第24話 優しい魔術師

 夜、真白におやすみと告げてからりゅかは魔女の部屋でくつろいでいた。


 二人で楽しむ晩酌は、彼の祝二十年間存在した記念以来だろうか。魂だけとはいえ、決して変わることのない姿が悔しい。とはいえ、子どもっぽく振る舞えば油断してもらいやすいので便利ではあるが。


「ふぅ、あぶなかった」 


 りゅかは月佳姫たちにバラされたら困るよとため息をついた。しかし、魔女は余裕そうだ。面白そうな顔でりゅかを見つめる。


「あら、真白と仲良しなのね。そんなに仲良くしていたら辛くなるわよ?」


 魔女の指がテーブルにあるワイングラスの縁をなぞる。


「えぇ。でも奥美の巫女との契約が終わったから、後は僕の自由だ」


 りゅかはワイングラスの赤い液体を飲み干した。奥美の巫女とは真白達の母のことである。


──奥美の巫女との約束通り、十二年間真白を守ったよ。


 りゅかはあの日の事を思い出していた。ちょうど今の時期だ。屋敷の庭園に咲いた梅が満開だった。りゅかは十二歳という若さで死んだのだった。あの日、死んだ魂が奥美の巫女に呼ばれたときのことを今でも覚えている。


──お願いです。せめて少しだけでいいから、この子としての人生を歩ませてください。


 雪が降っていた。雪なのか梅の花びらなのか親子に舞い落ちる白い風の中で、子どもである自分に必死に頭を下げ、すがる巫女。巫女が抱いていたモノはもう全く動くことのない赤子。


──助けてもいいけど、その子どものからだで、その子と僕が二人で生きることになるよ。それでもいいの?


 それでも少しでいいから生きてほしいのですとすがった巫女の顔は泣いているのに、なぜか強い女性だと感じてしまったことも未だに覚えている。


──なら、僕が生きた十二年間はその子にからだをあげる。十二歳になったら……。


 あの会話がりゅかの頭の中でリフレインする。もうとっくに冷たい赤子が冷えないようにと自身の上着すら赤子に掛けて、さする巫女の顔が忘れられない。白い息を吐き寒さに震えながらも必死に我が子を抱いて泣いていた巫女の姿が目に焼き付いて離れないのだ。


「優しい顔してひどい男ね」

 魔女は物思いにふけるりゅかの代わりに空になったグラスに赤い液体を注いでやる。


「僕は優しくなんかないよ」

 そう言うとりゅかはグラスに口づけ、一口だけ飲む。グラスの中の液体はもう何杯も飲んだはずなのに苦かった。これは彼女のためではないのだとりゅかは自嘲した。真白が辛い思いをするのをわかっていて、それでも優しいふりをしてしまう自分を。最後に傷付けてしまうその時まで『優しい人』でありたいと願ってしまうエゴも。


「いえ、優しいわ。あの娘を傷付けてしまうくらいあなたは優しすぎる」


 魔女もそういうと、グラスに口づけた。

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