第576話 衰退の趨勢にあるもの

しばらくの間、アマリリスに対する、スピカの過剰なまでの警戒が続いた。


アマリリスが視界に入ると、猛ダッシュで逃げ出し、ひと跳びでは襲いかかれない距離を取ったところで、“白旗のポーズ”。

その間も油断なくアマリリスの動向をうかがい、少しでも危険な素振りを見せれば跳ね起きて逃げ出そうと、全身をこわばらせて警戒している。


アフロジオンと一緒にいるところに出くわした日には、一目散に逃げていった。


人としては、心が痛む。

だが今さら情をかけて関係修復を求めるのもナンセンスなことだった。


アマリリスを迫害していたスピカの自業自得だとか、

弱者は強者に屈服して生きるのが野性の世界の掟だとか、

そんな整理のつけかた自体、今となっては人間臭さにまみれていた。

異界には公正も不平等も、掟も運命もない。


もしスピカにとって意外だったとしたら、最初の逆転劇以降、アマリリスがスピカを追撃しようとはしなかったことだ。


普通、あのような形で敗れたオオカミは、勝者、のみならず群に属す個体全員から、苛烈な迫害を受けることが多い。

それが、勝者がその勝利を更に確固たるものにする、

つまり再度の逆転の道を断つために有効な手段であり、

第三者の個体からすれば、衰退の趨勢すうせいにある昨日の強者を更に引きずり下ろして相対的地位を高めるチャンスだからである。

結果、迫害に耐えかねて、群れを去ってしまう敗者が多い。


だが、アマリリスが同じことをしなければならない理由はどこにもない。

報復に怯えるスピカを、アマリリスはなるべく触れずにおいた。

そしてスピカにとっては幸運だったことに、オシヨロフの群れには、他に地位競争の相手となる雌がおらず、

サンスポットほか第三者のオスたちは、あまり他者の境遇に興味がなかった。


かくしてオシヨロフの群れでは、雌雄の序列1位と2位の個体同士のペアが安定的に共存するという、珍しい状況が生まれた。


オオカミはふつう、春先に発情期をむかえ、トワトワトでは雪解けの時期に出産する。

だが、1位のペア(そもそも、こちらはペア=つがいとは言えなかったかも知れない)には子が生まれるわけもなく、

この年、はじめにみごもったのはスピカのほうだった。

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