第579話 悪しき魔物への供物

「アマロック、あの女ともヤったの?」


「バカ言え」


アマロックは取り合わず、すたすたと先に立って歩いていく。


「ちゃんと答えて!!!」


アマリリスは激昂してアマロックを追い越し、襟首を掴んで怒鳴った。

山道で足を滑らせたアマリリスの体を、慌ててアマロックが抱き留めた。


「あたしに飽きたの?

あたしとできないから、他の女がいいの??


だったら言ってよ。

言ってくれなきゃ、あたし、、、どうしていいか分かんないよぅ。」


イタい女。

そんな冷たい声が頭を掠めたが、涙が溢れてくるのを、どうすることも出来なかった。


「・・・おれが、君を裏切るのを恐れている、そういうこと?」


珍しく、アマロックがアマリリスの胸のうちを正確に言い当てた。

アマリリスの大きな瞳からは、大粒の涙がこぼれ、口元は歪み、わなわなと震えていた。

こんな姿を、アマロックに見られたくなかった。

けれどもう、取り繕うことも出来ず、アマリリスは滲む視界に、アマロックの金色の目をじっと見上げていた。


アマロックがくすりと笑った。

人を小馬鹿にしたような嘲笑、ではなく、優しい、魔族に使う表現として不適当だが、愛しげにさえ見える微笑。


「あの女とはヤったことない。

ありゃ、おれの姉貴だよ。」


「は?」


一瞬、ラフレシア語が理解できなくなったかと思った。


「アネ、、キ?」


「うん。」


「アマロックに、、お姉さんいたの?」


「似てないか?

まぁ、あいつの父親は人間だったらしいから、タネ違いの姉弟だけどな。」


「あ、、そう、お姉さん、、

ふうん。。。」


自分で目が回るくらい、アマリリスの目がキョトキョトと泳いだ。


「おめでとう、って言ってた。

アマリリスのこと話したら。」


「あ、うん、ありが、、ってやだ、

あたし思いっきりガン飛ばして」


「ああ、それでか。

ちょっと怯えてたよ。ナワバリに入ったから、怒ってるのかな、って。」


「違うの!!

全然違うの、大体、何でアマロックもちゃんと紹介してくれないのよ!?」


怒り、狼狽、焦りにまた怒りと、アマリリスの感情は波に揺れる木の葉のように乱高下した。


「わざわざ紹介するほどのもんでもないだろ?

あんなの。」


「するほどのもんだわよ!!

やだもぉーー、、ホント、やだ!!!

死んじゃいたい」


「そりゃ困った。」


アマロックは相変わらず悠長に笑って、ぎゃぁぎゃぁ騒ぐアマリリスを優しく抱き寄せた。

雛を包む親鳥の翼のような腕の中で、ようやくアマリリスは落ち着きを取り戻した。


「バカ、って言ったのは取り消すよ。

何も分からないバーリシュナお姫さまかと思ってたら、案外色んなことを考えてるもんだねぇ。

知らなかったよ。」


「あたし、バカだよ。。。

こんな、悪い魔物に捕まった、大バカだよ。」


「そうかもな。」


なかなか嗚咽の収まらないアマリリスの背中を撫でながら、アマロックは言った。


「おれには、一度に3人も4人も食わせるほどの甲斐性はないよ。あいにくとね。

だから心配事よりも、今は自分の体のことだけ考えな。」


聞き取れないほど小さな声で何か言って、アマリリスは肯いた。

二人の手が共に、アマリリスのお腹、臍下の辺りに添えられていた。

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