第588話 盟友との訣別〈わかれ〉#1
「誰が、こんなことを。。。」
足元に横たわる、盟友の変わり果てた姿を、アマリリスは呆然と見つめた。
さらさらと流れる沢のほとり、水没した枯木の枝で小鳥の夫婦が鳴きかわしている河原。
サンスポットはわずかに目を開き、やはり薄く開いた、笑っているような形にも見える口に、ギザギザの歯が覗いていた。
表情は穏やかで、てっきり今は昼寝でもしていて、すぐに起き上がってアマリリスを構ってくれそうにも見える。
しかしその喉元から腹にかけて、ほぼ胴の全長にわたって切り裂かれ、鮮血が辺りに飛び散っていた。
殺害者が持ち去ったのか、内臓があらかた掻き出されている。
ほとんど即死だったのだろう。
一刀のもとに身体を断ち割った致命傷のほかに傷は見当たらず、
毛並みにも、顔つきや、四肢の置かれかたに、激しく争ったような形跡は見られなかった。
浅く、次第に早くなっていく呼吸をアマリリスは懸命に整えた。
激しい胸の痛みに震える呻きは、やがて深いため息へと変わっていった。
結局――あたしは、サンスポットに何かしてあげられたろうか。
サンスポットにとって、あたしって何だったんだろう。
出会えて幸せだった?
なんて。。。
彼との心の絆を感じていたのはあたし、
彼が大切な友達で、彼の存在に救われて、出会えて幸せだったのは、あたし。
本当は名前もないオオカミの彼に、”サンスポット”と名づけて呼び親しんでいたのはこのあたし。
でもサンスポットは、やっぱりオオカミだったんだ。
アフロジオンが、スピカが、そしてアマロックがそうであるように。
こうして、今となってそれがよく分かる。
違うのは、そう、サンスポットもまた、一種のパブロフシステムに操られていたのかもしれない。
それが弱点となって、彼の命を奪う結果になったのだろうか?
他ならぬ、このあたしと出会ったばかりに。。。
その考えはひどくアマリリスを苦しめたが、
同時に自分には手出しのしようもない、異界の論理の帰結であることもわかっていた。
幾度となく感じてきたその断絶は、人間の心に深い悲しみと苦悩であることに変わりはなくても、諦念の色合いを帯びてもいた。
「・・・さようなら、サンスポット。
今までありがとう。。」
口に出してから、それが自分の言葉ではなく、かつて別の弔いで耳にしたものであったことに気づいた。
あの時サンスポットは、そんなのいいから早く出発しよう、と言いたげに手持ち無沙汰な様子だった。
バハールシタ、バヒーバにそうしたように、サンスポットにもお墓を作ってあげるべきだろうか。
迷ったが、やめた。
オオカミが遺言を残すとしたら、そんなことは望まないだろう。
その死のありようにまで介入するのは、ただ人間のあたしの自己満足でしかない。
それでもせめて、
もしオオカミにも来世があるなら、幸せなものであるようにと願わずにいられない、
最後の自己満足につきあって。
故郷ウィスタリアの、死者の双眸に貨幣を置いて葬送するしきたりに倣い、
アマリリスは沢の中から拾った、すべすべしたきれいな小石をサンスポットの目の上に置いて、その場を立ち去った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます