第8話 準備期間4
こちらの世界に来て2日目。朝早くから俺たちは衛士隊の屯所内の修練場に足を運んでいた。
周囲を約3メートルの木の壁に囲まれた陸上競技場ほどの広さの空間。下には土が敷き詰められており、上には青空が広がっている。
昨日俺が高蔵院調べ物をしている間、宿に残った人たちは互いに自己紹介を行いグループの垣根を越えた交流を行っていたらしい。そんな中、副村長と名乗る女性が訪ねてきて、今俺たちがいる屯所で戦闘の訓練を行うという旨を告げてきたという。
そういうわけで俺たちは宿で支給された服を着用し、俺たち同じ身軽な服装をしたたくさんの男たちが整列している様子をチラチラと見ながらジンガの到着を待っていた。
俺の周りには、かなり居心地の悪そうにして静かに立っている仲間たち。男たちの訝し気な視線や微かに苛立っているような雰囲気、男たちの鍛え抜かれた肉体などによって見えない圧力が発生していた。
まるで暴力団の会合にたまたま一般人が居合わせてしまったかのようなこの状況に、今にも泣きだしそうになっている人もいる。
すると急に男たちが姿勢を正すような素振りを見せる。圧力から解放され、安堵したような表情を浮かべる友人たち。
屯所の修練場入口付近からジンガと白髪の見知らぬ男の2人が男たちに近づいていく。
2人は一度男たちの前で止まる。男たちを見据えたままの白髪の男性を尻目に、ジンガは整列した男たちの周りを男たちの方に視線は向けたまま少し歩いた後、
「よし、全員いるな」
と小さく呟いた。
「お前さんたちもそんな隅っこで固まってないでこっちにこーい!」
ジンガは今度はこちらの方を向いてそう叫ぶ。
一度顔を見合わせ、僅かに戸惑いながらもジンガの方へ歩いていく仲間たち。俺もその流れに逆らわず、ジンガの方に向かう。
ジンガの近くまで来ると、先程の圧力を再び感じた。ジンガたちがいる手前あまりむき出しにはできないのだろうか。その圧力は少し弱まっていた。
突如、パァンと乾いた音がこの場に響いた。俺たちに向けられていた圧力が一瞬にしてなくなる。男たちはみな前方の老人に視線を向けていた。心なしか彼らの緊張感が増したような気がする。
先程の大きな音はあの老人が発したものだろうか。老人は静かに佇んだまま鋭い眼差しで男たちを見据えている。
「さて、そんじゃあまずは彼らの紹介から」
そう言ってジンガは男たちに向かって俺たちの紹介を行っていく。続いて俺たちの方を向き、男たちがこの村を守る衛士たちであると紹介した後、
「お前さんたちはこれからしばらくの間、ここで俺たちに混ざって戦闘訓練を行ってもらうんだが…」
「あのジンガさん、少しいいですか?」
ジンガの言葉が途切れた隙に春風がそう切り出した。
「ん?なんだ?」
「訓練を行う前に少し相談したいことがあるのですが…」
昨日、食事を済ませた俺たちはもう1つの方の宿の大広間を借り、40人全員がそこに集まった。そこで俺が調べて得た情報の共有と副村長の言っていた戦闘訓練についての話し合いを行い、運動能力や精神的な問題などで戦闘に特に自信のない人間の扱いをどうするべきか、一度ジンガに相談し結論を出そうということになった。
春風は昨日決定した通りジンガに対して相談を持ち掛けた。
「相談か…わかった。じゃあ親父、そっちは任せたぞ」
「あぁ」
ジンガが老人に対して顔だけを向けて発した言葉に、兵士たちを見据えたままの老人は短く返事のみを返した。
「さて、ひとまず外に出よう。話はそれからだ」
「え?…あぁはい」
そうして、ジンガに続くようにして俺たちは修練場の外に出た。
「それで、相談って?」
「はい。それが…」
春風が説明を行い、ジンガに助言を求める。
「んー、そのことに関しては俺も考えてはいたことでな…」
そう言って、ジンガは一度俺たちを見渡した後、
「お前さんたちの形からして武器を持って戦う経験なんて一切ないんだろう。そう思ってこうして訓練に参加してもらおうと手配したわけなんだが…。やっぱり戦えそうにないやつもいるわな…」
ジンガはそう言い、少し考える素振りをした後、
「一応戦闘にあまり自信がないってやつ向けに2つ選択肢がある」
そう言って説明が始まった。要約すると次のようになる。
1つは、魔法を習得し、戦闘において魔法を用いた後方からの攻撃、支援を行うという役割を担うというもの。自身の運動能力に対する不安や戦闘に対する恐怖心などの問題も敵から距離をとれるのであればかなり解消できるだろう。
ただ、これは前衛が戦闘を支え続けることが必要となり、後衛として配置できる人員には限界がある。希望者が多すぎれば、その内の何人かは前衛を務めてもらうことになるかもしれない。
もう1つは、この村に残り、なにかしら仕事をこなしながら日々を過ごすというもの。俺たちは黒竜封印のために旅を行うがその道中には敵が存在する。戦うことのできない人間は当然足手まといとなるし、後衛希望者過多となりあぶれて前衛に配置された人間も足を引っ張るであろうことは想像に難くない。
であればいっそ村に残り確実に生き残るという選択をした方が利口だろう。戦う選択をした人たちとは離れ離れになるが割り切るしかない。
「まぁ今すぐに決めろってわけじゃない。今日はとりあえず基礎体力訓練だけやるから、まずは全員適当に体をあっため始めてくれ」
説明を聞き、多数が真剣な表情で悩んでいるようだったが、今すぐに決められることじゃないと悟ったのか、緩慢な動きではあったがみなゆっくりと準備運動を始めていく。
「さて、そんじゃまずは修練場の外周を10周ばかし走ってもらおうかな」
俺たちの準備運動がそれなりに済んだところを見計らって、ジンガがそう呼び掛ける。
俺たちはジンガの誘導に従い、修練場の入口前まで来た。
「この砂が4度落ちきるまでを目安に走ってもらう。とはいっても別に罰則があるわけじゃないけどな」
そう言ってジンガは懐から手のひらほどの砂時計を取り出し、俺たちに見せる。砂時計について特に詳しいわけじゃないため、砂が全て落ちきるまでの時間を判別することはできない。始めはそれなりに速いペースで走った方がいいかもしれない。
「さて、準備はいいか?…そんじゃ、始め!」
ジンガの号令と共に俺たちは一斉に走り出した。
スタート直後から、既にいくつかの集団に分かれ始めている。そして200メートルほど進んだ時点でそれが明確に判別できるくらいにまでなった。
先頭は俺、春風、拓海、涼真を含んだ10数人。その一番後方には1人女性が混じっていた。
最後方の集団は戦闘に特に自信がないと事前に話していた人たちで構成されており、既に表情が微かに歪んでいる。
この2つの集団に混ざっていない人もだいたいそれぞれ1から3人程度で固まって走っている。
そんな中、少し変わった5人の集団があった。その集団の1人は最後方の集団の人たちよりも少し険しい表情をしている。しかし、それ以外の人間は特に疲労等を滲ませてはおらず、その集団の先頭を走る男に至っては手を抜いているのではないかと思わせるほど非常に軽い足取りをしていた。
全体の観察を中断し、自身の走りに集中する。今の先頭集団のペースでは戦いや旅のためのトレーニングとしては不十分だろう。ぐっと全身に力を入れ、走りのペースを上げる。先頭集団もそれに続くようにみなペースを上げていく。
訓練はまだ始まったばかりだ。さっさと走り終えて次のトレーニングといこう。
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