第18話 何もしないなんて嫌

 書庫の机で左から武黒、月佳姫、蘭丸の順に座っていた。山のように積み上げた文献を片っ端からあさる三人。


 気付けば日が傾きはじめているせいか、書庫に三人の影が伸びている。カラスがおちょくるように鳴く声にとうとう集中力が切れた男が一人。

「あぁもうなんでねぇんだよ!」

 武黒は頭を盛大にかきむしりながら唸った。

「書庫ではお静かに、武黒」

 武黒の様子を横目に見て、にこにこしながら注意する月佳姫。もう誰もいないと思うがここは書庫である。


「まぁ龍自体が珍しい存在だからねぇ」


 蘭丸も武黒に慰めの言葉を言ってやる。この国では雨乞いの神と崇められる存在。神様が沢山生まれるはずないだろと。


「神様なら自力で帰ってきやがれ!」


 思いっきり悪態をつく武黒。蘭丸は苦笑いしながら本に目を戻した。これ以上何も言わず、そっとしておくのが得策だと長い付き合いでわかってるからだ。


「それです」


 しかし月佳姫が何やらひらめいたようだ。両隣にいた武黒と蘭丸が一斉に視線を彼女に向ける。彼女は考えるときの癖で宙を見つめながら続けた。


「真白を連れてこれなくても、真白と話せばよいのです」


 月佳姫の目は確信に満ちていた。ほほうと面白がる蘭丸。武黒はどうやってだと促す。


「世界と世界を結ぶ境界に近い場所に行けばよいのです。この世界にも、他の世界との境界が曖昧な場所がいくつか存在します。そこなら真白と話せるかもしれません」


 この世界以外にも沢山の世界がある。時々、他の世界との境が曖昧な場所があるというのは巫女や術者の間では知られていた。そこに行けば魂だけでも武黒と一緒に真白のいる狭間に渡れるのではないか。真白に会えば、何か手がかりが見つかるかもしれない。


「かもですか」


 蘭丸は顎に手をあて、何やら考えているようだ。


「他に方法がないんなら、やるしかねぇだろ」


 しかし武黒は蘭丸の反応を無視して言った。腹を決めたようだ。月佳姫を見つめる。


「どんな結果になっても、俺は月佳を責めることはできねぇ。だけどな、何もしねぇで真白の身に何かあったら耐えられねぇんだよ」


 月佳姫は武黒を見て強くうなづく。置いてきぼりをくらった慎重派蘭丸。しかし、彼の幼馴染たちの様子を見つめる目は優しかった。


「私も同じです。今のところ奥美を襲った者が現れたのも、龍の牙が見つかったのも屋敷の庭園跡地でした。庭が世界の狭間に近い場所なのかもしれません」


 月佳姫は自分の考えを述べた。奥美の生き残りである武黒のかつての証言、そしてりゅかが呼び出した場所、真白が龍の牙を見つけた場所。


──それに奥美の巫女様がりゅか様と契約を結んだ場所。


 全て屋敷の庭園である。月佳姫は宙を睨んだ。


──りゅか様の狙いは何?


 やはり、真白のからだを乗っ取るつもりなのか。奥美の巫女が魔術師であるりゅか様と契約してから、わずか二年後に魔術師達によって襲撃された奥美の地。


──それに奥美の巫女の遺書、差し出した対価……。


 本当に十二年後に真白はりゅかと共に消えてしまった。それに拍車をかけるようにりゅかに頼まれた代物である龍の牙から聞こえた禍々しい気配。やはり、りゅか様は魔術師達と無関係ではなさそうだ。なら何故、彼は龍の牙を渡さないと叫んだのだろう。


──敵なのか味方なのか……。どちらにしても契約の時が迫ってる今、急がないと。


 しかし月佳姫は武黒に全てを話す気になれなかった。武黒達の母上と魔術師の間に交わされた契約が真白を傷つけてしまうことを。余計な情報で武黒を追い詰めたくない。それに何より彼女達の真意が、どうしてそんな契約をしたのか、武黒達の母上をよく知っている月佳姫だからこそ理解しかねたからだ。

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