第8話 空からの襲撃

──どうしたらいい?


 真白も気付いてしまった。しかしりゅかにあわせて気づいてないふりをすることにした。確かに上空から見られている感じがする。鋭い殺気のこもった目で。


──このまま逃げよう。気づいてないふりを続けるんだ。


 おそらく、気付いたことがバレれば攻撃をしかけてくるだろう。


 二人は体制を立て直すことにした。ふいをつけば、こちらが相手からの攻撃を受けずに逃げられるかもしれない。


「あっそうそう。僕あの世行ったことないから、どんな世界なのかわかんないや」


 りゅかは思い出したようにつぶやく。多分、真白が知っているなかで、あの世に一番近いであろう師匠もあの世事情は気になるらしい。


「えっ幽霊なのに、あの世行ったことないの?」


 真白は左手でりゅかの手を握り、会話を続けながら右手を懐にそっと忍ばせた。


「あの世へ行っちゃったら帰ってこれないでしょう?僕、幽霊だからまだ行ったことないよぉ」 


 りゅかもそう言いながら、左手でそっと術式を宙に描いていく。


「でも、もう行っちゃおうかなぁ」


 りゅかがそう言うと真白と目があった。


──真白、準備はできた?

──うん。りゅかが先攻?準備万端そうだけど。

 りゅかは後ろにいる敵に気付いた段階でとっくに算段を立てていたようだ。りゅかはえへへと笑うのと同時に、合図と言わんばかりに強く手を握り返した。


「やっぱり、お先にどうぞ。僕はまだこの世に未練たらたらだし」


 二人は同時に振り向いた。先に真白がクナイを三本空に放った。敵がまさかの先制攻撃に怯んだすきに、りゅかは空に術式を放つ。やはり見たことのない言葉の羅列が踊るように空を駆けていく。


「ぎゃああああああ」

 敵の甲高い悲鳴が空から響く。

──龍?


 真白は敵の正体を見て驚いた。先ほどから殺気を放っていた敵の正体、上空にいた者の正体は黒い龍だったからだ。とはいっても真白のような蛇を思わせる姿ではなく、大きなトカゲのような姿である。羽根も黒くまるでカラスを連想させる大きな翼だ。


 その右翼にクナイが三本とも刺さっているため、羽根をかばうようにやや右側に体を傾けて飛んでいる。

「おのれ、喰ってやる」

 ヒステリックに叫ぶ女の声が龍からした。


──許せない……許せない。


 女の想いが真白たちの頭のなかに直接流れ込んでくる。睨む赤い目からは憎しみしか伝わらない。黒い龍の周りを、りゅかが放った文字の羅列がらせんを描くように囲む。苦しそうにもがきながら、おのれと女性の声で恨み言を言っている。やはり龍の化身なのか。ならば。


──龍の姿に戻らない方がいい。


 りゅかは龍になろうとする真白をとめると、更に文字の羅列を放った。文字の羅列が龍の体を輪のように囲むと、龍は文字から放出される電撃を受け続け悲鳴を上げ続ける。


──容赦ない……。


 敵が自分と同じ龍なせいだろうか。真白はつい同情してしまった。まだ悲鳴をあげながら、もがいている龍を見て真白はたじろいだ。


──大丈夫、殺す気はないから。とにかく逃げよう。


 りゅかはにこっと微笑みながらそう言うと真白の手を引いて走り出した。いつもと変わらないりゅか。りゅかの背中を真白は走りながら見つめた。


──りゅか、こわい。


 真白はりゅかを初めて恐ろしいと思った。実は、りゅかが戦ったのを見たのは初めてなのだ。


 こんなに強くて、情け容赦がない攻撃をしているのがこの少年、いつもにこにこしている優しそうな雰囲気の子どもだとは誰が想像できるだろうか。そう思いながらもりゅかに引っ張られる形で走っている真白。まだまだ谷を抜けられそうにもない。


 とてもとてもだだっ広い谷の間に広がる草木一本も生えていない荒野を二人は走る。


──一体どこまで続くんだろう?


 耳に残るのは、女性の甲高い声で悲鳴を上げる龍。真白は震え、涙目になりながら腕を引かれている。その時だった。


「女の子をドラゴンの棲む谷に連れていくなんて、ひどいデートコースね。俺の実力見せてやるって?それとも新種のデートDV?」


 前方から女性の声がした。なんでもハラスメントとかDVとかよく思い付くわよねと空気を全く読まずに話しかけてくる。しかし、真白が前方を見るも何もない。長い谷間が広がるだけ。だが、りゅかは知り合いなのだろう。無視せずに返事する。


「何それ? ドラゴンにヴァイオレンスするの略?てか遅いよ。もうあのドラゴン気絶しちゃってるし」


 それどころか悪態をつく。りゅかは癖で頬を膨らませている。


──確かにもう声がしない。


 しかし真白もそんな二人の妙に落ち着いたやりとりに冷静になってしまう。りゅかとこの女性との会話に流れる空気は拍子抜けするほど切迫感が感じられないからだろう。真白は振り向く気にはなれなかったが、気付けば龍の叫び声がしないことに安堵した。


「あら、最近の若者はドラコンと乱闘デートが流行ってるのかしら。それよりおうちデートはいかが? ベッドで大乱闘できるわよ」


 女性は低くて落ち着いた声でふふと笑う。


「僕、魔女と乱闘したいからそっち行くね」


 真白の前で変なこと言うな魔女! とりゅかは心の中で叫んだ。


「楽しみにしてるわ、お入りなさいな」


 女性がそう言うと、前方に白い結界のような光の輪が見えた。りゅかと真白は白い光に飛び込んだ。

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