第589話 盟友との訣別〈わかれ〉#2

それにしても、一体誰が。


一人前の大人のオオカミであるサンスポットが、遺骸の状況からして無抵抗に、一撃で殺されている。

そんなことが出来る獣なんて、この森にいる??


”無抵抗”のところに思考が引っかかり、はたと足が止まった。


、いる。

まさか、、、アマロックが?


そんな、いったい何のために。

アマロックが、そんなことをする理由があるだろうか。


・・・いや、あるのかも知れない。


幻力マーヤーの森を彷徨さまようようになった最初の頃に感じ、アマロックに聞いてみようと思いながら忘れていて、

思い出した頃にはなんだか今更な感じになって、聞かずじまいになっている疑問。

この、オシヨロフの群の成立についてのことだ。


オシヨロフの群にははじめ、オスしかいなかった。

ベガ、デネブ、アルタイル以外は兄弟関係とも思えない6頭、

普通は一組の夫婦とその子どもたちを中心に作られるというオオカミの群にしては、不自然な構成。

そこに、首領であるアマロックの意志が関与していないはずがない。


そのオシヨロフの群が、今や12頭、去年の2倍に増えている。

”少し多すぎる”そう考えたとしても、不思議ではない。


冬の終わりの対立で、アマロックがアフロジオンに見せた譲歩。


あの時、アフロジオンを殺してしまうより、オシヨロフの縄張りから追い出してしまうより、

双方の妥協点を探って慰留するほうが、アマロックにとってよい結論だった。

それは温情でも寛大さでもない、そのほうが得策だった。


魔族にとって、それと全く同列の判断として、

季節も事情も変わった今、サンスポットにはいなくなってもらうのが最適な判断、ということなのだとしたら・・・



それとも、あたし自身が直接の理由、ってことも考えられる。


あたしが、この森に住むもので一番、どころか唯一、”心の”繋がりを感じるとしたら、

その相手はアマロックではなく、サンスポットだった。


人間のあたしが、オオカミのサンスポットに映して見ていた幻影だとわかっていても、

あたしは、自分を慕ってくれるサンスポットに心の絆を感じていた。


大切な友だち、けれど魔族から見ればそんな感覚は、無意味に手足をからめさせる枷でしかなくて、

そういう人間特有の弱さから、この異界でもうじき母親になるあたしを解放しようとした・・・



そうかもしれないし、違うかもしれない。

この森で起きること、魔族の行うことの意味なんて、考えてもわかりっこない、

そもそもアマロックが犯人かどうか、たとえ本人に問いただしたところで、やっぱり永遠にわからない。


それでも、今ではあんなに優しくしてくれるようになったアマロックの、血も凍るような思考をありありと思い描いてしまう、

このイヤな考えがやめられない。


怖い。。。

そうだとしたら、と考えてみるだけで胸を引き裂かれるようなこの痛みに、

アマロックを愛し続ける限り、あたしはこの先何回、何千回耐えなければならないのだろう。



断崖を前にしたように、恐怖に足がすくんで立ち尽くしていた自分に気づいて、

アマリリスは軽くかぶりを振って歩きだした。


大丈夫、ここにガケはないんだから、この怖ろしさも所詮は幻影。

痛みを、恐怖を引きずってでもあたしが前に進まなきゃ、この子に未来はないわけよ。



アフロジオンとスピカの、姿を消した子の行方と同様に、

オシヨロフの群は、何事もなかったように、同胞の喪失を受け入れた。


アマリリスもまた、アマロックに対して、それに触れることはついぞなかった。

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