第572話 大海原の向こう岸
曜日はおろか、週や月の感覚も失い、だから只果てしなく続くものだとと心得ていた冬。
その結末は、アマリリスにとって実に意外なものだった。
春らしい春がやってくるのはまだ先なのだが、
氷が割れてせせらぎを取り戻した沢や、川べりに現れた湿った土を眺めること暫く、
唐突に、季節のうつろいを知ったのだった。
春の先触れは、見捨てられた人間の住居にも訪れていた。
去年の冬、軒先にせり出した雪庇から垂れ下がった、透明な剣のような太い柱に、北国の極寒を見たものだが、
こうして2度めの冬を過ごしてみて気づく。
幾分でも雪が溶けないことには
トワトワトの氷柱は、冬というよりもむしろ春の風物なのだ。
雪解けの滴りが幹に黒い帯を描くイルメンスルトネリコの大樹の下で、アマリリスは久々にアマロックを迎えた。
「・・・むふん。」
「?どうした。」
「むふっ。むふふ。」
「――どっかで頭ぶつけた?」
「あ、ひっど!
でも、むふん❤」
アマロックがあたしの願いを汲んで、みんなが幸せになるように取り計らってくれた、
もちろん、そんなことじゃないのは分かっている。
たまたま、というか、なるべくしてなった結果がこれなんだろう。
日差しを浴びて輝く、オシヨロフ湾の鏡の水面を眺めた。
厳冬と変わらぬ冷たさであろう水の中で暮らす海牛も、陸上の陽気に元気を得たように、
なだらかな波紋を引いて泳ぎ回っている。
「女帝陛下が答えをくれてたのね。
あたしの”いちばん大切なもの”は、ひとつじゃない。
またひとつ増えたわ。それはねっ。
大海原の向こう岸の島に、一本の
その中に箱があって、箱の中に
鴨の中には卵があって、その卵の中に隠してあるの。
でもって、島の周りでは年じゅう、青いイルカが泳いでるんだよ。」
「やれやれ、相変わらず人間の言うことはよくわからんね。」
アマロックは苦笑いして言った。
ユーモアとしては通じなくても、本気で言っているわけではないとは分かったみたいだ。
「ですよね~~w
いいのよ、わからなくていいのよ。
分かり合えなくたっていいの。
あたしの願いはもう叶ってたんだもん。
たぶん遠い島に行くことはないんだろうけど、
いちばん大切なものは、ここにもあるし。」
期待を込めて、精いっぱいうるうるさせた目でアマロックの金色の瞳を見上げた。
やがて、待ち焦がれていた瞬間が訪れる。
和みの風にゆらめくアマリリスの髪を梳いて、アマロックはアマリリスのうなじを撫で、ゆっくりと唇を重ねてきた。
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