第21話 僕、襲われた

 夜、文太は寝静まった廊下を歩いていた。術者の宿舎と違い、近衛の宿舎は汗臭い。同じ造りをしているはずなのに、どこか雰囲気が違う。

──蘭丸様がどうして僕なんか……?

 

 §


 それは昼過ぎのこと。文太が術者としての講義を終え、城内の学舎を出た時だった。文太はお昼を食べるため食堂に向かおうとしていた。


「ちょっといいかな」

 聞き慣れない男性の声。文太は声のしたほうを振り向いた。そこに立っていたのはスラリと長身の美青年。


「蘭丸様!」

 文太は驚いて大きな声で彼の名を呼んだ。蘭丸は勤務中なのか藍色の袴に鎧を身に纏い、腰には刀を差していた。

 

 §

 

 蘭丸と文太は人通りの少ない所へ行き、木の下に座った。お昼を一緒に食べることにしたのだ。彼はなんと、おにぎりを文太の分まで持参していた。


「実はお願いがあってね」


 蘭丸は緊張した顔をしている文太を見て、早速切り出すことにした。

「なんでしょう」

 蘭丸の改まった表情を観て、文太は姿勢を正した。真面目そうな少年だと蘭丸は内心微笑む。


「俺の恋路を占ってほしいんだ」


 蘭丸は切なそうな顔をした。まるで誰かを想っているような顔である。もちろん嘘、演技だ。


「こっここ恋路ですか?」


 しかし心優しい少年、文太は真面目に信じてしまう。


「あぁ、さすがに誰にも言えなくてね」


 蘭丸は苦笑した。もちろん、文太の騙されやすさにである。だが純粋な文太はあぁと勝手に納得してしまった。確かに蘭丸ほどの美青年なら巫女や術者に相談するだけで噂が流れるかもしれないと。蘭丸はあと一押しで落とせると心の中でニヤリとした。


「君にしか相談できないんだ」


 真剣な眼差しで見つめる蘭丸に文太はうなづいてしまった。確かに文太にしか頼めないので、ある意味では蘭丸は真剣に演技したのだった。

 

 §

 

 夜も深くなった頃、蘭丸の部屋に武黒もいた。


「んで、なんでお前が月佳姫の衣着てんだよ」

 武黒は横にいる女装した同僚、 蘭丸に声をかけた。

「なかなか着る機会がないではないか」

 蘭丸はこの衣が気に入ったらしい。


「これは文太に着せるやつだろうが。お前が着てどうすんだよ!」


 だが、武黒は小声で蘭丸に突っ込むと蘭丸の衣を剥ぎ取ろうと彼の前で結んでいる帯を引っ張った。


「「あっ」」


 簡単にとれてしまった帯、はらりとめくれる衣からのぞく鍛えぬかれた胸筋。蘭丸は驚いて武黒を見つめた。


「すまない」


 こんなに簡単に脱げるとは思わなかったと武黒は蘭丸の視線が気まずくてうつむく。当たり前だが、蘭丸も女性用の着物を着たことなどなく、見よう見まねで帯を結んだのだ。しかし、女性用の帯の結びかたは思ったより難しかった。その時だった。


「失礼します。文太です」


 文太の声が襖越しに聞こえた。なんとタイミングの悪いと武黒は舌打ちした。


「どうぞ」


 しかし、そんなことは蘭丸は気にしない。いや、この状況が面白いと思ったのだろう。


「おい!」


 入室を促す蘭丸を武黒は突っ込んだ。しかし、文太は襖を開けてしまった。律儀に廊下に正座していた文太は、二人を見て目を見開いた。


──恋路ってそういうこと!?


 文太の目に入ったのは、武黒に脱がされかけている蘭丸の姿だった。しかも蘭丸は女性用の着物を着ている。

「失礼しました」

 文太は慌てて立ち上がろうとする。しかしそれを武黒と蘭丸が部屋に引きずりこんだ。無情にも蘭丸によって閉まる襖。


「お許しください。決して口外いたしません」


 文太は土下座して震えていた。二人とも腰には刀を差している。それになんか身の危険を感じる。彼の術者としての第六感はある意味、間違ってなかった。


「安心しろ。この衣はお前に用意したんだ」


 武黒はなだめるように優しく言った。つい癖で妹にやるように頭を撫でてしまった武黒。だがその行為が文太に誤解を与えたようで。


「そっそれだけは……」


 文太は尚も逃げようと這いつくばって襖に近づく。あと、もう少し。しかし前方に突きだされた光る刃。文太は生まれて初めて向けられた剣に固まる。


「君を怪我させたくないからさ、大人しくしててくれるかな」


 そこに立っていたのはにこりと微笑み、剣先を向ける蘭丸。

「んぐ」

 文太は念のため、武黒の左手で口を塞がれてしまった。武黒に抱き抱えられる体勢になった

文太は涙目だ。


「大人しくしてれば、すぐに済むからよ」


 最高の悪人ずらをする武黒。

──俺が何したって言うんだよおぉ。

 文太は心の中で盛大に叫んだ。無論、彼はなんもしていない。何の罪もない。


 

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