第556話 模索のススメ#2

オオカミに悲しみの感情があるとしたら、きっとこれがそうなんだろう。

しんしんと降る雪の中ですれ違ったアフロジオンとスピカを、雌オオカミのアマリリスはじっと見つめていた。



2頭が抜けたオシヨロフのオオカミ群は、

主にはアフロジオンの、極寒の冬にもめげない、暑苦しいまでの元気いっぱいさが消えたがために、

実際の目減り以上に、ひどく閑散として感じられた。


オオカミの社会で、群の分裂は決して珍しいことではないが、その結果が平和なものとは限らない。

分裂した、かつての仲間同士の間で、文字通り骨肉の争いとなることもあるし、

構成員やなわばりの奪い合いとなり、お互いに相手方を追い払おうとすることもある。


今のところアマロックが、アフロジオンとスピカを追撃するようなことはなかったし、

アフロジオンの側も、アマロックはもちろん、かつての仲間たちに戦いを挑もうとはしなかったが、

現状はオシヨロフの群にとって、そして独立した小群にとっても損失だった。


アフロジオンはその体格と押し出しの強さにおいて、オシヨロフの重要な戦力だった。

特に、脅し・ハッタリ・陽動には天性の才能があり、アフロジオンが獲物を正面から引きつけている間に、

他の者が背後や脇から襲う、というのが常套の勝ちパターンであったわけで、

そういった連携の取れなくなった残留の6頭にとって、アカシカはなかなか手ごわい獲物となっていた。

そしてその事情は、2頭だけで組むことを選んだアフロジオンとスピカにとってより深刻なはずだった。



集団の強みと、首領の権益、つまり繁殖機会の保持と構成員への統制は、

群の状態が平穏な時には好ましく機能する車輪の両輪と言える。

車軸が破断すれば、ばらばらに転がりはじめた双輪が惨事を撒き散らすことになるように、

両者が相克する追求となったとき、機能不全となって集団を苦しめることになる。


全体最適は、代替わり、つまりアマロックからアフロジオンに首領の座を譲ることだったろう。

しかし、アフロジオンにも自分が力でそれを実現するのは不可能であるとわかっていたし、

ましてアマロックの側にそのつもりがないのも明らかだった。


斯くして、”誰も望まない現状”が出来しゅったいすることになる。



昨年の冬は、アカシカの群がなかなかやって来ない時期が長くて、とにかく辛かった印象が強いが、

まだしも群は団結し、協力して窮乏に立ち向かうことが出来ていた。

それが今年は、身内の揉め事のせいで分裂して、自分たちでピンチを招いているなんて。


どこかの寓話にでもありそうな、人間社会ともソックリなやり切れない現実だが、

きっと、人間が、あるいはオオカミが、愚かとか浅ましいとかそういう事ではないのだろう。


社会や権力とはそういうもの、時に避けがたく、誰も望まない現状を呼び寄せてしまうものなのだ。

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