第595話 黒鉄の魔族#1

山の方で遠雷が、重い岩を転がすようにゴロゴロと鳴っていた。


ふと、湾刀を引っさげたままだったことに気づいて当惑し、沢に投げ捨てた。

異界では聞かれることのない、金属が叩きのめされてたわむイヤな音を立てて、刀は岩盤の下の滝壺へと落下していった。


格闘のさなかには全く感じなかった、敵対者との遭遇に対する恐怖や、何よりも薄気味悪さがまとわりついて離れなかった。

キチ◯イ宗教(?)のプッツン信者にしても、なんで人間がこんなところに??

ホントやだ、この森に人間だなんて。


よかったよ、もうワタリに出ちゃうから関係ないもん。

戻ってくるまでにはアイツらもどっか行っちゃうでしょ。


考えまいとしてもまとわりつく考えから逃れようとしているのか、走り出しそうになる自分を苦労して抑え、

薄れてきたかと思えばまた濃さを増す霧の中、アマリリスは黙々と沢沿いの草付きを登っていった。


やがて、小一時間前に別れた場所につき、

自分を待ってくれていた相手の姿を認めて胸にパッと光が差した。

呼びかけようとして、――アマリリスは当惑に口を噤んだ。



”アマロックが、2人・・・?”


識別を妨げるほどの濃霧ではないし、異界の森の幻力マーヤーに惑わされていたのでもないとすれば、

その錯覚はどこから来たものだったのだろう。


「おかえり、バーリシュナお姫さま

早かったね」


魔族からの呼びかけにアマリリスはホッとして、自分が良く見知っているアマロックに小走りに駆け寄った。

どういうわけかその呼びかけは、言葉とは逆のことを伝えているように感じられた――


ともあれ伴侶アマロックに寄り添った安心の中で、アマリリスはもう1人の魔族にじっと視線を据えた。


改めて見れば、まるでアマロックには似ていない。

明らかに上背があり、黒い膚、コルムバリア人のつややかな褐色とも違う、消し炭の粉が沈着したような色彩のない膚。

長身をすっぽりと包む、マントとも長衣ともつかない灰色の布地を透かして、

筋骨隆々というより極限まで無駄を削ぎ落としたような、精悍で酷薄な手足や体躯の輪郭が垣間見える。


膚よりもずっと薄い灰色の髪は、ヤマアラシの体毛のような棘状の房であり、

気流の揺らぎ以外に、毛根から伝わる力を受けて蠢いていた。

魔族の尖った耳朶、耳というより一対の角のように、高く突き出ている。


そして何より、アマロックとの相違が際立つのは、鉄色の棘髪の下、坩堝るつぼから取り出されたばかりの鉛の玉のように、

光沢を纏ってはいても、裡からの光はまるで感じないくらい双眸だった。


消し炭色の唇が歪んだ隙間から、真鍮の裂肉歯が覗く。

アマロックと、再会した旧友が談笑するくらいの距離感で対峙していた魔族は、アマリリスが現れる前の”会話”の続き、

鋼鉄の索がきしみ、蓄えた電荷が火花となって飛び散るような音を発する。


それに対し、アマロックは首を横に振った。


「トパット゚ミ

まだ、トワトワトにいたのか」

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