第591話 天の峠の城#2
そこは、
異界の森とは大きく様相を異にしていた。
オシヨロフの森であれば、いくら草木が密生しているとはいえ、草を掻き分け、枝を押しのけて進むことは出来るが、
ここではそういうわけにはいかない。
赤茶けた地面から立ち上がる幹も、絡み合う枝も、すべて鉄で出来ているのだ。
だから人間の力で押そうが引こうがびくともしないし、下手に触れば、おろし金のような樹皮や、ノコギリのような葉に傷つけられてこっちが血を見ることになる。
森の中を辿る、人ひとりが通るのがやっとの細い小路を、アマリリスは、凶悪な鉄の木々に身体を引っ掛けないように気を配りながら進んでいった。
にぶい金属光沢の幹や枝には、あちこちで赤錆が浮いて流れ出ているのが、前にここを通った人の、皮膚を破られて流した血の跡のように見える。
血の匂いだとしても区別のつかない、強い
こんなキモチワルイ場所は一刻も早く抜け出したい。
引き返そうかとも思ったが、どうやら鉄の木々は時々刻々と形状を変えるらしく、登ってきた急坂は、張り出してきた枝に遮られてもう通れなくなっていた。
今も、鉄が軋む音があたりから聞こえてくる。
うかうかしていると行く手も塞がれて、この鋼鉄の牢獄に閉じ込められることになりかねない。
重い、それこそ鉄でも詰まってるんじゃないかっていう体を懸命に運び続けて、
やがて前方に鋳鉄の門と、その両側に伸びる石塀が見えてきた。
塀の内側には、鉄の木は生えていない。
アマリリスはホッとして門をくぐり、幾重にも連なる石段を登っていった。
眼下に、見渡す限りに広がる鉄の森を見下ろす造築物は、一見、砦や、神殿のような雰囲気もあったが、
どうもそういった、既に知られている類のものではないらしい。
広場や通路や、それらを結ぶ階段が続いているだけの、全くからっぽの場所なのだが、
強いて言えば何らかの生産設備か、何かを保管しておく格納場所だと見受けられた。
ようやく登りきった階段の先、まったくの天空に浮かぶ頂上の広場には、
中央に石組みの古い井戸があって、その傍らに、久々に見る、人間の姿をしたアーニャとワーニャがいた。
二人は、施錠されたいかめしい箱――中身は、鉄の森で見つけてきた宝物か何かだろうか――
にロープを結えつけ、井戸の底に沈めようとしているのだった。
その作業が済むと、アーニャはニコニコしながら、アマリリスのほうに寄ってきた。
「お別れを言いにきたの。
こんど会えるのは、太陽と月が失われる日になりそう。」
そうね、案外そう遠くない未来かしらね。。。
「良い旅を、アマリリス。
あなたの旅は、これからもまだまだ続くわ。」
アーニャとワーニャの姿が、鉄の森と天空の造築物の世界が、曙光のなかに溶けてゆく。
目を開けると、あたりはすっかり明るくなっていた。
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