第11話 迫る危険

 その頃、武黒と月佳姫は謁見の間にて先ほどまで真白が座っていたであろう場所を見つめていた。


 月佳姫は龍の牙を拾い上げると、しげしげとそれを見つめた。その様子を刀を鞘に納めた武黒も隣で見守る。何事もなかったかのような静かな謁見の間、二人以外誰もいない。なんの気配もしない。だが月佳姫ははっとした。


「これはやはり……りゅか様の術……」


 月佳姫が牙から感じ取ったモノ、それはわずかに残るりゅか様の力の気配。険しい顔で牙を見つめた。

「真白が危ない……」

 月佳姫の呟きに、武黒は目を見開いた。

「どういうことだ。りゅかって真白の師匠なんだろ?」

 武黒は珍しく動揺する月佳姫に問い詰めてしまう。やはりということは何か知っているということ。何より真白が危ないとはどういうことなのか。


「えぇ、りゅか様は確かに真白の師匠です。ですが、どうやら今回のことを仕組んだのはりゅか様のようです」


 月佳姫は感情なく告げた。武黒が息をのむ。なぜと聞く武黒に月佳姫は首を振ってわからないと伝えた。

「ただ、今回龍の牙をとって来るよう伝えたのはりゅか様なのです。そして、真白を連れ去ったのもりゅか様……」

 

 §

 

 これは数ヵ月前のこと。夜いつものように眠りについた月佳姫は、気付けば奥美の庭園跡地にいた。空に上る三日月、焼け跡として残っている屋敷の残骸と僅かに難を逃れた木々にうっすらと積もる雪。


──ここは本当に奥美の地。

 月佳姫は、これがただの夢ではないことに気付いた。ふいに風が吹いて雪を散らしていく。白く舞う雪たち。なのに月佳姫は寒さを感じなかった。彼女はそれを不思議だとは思わない。


「月佳姫、呼び出してしまってごめんね」


 後ろから聞こえるのはよく見知った声。おそらく彼が私を呼び出したのだろう。寒さを感じないのは体から魂だけを奥美の地に招いたから。


「やはり、りゅか様でしたか」


 月佳姫は振り向くとりゅかに対して微笑んだ。狩衣姿で奥美の地に立つりゅかは真白と思わず間違えてしまうほど似ている。違うのは声と目の色だけ。


「うん。お願いがあるんだ」

 りゅかが微笑むと、優しい青い目が細められた。月佳姫は、自分の前で箱を開封することを条件にりゅかの頼みを断らなかった。


§

 

「それなら師匠はこの龍の牙に術をかけていたのか?」

 武黒は腕を組んだ。時々りゅかとかいう真白の師匠がいる気配を感じるが、なにぶん術を扱えない武黒には視えない存在。真白の様子からして良い師匠だと思っていたが。


「いいえ、この箱の中身は彼も知らないようでした」

 さりげなく探りを入れた月佳姫ではあるが、彼が箱の中身を知っている様子はなかった。それに箱には術がかけられていたとはいえ、箱自体が危険な感じはしない。でも確かに牙に残るりゅかの力の気配。


「でもこの箱の中身が真白を連れ去るのに必要だとはわかっていたのでしょう」


 りゅかはこの箱の中身が何かは知らなかったのだろう。でも、おそらくこれが真白を連れ去る法具手助けとなることはわかっていたのだろう。


「真白はどこに?」

 武黒は冷静を努めて聞く。だが、腕を組んだ右手で左腕を苛立たしげにたたいている。彼がイライラしているときについ出るくせ。彼にとってたった一人の家族なのだ。心配なのだろう。

「この世界とは別の世界、異世界とでもいいましょうか。真白は異世界の狭間にいます。あの世ともこの世ともつかないあらゆる世界の狭間に……」

 月佳姫の言葉に武黒は眉を潜めた。

「前に言っていた世界は他にもあるって話か」


 巫女は魂や自然のことわりといった一般人には視えないモノ、感じないモノを扱う職業である。それに違う世界へ渡ることもあると武黒も聞いている。実際に違う世界の存在は、この国ではあらゆる伝承によって語り継がれてもいて、子どもが神隠しにあったりもしている。だが、それでも武黒には視えない力やら次元、世界などぴんとこない節があった。


「えぇ、そうです。世界はひとつだけではありません。この世とあの世以外にもいくつもの世界があるのです」


 月佳姫は武黒がついてこれているのを確認してから続けた。

──やっぱり、こいつらといるとお伽噺とぎばなしみたいだぜ。

 幼馴染の巫女がいて龍の妹が生まれ、幽霊の師匠が現れた。武黒の日常は常に不思議な力と隣り合わせなのだ。さらに本当に実在した伝説の龍の牙に、違う世界へ消えた妹。


 伝承や民話に興味のない武黒ではあるが、真白が生まれてからは視えることだけが全てではないことを身を持って学んでしまった。


「俺にはよくわからん巫女の力が支配する世界だ。俺の理解にも及ばない不思議なことは一杯あるんだろ。んで今度は何だ?」


 今さら何を言われても驚かないと武黒は鷹をくくっていた。しかし、月佳姫からまた新たなワードがでてくる。

「目的はわかりませんが、真白はあらゆる世界の狭間に住むという巫女、いえ魔女のところにいることは確かです」

 はっきりと月佳姫は告げた。魔女のところにいると。

「魔女って遠い西の諸国の巫女達のことか?」

 武黒は聞き返した。えぇとうなづく月佳姫。なぜいきなり、西の諸国の巫女が出てきたのだ。俺たちとは関わりのない存在のはずだ。


──いや、待てよ。

 武黒は妹や幼馴染、今は亡き母親も巫女だからか妙に鋭いところがある。武黒はその一瞬の直感を思考に転化させていく。もし、関わっているとしたらいつだろうか?母をはじめ、巫女がいた屋敷で容易に術を仕掛けたタイミングはいつだろうか?

──奴が本当に中身まで知らなかったとしたら?

 りゅかが中身を知らなかったのなら、りゅかは術をかけた本人ではない。そうなると機会は一度だけだ。他に不審な者が現れたのはあの夜だけ。


「もしかして、奥美を襲撃した奴の正体は西の諸国が関係しているのか?」


 武黒は考え込んだ。今まで全く手がかりのなかった謎の軍勢。異様な服を身に纏い不思議な力を放ち、屋敷の者を次々と殺していった奴ら。そして龍の牙から感じた奴らと同じ気配。確かに聞こえた奴らの声。月佳姫の目が見開かれた。唇をかみ、言葉を選ぶ彼女。やがて口から出てきた言葉は真っ先に謝罪の言葉だった。

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