第22話 再会のために犠牲?

 文太は緊張した面持ちで月佳姫の部屋の前にいた。


 いきなり脱がされた挙げ句、女物を着せられたのだ。そして麻袋に入れられ、運ばれた先はなんと月佳姫の居室の前。


 もちろんその間、説明なんて一切なし。彼は訳のわからぬままここへ連れてこられたのだった。当然、普通の人なら理解が追い付かないだろう。しかし彼は真白の友達でもあり、この城の風紀に染まってしまっていた。


──そういえば、月佳姫は子ども好きと真白様から聞いてたな。


 文太は期待と不安の入り交じった目で襖をみた。


 そう、月佳姫は子どもが好きなのだ。変な意味はないのだが、いかんせん、姫巫女という堅い立場。公の場では姫巫女として振る舞わなければならない。その反動からなのか、仕事終わりに部屋に招いて子どもを可愛がるらしい。


 だが、その可愛がり方に問題があるというのも真白から聞いていた。


──一晩中、頭をもふもふされて、頬をぷにぷにされた挙げ句、わしゃわしゃされるなんて。


 以前、文太が朝すれ違った時に見たのは、げっそりした顔をした真白だった。聞けば上記のようなことを月佳姫からされたらしい。あの真白様と名高い巫女が言語になっていない発言をするほどだ。よっぽどのことがあったに違いない。


 主な被害者である真白とか真白とか、というより真白しかいないのだが、当の被害者からすればたまったものではないらしく、真白は口から半分魂が抜けた状態であった。たまに兄上が真白を回収に来てくれて難を逃れると言っていたが。


──俺からしたら羨ましいけど。


 しかし、真白には失礼だが月佳姫はかなりの美人だ。


──彼女に一晩中可愛がってもらえるなんて。


 少年の中でどんどん妄想は膨らんでいく。こうなったら、どんなことでも大歓迎。よし許せる。文太は男ゆえに単純だった。


「どうぞ」

 月佳姫の凛々しい声が聞こえた。生唾を飲む文太。

「失礼します」

 彼はそう言うと襖を開けた。そこに立っていた月佳姫と目が合う。


「あらっ、彼なら適任ですね」

 月佳姫はにっこりしながら文太を見つめた。

「苦労したかいがあったぜ」

 武黒は満足そうだ。

「ご武運お祈りいたします」

 蘭丸は立ったままではあるが頭を下げた。


──なんか、おかしい。

 文太は首をかしげた。


──あれ、月佳姫との一夜…。

 文太は一人勝手に落ち込んだ。どうやら少年の夢は打ち砕かれたようだ。しかし、文太が凹んでいる間も三人は話を進めていく。


「だが、予定通り俺のふりできるのか?」

 武黒は蘭丸を見た。蘭丸は待ってましたと言わんばかりに咳払いをする。

「俺に任せやがれ。こんな所まで来るとはな。せいぜい切り刻みがいがねぇと困るぜ」

 武黒の声で痛々しい発言をする蘭丸。

「まぁ、そっくり!」

 蘭丸から出てくる声は武黒そのものだった。月佳姫は思わず喜ぶ。


「俺、そんな調子のってる小僧みたいなこと言わねぇよ」

 しかし、武黒はぼそりと呟いた。いや、言ってる気がしてきた。俺って痛々しいのか。武黒も落ち込んだ。


 この後、落ち込んだ者同士、否、主に振り回されている者同士、文太と武黒の二人が少し仲良くなったのは、また別の話である。


 §


 星見の宮にて。

「ええぇぇっ」

 文太は思わず声をあげた。蘭丸から事情をやっと聞けたのだ。


 月佳姫の影武者として、この星見の宮で星読みを行うこと。


 それが彼に与えられた任務だった。おそるおそる姫巫女の定位置に足を崩した状態で座り、星を観ようと顔をあげた。かつらがズレてしまったので、慌てて文太はかつらを元の位置に戻す。


 その背後には同じく定位置にあぐらをかく蘭丸。


──真白様のためだ。

 ここまで振り回されても尚、友達を心配する文太。


「俺があなたを必ずお守りします」


 健気な文太に思わず声を掛ける蘭丸。しかし、違和感のないように月佳姫に話している口調である。だが、振り向いた文太はまっすぐ見つめる美青年に頬を赤らめてしまった。蘭丸が咳払いをしたので、我に帰った文太は再び、正面を向くと筆を手に取った。記録用の巻物と夜空を視線が行ったり来たりした。


 §

 

 その頃、武黒は月佳姫の術によって奥美にいた。


「しっかし、魂だけってのは軽いな」


 武黒はこれは楽だぜと月佳姫に声をかける。


「武黒、自分の体をイメージしてください。でないと魂だけでは姿を保てなくなります」


 月佳姫は武黒に警告した。訓練どころか、魂と体と精神という基本概念すら希薄な武黒は足が消えかけていたのだ。だが、月佳姫に言われて思い出したようで、武黒は地面を歩きだした。


「庭園なのか屋敷なのか相変わらず分かりにくいな」


 今はもう、片付けられることなく残った黒い廃材の山を見つめた。かつて武黒達が生まれた生家は、今は見るも無惨な焦げた木材の塊だ。


「ここです」


 月佳姫は一本の木を指差した。それはこの屋敷でも古株の大きな桜の木。


 月佳姫がまだ咲かぬ桜の木の前に立つと、目を閉じて木に触れた。すると淡い光が桜の木から射すように洩れてくる。やがてそれはどんどん大きくなり、白い光の塊が桜の木の前に現れた。


「この中へ飛び込みましょう」


 月佳姫はそう言うと先に飛び込む。武黒も光へ飛び込んだ。

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