第564話 水底乙女の泉#2
水面に接する直前まで、不定形な軟体動物の群舞のように見えた揺らめく光は、
やおら水面が立ち上がったかのようにして音もなく、美しい乙女の姿をとって現れた後も、
相変わらず、大気のなかに揺らめくユウレイボヤ、あるいは水底に根付いたギンリュウソウの茎のごとく、
全部で十数名ほどの水底乙女たちは暫く、夕刻に
あるものは仲間同士でお喋り、あるものは岸辺の草花を摘んで花飾りづくり、別の数名で鬼ごっこのような遊びに興じていた。
彼女たちが身動きするたび、その身から発する光が、川面から立ち昇る靄のようにあたりに拡散しては消えていく。
やがて誰からともなく、水底乙女たちは泉の中央に集まり、手に手を継いで輪になって、
古式ゆかしい
シミューズ・ドレスの一団が、息を合わせて右回りに、かと思うと左回りに、と
似た形式の子どもの遊戯で、円舞に囲まれる役の子に、歌に合わせて謎めいた、幽世との繋がりを訊ねるような問いかけをする、
そんな場面を連想させる。
各々の身体の発する光が、円舞の人垣に遮られて水面に複雑な光の
数珠つなぎで通り過ぎる水底乙女の一人ひとりに食い入るように目を凝らし、その中に隠れているはずの、
しかし水底乙女たちは皆、同じドレスに、ほっそりとした体つき、腰まで届く長い髪、美しい顔立ちという点で共通しつつ、
そっくり同じ複製ではない、それぞれに別人であって、
それだと、よほど明瞭な特徴、禍々しい爪や尻尾でも現してくれない限り、誰が
アーニャは途方に暮れ、むやみに動き回っては、水底乙女一人ひとりの、それぞれに取り澄ました顔を覗き込んでいた。
”今でしょ!花をあそこへ!”
右往左往するアーニャを見て、すっかり可哀想になっていたのだろう。
スネグルシュカの声を合図に、レヴコーとオクサーナはもはや迷うことなく、赤い羊歯の花を高く放り投げた。
真紅の軌跡を描いて円舞の中央に落ちた花は、水面に触れるやいなや、何か激しい化学反応が起きたかのように、
目もくらむ閃光を発し、赤い光の奔流が四方八方へと光芒の尾を引いた。
光線は大半の水底乙女の身体を素通りし、若干のどよめきでその裳裾をはためかせた程度だったが、
アマリリスはその中の一人、こちらに背を向けている乙女の身体の内部に、光を透さない暗澹とした影があり、
その乙女ひとりが、光に身を灼かれているかのように悶えていることに気づいた。
やがて女の体から煙と、火花が上がり、女は痙攣しながら、
光の圧力に吹き飛ばされるようにして、円舞の輪の外側に倒れ込んできた。
泉の水はもはや女を水面に支えようとはせず、女はけたたましい水音をあげて岸辺の浅瀬に没した。
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