第5章 裏切り
第30話 茶屋での立ち話
武黒は顔をしかめながら、馬を走らせていた。大きな道とはいえ、周囲にはのどかな田園風景が広がっている。
──頭痛ぇ……。
だが彼は頭痛と吐き気と戦っていた。もちろん原因が馬を一晩中飛ばしたことによるものではないことは言うまでもない。まだ朝なのに、遠くで子ども達が歌を歌っている。その甲高い声がやけに武黒の頭に響いた。
──うぜぇ。
普段だったら気にしないこと、全てがうざったい。仮眠もとらずにここまできたのだ。イライラとだるさと眠気が混じって、泣く子も黙る究極のしかめっ面を武黒はしていた。
「なぁ、武黒。あの茶屋で休憩にしないか」
後ろからいつもよりもっと声が低い蘭丸が話しかける。彼もまた、吐き気やら頭痛やらと戦っているのだろう。確かに少し遠くに瓦葺き屋根の茶屋が見える。茶屋とは町外れの大きな道沿いにある旅人と馬の休憩場所のことだ。もうすぐ本日のお宿、宿場町と呼ばれる宿や飲食店がたくさんある旅人や城の従者のために整備された町が近いのかもしれないが、武黒もその前に休みたかった。
──元もこうも、出発まで酒飲ませるバカどものせいだ。
簡単に殴れる相手ではないことは知っている。更に言えば、元先輩と、我が主でもある。
だが、一発殴りたい。乱闘になろうと構わない。ただただ殴りたい。武黒は心のなかで悪態をつきながら、茶屋まで馬を走らせると、茶屋の少し手前で馬を停めて降りた。
後ろを見るとやはり物騒な顔をした蘭丸がいた。
──同じ事を考えてやがんな。
二人は顔を見合わせ、お互い思っていることは一緒だと悟った。
武黒と蘭丸は馬を紐で結ぶと、店の人から馬用の餌と水をもらった。そして、二人も茶屋の店先にある赤い布を敷いた椅子に座る。
「団子四本でいいのかい?」
店のおばちゃんは、はきはき話しかけてきた。いかにもおしゃべりが好きそうな感じだ。
「あぁ、頼む。」
蘭丸が言う。いつもなら年齢問わず女性相手に笑顔の蘭丸もさすがにテンションが低い。
──お茶がしみる……。
二日酔いの時に飲むお茶はなんて優しい味がするのだろうか。武黒と蘭丸はお団子を待つまでの間、終始無言でお茶をすすっていた。その時だった。中年の男が馬を止めると店の奥を覗きこんだ。
「おばちゃん、団子二つ!」
そう叫んでから、中年の男は蘭丸の隣に座った。普段の服装だったらこの男も隣に座ることはなかっただろう。武黒たちはいかにも旅人という感じで、わざと粗末な衣を着ていたからだ。それに加えて、二日酔いと徹夜のダブルパンチで城の
「団子お待たせ。あら、あんた。奥美の旦那じゃないの」
武黒達に団子を持ってきたおばちゃんが、中年の男を見て笑顔になる。武黒達は表情を変えることこそなかったが、二人の会話に聞き耳をたてることにした。
「いやぁ、
中年の男は人の良さそうな顔で苦笑いをしている。
「なんだい。早馬なんか飛ばさなくても術者様にお願いすれば、すぐ城に報告がいくだろうに」
おばちゃんはお盆を両手で持ったまま中年の男の前に立つと、二人は立ち話をはじめた。
「それが……術者様がやられちまってね。『真白様』をとめようとしてね……」
蘭丸が一瞬睨みそうになるのを、武黒がさりげなく脇を肘で小突く。蘭丸が武黒を見ると、わざと着けている眼帯とは逆の右目がだまっておけと伝えていた。蘭丸はともかく、武黒は顔を知られている可能性もあるのだ。目立つことはしたくないのだろう。
「まぁ」
おばちゃんは驚きのあまり、お盆で口許を隠しながら、中年の男を見つめていた。
「それに城下町なら食糧も薬も沢山あるだろって買い出し頼まれたんだよ。山で龍が暴れてるんじゃ、狩りどころか薬草も採ることが出来ないからね」
中年の男と店のおばちゃんの会話は気付けば世間話になっていった。
「ごちそうさま」
蘭丸がそう言うと、二人はお代を椅子の上に置いて立ち上がった。手早く馬を結んでいた紐を外すと、馬にまたがる。
「あんたら、北に行くのかい。気を付けなよ」
おばちゃんは椅子に置いてあったお金を受け取ると武黒達に声をかけた。蘭丸はぶっきらぼうに片手をあげた。
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