第2章 異世界との狭間で

第7話 ここはどこ?

 真白は誰かに揺すられて目を覚ました。冷たい土の地面、見上げれば曇りなのか白く高い雲に覆われた空。そこによく見慣れた少年の顔がのぞきこんできた。

「りゅか……?」

 りゅかは微笑む。真白は上半身を起こした。


「ここはどこ?」


 地面は見慣れぬ灰色の土、深くて広い谷間に落ちてしまったのだろうか。右を向けば土と同じ灰色の岩肌が迫り、左を向けば遠くに同じく灰色の岩肌が見える。


「どうやら、ここは別の世界みたいだね」


 真白の背中についた土を払いながらりゅかが口を開く。だが何か変だ。なぜこんな場所にいるのかもわからないし、いつもの日常とは違う些細な違和感。


「とりあえず、この谷を抜けよう」


 りゅかはそう言うと、立ち上がり手を差しのべてきた。真白は差し出された手を握ると、りゅかもしっかり握ってくれて真白も立ち上がる。


──りゅかの手って暖かいんだ。


 はじめて知ったりゅかの手の体温、柔らかさ。今まで知らなかった。真白ははっとした。立ち止まってしまった真白にりゅかは振り向き首をかしげた。どうしたの?と言わんばかりに真白を見つめるりゅか。真白はりゅかを見つめた。


「ねぇ……私死んだの?」


 別の世界とはどういうことだろうか。もしかしてあの世だろうか。なぜなら、りゅかは幽霊、魂だけの存在なのだ。その彼とはじめて触れあえた。魂と触れあえるのは魂だけ、体と触れあえるのは体だけのはずだ。りゅかはうつむいてしまった。長い前髪のせいかりゅかからは表情が読み取れない。 


「生きてるよ、大丈夫。後で説明するね」


 りゅかはそう言うと突然真白を抱き締めた。

──えっ??

 真白は驚きのあまり、されるがままになってしまう。りゅかの方がまだ若干背が高いが成長した真白もりゅかとほぼ変わらない外見になってしまった。大丈夫だよと頭を撫でてくれるりゅか。

──久しぶりに抱き締められた。子どもの頃もよくしてくれたなぁ。

 真白は温もりに目を閉じた。はじめて感じるりゅかの体温なのに懐かしいのは魂だけではあるが、りゅかがよく抱き締めてくれたからだろうか。だが真白もりゅかの背に手を回すと、確かに女性とは違う筋肉質な背中があって、異性なのだと認識してしまう。


 本物の兄のように思っていたりゅかと気付けば瓜二つの双子のような見た目なのに、どうしてだろうか。りゅかが大人に見えてしまう。


「落ち着いた?」


 りゅかがいつもより低い声で耳元でささやくと、真白は思わずうんとうなづいた。


──りゅかってやっぱり異性なんだ……。


 りゅかは返事を聞くと真白から離れた。なぜかりゅかの肩がプルプル震えている。


「ここにずっと居ても仕方ないし、下手すれば飢え死んで……本当にあの世行きになるから……もうダメ真白!」


 りゅかはとうとう笑いだしてしまった。目の前で突然笑い転げるりゅかに真白は数秒、理解が追い付かなかった。


「笑っちゃいけないけどさ。真白が真剣なんだもん」


 どうやらうつむいたり、突然抱きついた理由は笑いをこらえるためだったらしい。確かに草一本生えてないし、水もないひどく乾燥した場所に二人は立っているのだが、真白の頭の中はそんな危機的状況より目の前で笑い転げているりゅかを睨むことで精一杯だ。


──私の初めてが……。


 異性に抱きしめられるのは初めてなのに、しかも耳元でささやかれたのだ。いつもと違う低い声。 


──ときめいてしまったではないか!


 恥ずかしい。真白の顔は火が吹きそうなくらい真っ赤だ。真白は必死に睨むもこれでは恐くもなんともない。


 だが真白は初めての異性をりゅかだと思っているが、兄である武黒も一応異性である。全く頭に思い浮かばれなかった彼が実は一番かわいそうかもしれない。しかし二人はそれどころではない。


「だって、だって。そんな簡単に死ぬわけないじゃん」


 りゅかは腹を抱えて、涙目でまだ笑っている。だが現役の幽霊、つまり一回死んじゃった人に言われると重みが違う。

「そっか、そうだよね」

 経験者に言われると、つい納得してしまう。どんどん顔の温度が下がっていく。真白は妙に冷静になってしまった。

「ちょっと、フォローしてよ!あぁって顔しないでよ」

 だがりゅかは突っ込む。

「いや、経験者はやっぱ違うなと」

 真白はもはや感慨深いとすら思ってしまう。

「いや、そうじゃなくて! 経験者は語るとか語ってるつもりないから」

 りゅかは生きてても思ったよと断言する。


「とにかく! この谷を抜けなきゃ。」


 りゅかは真白の手を引っ張って歩きだした。一見、いつもと変わらないように見えるりゅか。


──噂をすれば来たか。


 だが、りゅかは真白の頭の中に直接囁く。二人は互いにテレパシーのように会話ができる。幽霊であるりゅかと声に出して会話するのはあやしいので、誰かいるときはこうやって二人はいつも心の中で会話している。だがこの谷には誰もいない。そう谷には。りゅかは表情とは裏腹に何かを警戒しているようだ。

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