第587話 双子の星
今にも降り出しそうな不穏な空模様ではあったが、2頭の仔オオカミたちは元気いっぱい、
追いかけっこに取っ組み合いと、まるで無尽蔵の動力を蓄えた永久機関みたいに跳ね回っている。
最近は見間違いそうになるが、アーニャ/ワーニャではない。
カストルにポルックス、春先に巣穴から出てきた、アフロジオンとスピカの初子のうち、成長することのできた2頭は、
日々成長を加速させていってるんじゃないかと思うほどに、脚力の面ではすでに大人顔負けだ。
世話役のアーニャ/ワーニャのほうがバテてしまい、最近はもっぱら放任育児の体。
――よちよち歩きで巣穴から出てきた幼獣は全部で4頭いた。
1週間くらい後に見かけたときは3頭になっていて、いつの間にかもう1頭が姿を消していた。
知る由もない彼らの運命を思うと心が痛むが、考えても仕方がない。
2頭がすくすく育っていることを喜ぶとしよう。
アマリリスに気づいて、カストルとポルックスは駆け寄ってきて、
両掌の肉球を見せて跳ね上がったかと思うと、アマリリスの目の前でベタッと腹這いになって地面に伏せた。
その場でじりじりと前進するような素振りを見せ、ふさふさした尾が、衝動に駆られたようにビクッ、ビクッとわななく。
遊びに誘っているのだ。
ごめんねーー、、もう、あんたたちとプロレスごっことか出来んのよ。
この身体でなくても、今のあんたたちとやり合ったら、ヘタすると骨いかれそうだわ。
苦笑いのアマリリスに察したか、双子の兄弟は聞き分けよく引き下がり、
別の獲物、逃げ腰のアーニャとワーニャに立ち向かっていった。
アマリリスの周りに輪を描いてぐるぐる駆け回り、やがて二手に分かれて森の中に走り去っていった4頭を見送って、
アマリリスは沢へ下る道を進んでいった。
カストルとポルックスがずんずん大きくなって、育児に助けを必要としなくなってしばらく、
アフロジオンとスピカは彼らを連れ、それまで一定の距離を置いていたオシヨロフの群に戻ってきた。
アーニャ/ワーニャは、まだよそよそしいというか、どうもこの群の一員として加わる気はないみたいだった。
かといって、カストルとポルックスが手離れどころか、手に余るようになった今もオシヨロフには留まってくれている。
彼らのあり余るエネルギーを引き受けてくれるだけで、両親や、オシヨロフの大人たちにとっては大助かりのはずだ。
カストルとポルックスが、よくまぁ食べること食べること。
獲物をとらえると、アマロックが、そこだけは首領の権威を揮って、アマリリスに真っ先に食べさせてくれるのだが、
彼女が食事を済ませて場所を譲るや、待ち構えていた兄弟が餌食に躍りかかって、他のメンバーの取り分が足りなくなるんじゃないかっていう量をかっ攫っていく。
子どもやら妊婦やらを養うために、アマロック以下オシヨロフの成獣たちは大わらわだった。
ほんと、去年の今頃はあたしを入れても7頭だったのが、
アーニャ/ワーニャも数えれば実に12頭、オシヨロフもずいぶん賑やかになったもんだ。
渓谷を抜ける風が、微かな血の匂いを運んでくる。
アマロックたちが、またアカシカを倒したのかな。
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