第586話 パイル地の袖

それにしても、、

赤ちゃんが産まれるんだったら、色々と必要なものがあるんじゃなかったっけ。


遠いウィスタリアの記憶を辿ってみる。

物心ついた以降に、家族に新生児のいた事がないアマリリスには、総じて漠然としたイメージでしか思い浮かべることが出来なかったが、

たしか、産着とかおしめとか、ゆりかごとか、お湯を使わせる新しいタライとか。。


でもそういう物を手に入れようと思ったら、最低でもオロクシュマに行かなきゃならないわけで。

もう船では行けないし、今さらオロクシュマとか正直ダルい。


いっか、着るものははあたしの下着とか縫い直して作るとして(とはいえ、どんどんボロボロになってもう残り少なくて、そもそもあたし、赤ちゃんの服なんて縫ったことないんだけど。。)

あとは何とかなるでしょ。

こういう時、オオカミはともかく、幻力の森に住む魔族の女子はどうしているんだろう。


そう思った時、不意に、深い記憶の底から甦った光景があった。

赤い縁取りのされた、真っ白なパイル地の袖。

緑と赤の糸で、何かの植物らしき刺繍がしてある。


これはなんだろう?

あきらかに、おそろしく古い記憶。。。


やがて、それが今とは全く違う縮尺で見た自分の袖であることに気づいて慄然とした。

なんてこった。


「・・・」


確かにそこにいるはずの小さな生命に、そっと手を添えた。


大丈夫、ちゃんとする。

魔族はどうか知らないけど、あたしは、オロクシュマに歩いて行ってでも、あなたに新しい産着を作ってあげる。

お金ないけど。。。


そうだ、クリプトメリア博士が置いてってくれたお金!あれ使わせてもらおう。

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