第560話 星の宮 ふたたび

靴底に触れる石畳の感触を確かめながら、アマリリスは真っ暗闇の中を進んでいった。

スネグルシュカのくれた提灯、小枝の先で揺れるクスサンの繭に封じ込めたホタルの灯りは、今の彼女になくてはならない導き手ではあったが、

いかんせんかすかなもので、行く手のごく狭い範囲を仄かに浮かび上がらせてくれるだけだった。


右手には、平たい石を積み上げた塀が延び、その内側は樹が茂っているようだ。

この場所は、、知っている。

アマリリスの内で、静かに緊張が募っていった。

果たして、蔓草に覆われたアーチの下に、入り口の木戸を見つけた。


アマリリスは暫く黙って、庭園の門を見つめていた。

やっぱりそうだ、ずっと以前まえに夢の中で訪れた、”星の宮”。

スネグルシュカやアーニャ/ワーニャの世界から地続きで歩いてきたってことは、やっぱり夢、

全部あたしの夢なんだ、ってことでいいのよね、、?


ぐずぐず躊躇う気持ちが視線を分散させたのか、

この暗がりの中で、前回は見落としていたものに気づいた。

アーチの隣、ジャスミンの蔓が絡む柱に、道の側へ突き出たフックがあり、小さな表札らしきものが吊るされている。

何か文字が書いてあるようだが、いかんせん暗くて、読めない。


ホタル提灯を掲げて照らそうとしたが、光源に視界を妨げられてかえって読みづらくなる始末。

気になったものの、人を待たせている手前、表札なんかにあまりかかずらっているのもばつが悪い。

諦めて、木戸を押して庭園の中に入った。


庭園の中を流れる、小川のせせらぎが聞こえる。

砂をひいた園路が庭園の奥へと差し招く。

庭園の様子に変わったところはないようだが、前回、糸杉のシルエットが見分けられる程度の仄明かりを帯びていた空は、このとおり真っ暗、

園路灯がわりになってくれていた草木の花も、今日は闇の中に潜んでしまっていた。


待ち合わせは、園路が小川を渡るところで、ということだった。

そこまで行き着いて、アマリリスは立ち止まった。


仄明かりが、小川のこちら側の僅かな範囲と、黒々とした流れ、

流れの中に置かれた踏み石の半分ぐらいまでを浮かび上がらせる。

そこから先、すぐそこにあるであろう対岸も、こちら側からは見分けられなかった。


彼方そちら側の闇の中に、おぼろに仄白い人魂が現れ、フワフワとこちらに向かってきた。

やがて小川を挟んだ岸に立ち、ホタル提灯と、スネグルシュカの放つ燐光を重ねてようやく、小川はその全幅を現した。


「おまたせっ!迷わなかった?」


「大丈夫。

こっちも、今ついたところよ。」


アマリリスはスネグルシュカの背後に目を凝らした。

提灯はアマリリスに預けた一つきりしかなかったので、その人物は盲人のように、スネグルシュカに手を引かれてこの庭園に来たのだった。

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