第583話 揺曳と受容
揺るぎない信念を持ち、一重にその養育のために全身全霊の愛を注ぐもの。
そんな神話がまことしやかに、巷間では語られている。
自分が母親になるなんてことは、神代のおとぎ話並みの現実性しかなかった時のアマリリスは、
その神話に特に反駁する理由もなく「へ~すご~~い」と聞いていたが、
神話は神話であるということを、現実の受胎によって知ることになった。
あたしが良くない母親、ってことなのかも知れない。
だとしたら産まれてくる子には悪いなと思うけど、親ガチャであたしを引いちゃったんだから仕方ない。
すくなくとも”何人も”のところは訂正してもらわないと。
だからなおさら、アマロックが、彼らしいやり方ながら、アマリリスの妊娠を歓迎してくれていることは、
少し意外で、とても嬉しかった。
アマリリスは自分の母親を知らない。
その皆目見当もつかない役割を、こんな年若くしてこなさなければならないというのは、
正直、喜びなんて微塵もない、圧倒的な不安と戸惑いに翻弄されるばかりだった。
でも、アマロックを見ていて変わった。
オオカミの姿でさえ、狩りに加わることを禁止し、おかげでアマリリスは上げ膳据え膳、
みんながアカシカを狩り倒したところにノコノコ現れて、真っ先に食べさせてもらうという待遇。
人間の体のときは胸焼けがして肉を食べる気がしないとこぼしたら、海に潜って魚を獲り、血抜きまでして出してくれた。
あのアマロックが。
誰かととともに生活を持つとはどういうことか、おぼろげながら分かってきていた。
それは、恋愛と情愛の激しい炎のなかで、この外に歓びなどあり得ないと思っていたアマリリスに与えられた、まさかの2つ目、
その尊さがおもむろに理解され、包みこまれる程、そのあまりに涙が滲んでくるような幸福だった。
妊婦が夫(❤)に大切にしてもらえるのは、当たり前のこと。
身ごもった女が母と呼ばれ、母としての振る舞いができるようになるのも、
このあたしがって考えると信じがたいし、自信はまるでないけれど――たぶん同じような当たり前のこと。
当然なことのあれこれに、不思議がったり動揺したり、感激したりしている自分が何だか可笑しかった。
大切な人を大勢失って、故郷を追われ、世界の果てと呼ばれるこの場所で、好きになったひとは魔族でした。。。
色々あったけど、当然のことを当然と言えるようになった現在があるから、めちゃくちゃになってしまった過去も全て許せると思えた。
しかしその感慨はアマリリスだけのものであり、アマロックには、一生、伝えられ得ないものであるということを、
彼女は忘れていた。
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