ふたたび、時はめぐりて

第577話 蒼の愛

トワトワトの春、


雪と氷の冬が、撤収を渋りつつも徐々に山へと引き上げていったあとも、

この地の寒々しさに尻込みして、南の国で道草でも食っているのか、なかなかやって来ない春。

この年も、平地から雪が消えたあと、しばらく季節の空白地帯のような灰色の日々が続いた。


待ち侘びた頃にようやく到来したと思ったら、遅れを挽回しようとするかのように、森に野山にみどりの萌芽を撒き散らし、

それを見た太陽が、自分の役割を思い出したように地上を温め、勢いを得た樹々が鬱蒼と葉を茂らす頃には、

幻力マーヤーの森は早々と、初夏の装いに移っている。

春は到着と同じように慌しく、冬の跡地を求めて、高山に、更に北の地へと旅立っていったのだろう。



1年前、まさに我が世の春と、喜びを噛みしめていた季節だった。


さらに1年前、独り、幻力マーヤーの森を歩き回るようになった季節。

それまでは、絶望の深い淵に沈んでいたアマリリスの心が、不意にその重しを外されたようにぽっかりと浮上し、

異界の帯びる幻力マーヤーに吸い寄せられるようにして、どこに向かうとも知れない漂泊がはじまったのだった。

――あれは何だったのだろう?今となっては、よく思い出せなかった。


そして迎えた3度目の季節、アマリリスの心はみじめだった。


ダケカンバの樹冠で、避寒地からの帰還を告げるようにさえずるアトリの声も、

まばゆいみどりの野で早くも次の冬に向けての蓄えに余念のないタルバガンの姿も、

一面に咲き誇るというよりは、樹々の葉陰で、岩の隙間で、アマリリスが目を止めるのを待っているかのように咲く可憐な花々も、

彼女の心を和ませてはくれなかった。


何を見ても、聞いても、胸中は不穏に波立つばかり、

ひときわ強く湧き上がるのは、アマロックへの想い、強く深く募るがゆえの煩いだった。


言えばいいじゃない、

愛してる、って。

たとえ世界のすべてがあべこべになっても、それだけは変わらない本当の気持ちなんだから。


でもわかってる、言えない。



心をかき乱す諸々の考えを振り切ろうとするかのように、みどりの洪水の森をずんずんと歩いていったアマリリスの目に、

イチイの大樹の下で会話している2人の魔族が飛び込んできた。


アマロックと、これまでにも何度かオシヨロフの森に出入りしている女魔族、

北の群の女首領でもある人狼ヴルダラクだった。

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