第596話 黒鉄の魔族#2

アマロックの呼びかけには応じず、黒い魔族は不敵に笑みを見せただけだった。


この感じだ、とアマリリスは気づいた。

最初、アマロックと見間違えそうになったのは。


「・・・誰?」


アマリリスの囁きに、アマロックは、それ自体にひどく違和感を覚えた数秒の間を置いて、

束の間、アマリリスのほうに振り向いて答えた。


「紹介しよう。

新顔のトパット゚ミだ。」


「はじめまして、バーリシュナ

噂通り、世にも稀有な美しい姫君だな」


この風貌の魔族から聞くとは思わなかった、流暢なラフレシア語にして、

その声自体が不協和音とノイズで構成されているような、耳障りな声。


気のせいだろうか、その音節ごとに、対峙するアマロックとの間で目に見えない相剋を感じるのは。


「知り合い・・・なの?」


「いいや。

初対面だ。」


まただ。

なんだろう、この違和感は。


「冷たいじゃないか

おまえの姉の交合相手だった人間となら、面識があるぞ」


「そいつの脳と、だろう?」


「・・・・(!)」


淡々と応じるアマロックに、アマリリスはようやく違和感の正体に気づいた。

いつもは耳にすればアマリリスを落ち着かせてくれる声が、どこかいる。


これまでにアマロックと過ごした長い月日がなかったら、アマリリスも気づかなかったかもしれない。

それは、人間と、野に生きる魔族の間の断絶を越えて共通に理解されるもの、

人間の言い表し方をすれば、怒り、焦り、そして畏れといった感情が綯い交ぜになったものだった。

あのアマロックが、怒って・焦って・怖がっている。


初めて見る伴侶の姿に驚いたあと、

にわかに、それが意味するものが、言い知れぬ恐怖となって襲いかかってくる。


縋りついていた体を、アマロックの手でゆっくりと背後に押しのけられる。

愕然とすると共に、その瞬間に覚悟が決まった。


アマロックはもう、アマリリスの方を見てもいない。

その手の甲に金色の目が見開き、強靭な爪が現れる。

対する黒い魔族もその四肢を変形させ、両手首からは鎌、ないし逆手に握った湾刀のような刃を生じた。


アマリリスは踵を返し、後も見ずに駆け出した。

背後に、強大な力同士が今にもぶつかり合おうとしているのを感じる。

走りながらオオカミの皮を被り直し、一刹那強く念じた。


大丈夫、アマロックが負けるわけない。

あんなヤツ、瞬殺で完封しちゃって・・・アマロック!

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