第32話 闇から覗く瞳

 一方、真白はまだ眠っていた。


 真白はベッドで寝返りをうった。誰かに揺すられたので、揺する犯人に背中を向ける。

──眠いよぉ。

 それでもなお、必死に揺する子どもの手。

──もう何?


 真白は目を覚ますと、目があってしまった。


 暗闇に浮かぶ血の色をした赤い瞳と。


 ローブの中に広がる闇、そして真っ赤な瞳だけがこちらを無表情に見ている。そう、フードを深く被ったローブは人間のシルエットをしてこそいるが、赤い瞳が不自然に浮いているだけ。


 真白は自分の肩に目をやると、そこには焼死体のように黒く焼け焦げた子どもの手が置かれていた。

 

 §

 

 りゅかはふんふんと鼻歌を歌いながら、廊下を歩いていた。


 左手には自分の身長より大きな魔法の杖が握られている。白樺の木から造られた白に近い灰色の杖に、袖口に青い糸で呪文が刺繍された白いローブ、ウィザードの正装。


 真白の反応が楽しみだ。久々に握った自分の杖がりゅかの鼻歌に合わせて右に左に揺れていた。あともう少しで真白の部屋につくと思った時だった。


「きゃああああああ」

「真白!」


 真白の悲鳴が聞こえた。りゅかは急いで真白の部屋のドアを開ける。


「おばけえぇ! 助けてー!」


 そこにはパジャマ姿で部屋を走り回る真白と、彼女の着替えを持って追いかけるローブを深くかぶった子どもがいた。驚くのも無理はない。この城のたった一人の侍女ではあるが暗闇に光る赤い目は見慣れないと怖いだろう。


 りゅかが大丈夫だよと説明してあげなければ。誤解を解いてあげなければ。だが、肝心のりゅかは部屋の隅で体育座りをしていた。


「おばけ、やっぱりこわいんだ……」


 本職のおばけであるりゅかはいじけて、せっかく持ってきた杖で床に何やら愚痴を書いている。視ることが出来る人に話しかけても悲鳴をあげられるんだよな、などとブツブツ言っている。


「僕だって好きでおばけになったわけじゃないやい」


 せっかく持ってきた杖をポイと投げた時だった。


「りゅか助けて!」


 部屋の隅に座るりゅかに気付いた真白が、彼の背中に抱きつく。


「僕もおばけ……」


 まだいじける涙目のりゅか。彼は自分の背中で震える真白に声をかけながら、振り向くとオロオロしている侍女が立っているのが見えた。


「ポピー、ごめんね。僕が真白に説明するの忘れたんだ」


 りゅかは立ち上がると侍女、ポピーに向き直った。ポピーは首をブンブン横に振る。器用にりゅかの背後にまわった真白。りゅかは自身の肩にある真白の手をとんとんと叩く。真白はやっと背中に埋めていた顔をあげた。


「紹介するね。この子はポピー。真白が困らないよう助けてくれる女の子だよ」


 真白は改めてポピーを見た。確かに赤いローブを深々と被っているが、よく見たら赤い目はパッチりとしていて、フードから出している赤毛の三つ編みには赤いリボンが巻かれていた。魔女さんの趣味なのか、足元まで覆ったスカートの赤いメイド服から出る小さなお手々。小柄な体格でとても可愛いらしい。


「ごめんなさい」


 真白はりゅかより一歩前に出ると深く頭を下げた。自身が勘違いでひどいことを言ってしまったのだ。しかし、顔をあげるとポピーは必死に気にしないでと両手を振っていた。それでも目はうつむきがちなポピー。かなりシャイな女の子なのだろう。真白は微笑んだ。


「友達になろうよ。赤いお目々、私とお揃いだね」


 ポピーは一瞬固まった。しまいには泣き出してしまったポピー。


「ごめん、私……」


 真白は慌ててポピーに駆け寄る。心配そうに覗き込む真白の顔は、もう全く怖がってなどなかった。


「ううん。嬉しい……」


 ポピーは真白の様子を見て、涙目で微笑んだ。彼女の声はかわいらしかった。彼女は涙を拭うと真白の手を握った。真白もにっこりと微笑んだ。りゅかはそれを優しい顔で見つめていた。

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