第19話 ごめん、そばにいたい
その頃、真白はりゅかに屋敷を案内されていた。赤い絨毯が敷き詰められた床、石造りの壁、天井から垂れ下がる豪華なシャンデリアに灯るのは小さな明かりではあったけど、水晶の結晶で出来た装飾が散りばめられていることによってキラキラと輝いていた。
──見たこともない物ばかり。
りゅかの言う極東の島国で生まれ育った真白にとって、どれも新鮮で思わずきょろきょろしてしまう。それをりゅかは急かすことなく、ゆっくりと歩いて案内してくれた。
──本当に違う世界に来ちゃったんだなぁ。
正確には世界と世界の狭間だとりゅかから説明されていた。しかし、この屋敷はりゅかが生まれた世界と同じ造りだという。
──未だにドアは慣れないなぁ。
襖に慣れ親しんだ真白にとって、門のように押して開けるドアに慣れずによく間違えてしまう。
──それから靴履いて屋敷を歩くなんて。
真白はベッドから出ると靴を履かされたのだ。バレエシューズと呼ばれるぺたんこの靴は、真白の足を包むように馴染んでいる。しかし足首までリボンで巻かれているので、脱いだり履いたりが大変だし、屋敷を歩く際はその必要もないという。
──油絵だっけ?たくさんあるなぁ。
壁に飾られた油絵は水墨画や陶磁器に描かれた絵しか見たことのない真白にとって、カラフルで、背景を切り取ったような絵がリアルに感じた。ふと窓を見ると先ほどの谷が見えた。どうやらここは谷の上にたてられた屋敷のようだ。草木一本ない灰色の平原、灰色の空とこの屋敷のあちこちに飾られた油絵の中の美しい景色は対照的だった。
「いらっしゃい、真白」
女性から声をかけられた。落ち着いた色っぽい声に真白は振り向く。
「助けてくださり、ありがとうございました」
真白は頭を下げた。
──キレイな女性だな。
そこに立っていたのは艶のある黒髪と深い黒の瞳が印象的な女性。深紅のドレスを身に纏った女性は月佳姫とはまた違った美しさがあった。
「私は何もしてないわ。屋敷に招いただけ」
真白が顔をあげると女性が微笑む。女性の顔があまりにも色っぽくて真白は同性にも関わらず顔を赤らめてしまった。
「私はサリエル、みんな魔女って呼んでるから魔女でいいわ」
「魔女さん……」
真白は魔女さんと呟く。
「はい、何かしら?」
魔女は呼ばれたので返事をした。いえ、何でもないですと真白は言う。
「ふふっ、大丈夫よ」
魔女はかわいいと笑った。龍だとは聞いていたが、まだあどけない子どもだ。
「歓迎するわ。帰るべき時がくるまでゆっくりしていなさい」
そう魔女は言うと、真白とすれ違うように反対方向に歩いていった。
──帰る世界がどこになるかはわからないけど。
§
部屋に戻ると、真白とりゅかはベッドに腰かけた。
「帰るべき時っていつなのかな?」
真白はりゅかに聞く。
「う~ん、まだでないことは確かだよ」
真白が悲しそうな顔をした。
「帰りたい? 僕とずっと一緒じゃダメ?」
りゅかが真白の顔を見つめながら聞く。真白はなんと答えていいかわからず、黙ってしまった。それを見てりゅかは微笑む。
「僕たちがいるこの世界の狭間とよばれる場所と別の世界を繋ぐ方法が見つかれば帰れるよ。方法を見つけるには魔術の本を調べないといけないけどね」
りゅかは魔術は僕に任せてと続けた。彼の言葉を真剣にうなづきながら聞く真白。
「魔女さんがね、この屋敷の書庫に手がかりがあるって言ってたんだ。だからそれを使って帰ろう」
りゅかがそう言うと、真白の顔が明るくなった。嘘はついていないけれど、りゅかの中でどこかがチクリと痛んだ気がした。
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