筆ではなくおそらく毛筆と墨汁のようなものを用いた、流れを感させる字体。


 随分と古い時代の日本を想起させるようなものがこの村には多い気がする。今手に取っている本や棚の最下層の段にある巻物までならば日本以外にもある文化だ。しかし話す際の言葉や文字まで全て日本語となると、この村、またはこの世界そのものが日本となにかしら関係があるのではないかと思えてくる。


 ただ、今はこの謎について時間を使っている場合ではない。これだけ日本文化と似た文化を持っているのは俺たちにとって非常にありがたいものだ。大幅な労力の削減になるだろう。


 そうして俺は、着々とこの世界についての情報を頭に叩き込んでいく。メモができればよかったが、さずがに紙の無料配布や筆記具の貸し出し等はやっていないらしい。なんとなくテスト勉強をしているような感覚になり少々気が滅入ったが、俺自身この世界のお金を持ち合わせていないし、紙あたりは貴重なものの可能性もある。わがままは言ってられない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る