第27話 悪者にされた龍

「何? 奥美で龍が暴れてるだと!? 適当なこと抜かすな!」


 朝から叩き起こされて不機嫌な武黒は、報告をした近衛に怒鳴る。


──真白が大変な時に、龍とかふざけやがって。


 どうせ村人の勘違いだろう。だが廊下を歩く武黒の跡を、まだ言いたいことがあるのか追いかける近衛。


「真白様はどちらに!?」


 彼は震える声で叫んだ。武黒が立ち止まる。近衛を振り替えると武黒は彼を睨みながら詰め寄った。 

「おい、真白を疑ってんじゃねぇだろうな?」

「ひぃッ!」

 武黒は近衛の胸ぐらを掴んで壁に押し付ける。近衛の顔は恐怖に歪んでいた。


「何事です!」

 月佳姫の落ち着いた声が廊下に響く。彼女の後ろに立つ蘭丸もまた、いつもと表情を変えずに立っていた。だが、彼の右手は剣の柄に手をかけていた。


 

 §

 

「奥美の村で龍が襲撃…ですか……」


 月佳姫は畳んだままの扇子を顎にあてて、考え事をしていた。ここは月佳姫の居室。朝から勤務中でもない男二人を部屋に招くのはやぶさかではないが、ここしか密談できる場所がなかったのだ。武黒、蘭丸はあぐらをかき、何やら考え事をしている。


「真白ではない龍が襲撃したのかもしれません」


 月佳姫は冷静に告げる。二人は顔を上げて、月佳姫を見つめた。無理もない。この国や近隣国を含めても龍の存在は数えるほどしかいない。どの龍も雨乞いの神として丁重に扱われているゆえ、奇妙な行動に出ればすぐに帝に報告が行くはずだ。要するに神として祭り上げるから暴れるな。暴れたら帝にチクるぞということである。真白のように領土を失い、月佳姫の管理下とはいえ、野放しになっているほうが稀なのである。


「真白以外の龍でめぼしい者がいるのですか?」


 蘭丸は月佳姫に問う。月佳姫はうなづく。


「考えられるのは、昨晩私たちが狭間へ渡ったこと。私たちが入ることが出来たということは、出ることが出来た者がいたのでしょう」


 月佳姫は手持ち無沙汰な扇を開いて閉じた。蘭丸と武黒は険しい顔をした。二人とも、どうせ村人の勘違いだろうと鷹をくくっていたのだ。


「しかし真白不在な上に、龍が奥美を襲っているのでは困った状況ですね」


 月佳姫は思案する。これでは真白がご乱心して、城を抜け出し奥美を襲っていると思われても仕方ない。


「ただでさえ奥美は一度壊滅的状況に陥った土地です。領民の不信感を払拭せねば……」


 そう、奥美襲撃からまだ十年しか経ってないのだ。やっと村人が日常を取り戻しつつあった。そんな時に龍の襲撃では元領主の一家への不信感は募る一方であろう。ましてや奥美襲撃の中心地は屋敷だったのだから。


「武黒と蘭丸を向かわせるしかありませんね」


 月佳姫は二人を交互に見た。二人は月佳姫を凝視した。

「だが月佳。それでは城の警護が手薄になるだろ」

 武黒は制した。奥美には俺一人行かせてくれと続ける。


「武黒が失敗することなどあり得ませんが、万が一を考えると蘭丸も同行させた方がよいのです」 


 月佳姫の真剣なまなざしに、二人は息をのんだ。この仕事に失敗など存在しない。もし失敗といえるとすれば、それは死であろうか。


「武黒の失敗は城の大切な手駒を失うだけでなく、領民の信頼すら失うことに繋がります。そうなる位なら、城の二代巨頭を連れて全力であたったほうが、あたっている姿勢を見せるだけでも領民の信頼回復に繋がるのです」


 何事も初動が肝心だと、村人を安心させるために派手に動いた方がいいと続ける月佳姫。


「しかし、それではどうぞ城に攻めてくれと言っているようなものではありませんか」

 蘭丸も制する。月佳姫にとって優先すべきは奥美ではなく、月佳姫本人の命のはずだ。帝に一番近い姫をよく思わない奴などごまんといる。


「あなたは帝に認められた姫巫女なのですよ」


 蘭丸は続ける。本当は言いたくはない。奥美を見殺しにしたくはない。だが、ここで見捨てよと言えるのは奥美出身ではない蘭丸だけだ。しかし、月佳姫は余裕の表情で蘭丸をなだめる。


「ふふっ、だからですよ。私は姫巫女です。帝のお力をお借りしましょうか。それからあなたのお兄様も」


 月佳姫は楽しそうだ。しかし蘭丸の表情は違う意味で固まってしまった。


「兄上ですか……」

 今は故郷の領地を守っているが、元々は姫巫女の護衛だった兄。当然、月佳姫どころかこの城に長く居た者とは面識があり、本人も喜んで飛んで来るだろう。更に姉上まで来るかもしれない。


──それはそれで二次災害が起きてしまうのでは……。


 蘭丸は背中から変な汗が出ているのを感じた。なぜなら蘭丸の実家である東見あずまみの領地を守る一族は代々、血の気が多いことで有名。女好きでもあるせいか、美男美女ばかりの一族ではあるが、鬼龍きりゅうと呼ばれた兄、さらに戦大好きな別名阿修羅だの夜叉だの言われ放題の姉。


「東見ともあれば、領主不在でも心配ないでしょう」


 月佳姫は目をきらきら輝かせている。


──確かにそうだけども。


 蘭丸は苦笑いするしかなかった。領主不在の館に侵入する馬鹿がいたら、惨殺どころでは済まないかもしれない。日頃の鬱憤をはらさんとする家来によって蟻一匹たりとも生きては出られないだろう。


 きっとこの知らせを聞いた屋敷の者の反応はこうであろうか。


 寝ていても酒を口に注がれないなんてと天に感謝する人及び肝臓……三割、


 喜びのあまりお堀の池に飛び込む者……二割、


 なぜかその場に転がる者……一割、


 残り四割は屋敷の中で爆竹をあげるかもしれないし、主不在だからこそ風紀を取り締まろうとする老人連中も出てくるだろう。


 居るだけでメイワクな領主の威圧感から解放されたことによってぽっくり逝く人も一人や五人いてもおかしくない。


 とにかくこの城に地獄が、鬼が再来するのだ。城に残る者達に同情せざるをえなかった。

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