第597話 あたしにできること

急坂の尾根から続く峰へと一気に駆け上がり、銀色の雌オオカミは荒く息を切らせていた。

遠雷が送り出した雨雲が、大粒の雨を降らせはじめている。


見通しのきく場所に出たところで、そこからどこに向かったものか、

いつもであれば考えるまでもなく体が動き出すというのに、野性からの指針をにわかに喪失したかのように、

雌オオカミはだく足で、その場に円を描いて回りはじめた。


”えぇい、”


アマリリスはオオカミの毛皮を跳ね上げて起き上がった。

とはいえ、できることは同じく、ウロウロ歩き回ることだけ。


どうする、どこに逃げる??

・・・臨海実験所?っていやいや、そっからも逃げて来たんでしょうが。

この際、ひと足先にワタリに出発しちゃう?えぇ、あたし独りで??


ああもう、あたしも先に決めておけよ。

こんなだから、さっきから無闇に走り回るだけで、これじゃ同じところをぐるぐるしているのと変わらない。


#ヤバい。ヤバいヤバいょ


頭の中でしきりに囁き立てる声に、断固として耳を傾けまいとする。


#もうダメだ、ホンモノの魔族が来ちゃったょ


「ぁあ゛っ!」


やかましい、とばかりに声を荒げて振り払う。


結局、待つことしかできない。

アマロックが迎えに来てくれることを。


雨音に閉ざされてゆく森に、アマリリスは懸命に視線を這わせた。


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