第553話 黒猫の目覚め#1

目醒めてもしばらく、アマリリスは寝袋の中で、荒い呼吸を整えていた。

まだ、右手が痛む気がする、、ってそんなわけないか、ちゃんとくっついている。

確かめるようにしきりに右手首をさすった。


ていうか、

え・、この役なの?


あの妖怪婆さんキキーモラとか、もっと適任がいるでしょうに、

よりによってこのあたしが、アリョーヌシカに危害を加えるの??


それは物語の中で、肩入れしていた登場人物が犯した、取り返しのつかない過ちを見るような、ひどい落胆を覚える展開だった。

そんなひどい話があっていいもんだろうか。


そして幻想、空想の世界の住人である「あちらの」アーニャに、現実のほうと勝るとも劣らない肩入れをしているって、

魔族が聞いたらどう思うんだろう、つくづく人間はごうの深い生き物で、、とか言われちゃうかな。

やっと息が落ち着いたところで深いため息をついて、どこにもいない相手に何かを否定するかのように頭を振った。



窓のほうに目をやっても、例によって真っ暗なだけで、真夜中なのかもう朝になっているのかわからん。

オオカミの身体になれば時間がわかる、もちろん今何時?みたいなことはわからないけれど、今は狩りに出かける時間か、休んでいるべき時間なのか、

夜明けは「もうすぐ」なのか「まだまだ」なのかは自然とわかるものなんだけど。


昨晩も、一日じゅう森を駆けずり回って、臨海実験所に帰ってきた雌オオカミのアマリリスははなはだお疲れで、

人間の姿に戻るや、直接寝袋に潜り込んでご就寝という有様、なので寝袋の中では素裸だった。

オオカミの毛皮は、独り寝の身をその四肢で抱きすくめるかのように、寝袋の上に被さっている。

だからこのままオオカミに戻ることも出来るのだが、、さすがに、寝起きてすぐまたオオカミになって森にGo!という気分にはならない。

ちょっとまったりさせて。。。


素肌に触れる冷気に顔をしかめながら、寝袋から腕を伸ばしてローテーブルのランプを灯し、枕の下から、青表紙の冊子を取り出した。

寝袋に引っ込み、温もりにすっぽり包まれたご満悦の中、しおり代わりの海鳥の羽根を挟んだページを開いた。


「””長いものになるかも知れない航海の間、塩水の浸食を食い止めるために、黒泥を塗った防水を施した。

そして、沖合の高波にも転覆しないよう、丸木を苦心して彫り抜いた舷外浮材を、舟の左舷側に取り付け、

最後に、樹皮を薄くそいだものを幾枚も縫い継いで作った帆を立てた。

私の背丈をこえて高々とそびえるマストは、私を、まだ見ぬ同胞の地へと導いてくれるだろうか。」


あれ、少女が自力で孤島を出ようとしてる。

”青いイルカの島”の物語が、島を離れて漕ぎ出そうとしている、のか?

いつの間にそんな展開に??

ここに至るまでのプロットの記憶がない。


これは、

寝ている間に、物語のほうが筋書きを変えて、あたしが知っているのとは別のお話になってるとか、

アーニャに前髪王子にと幻想の世界をうろうろしているうちに帰り道を間違えて、元の世界とはこの物語の筋書きだけが違う、すごく微妙な平行世界パラレルワールドに迷い込んじゃったとか!


だったら楽しいけど、きっとそんな珍稀現象ファンタジアはなかったわけで。

たぶん、前回読んでたときが寝落ちスレスレで、話が頭に入ってこなかったとか、

単に栞の位置が間違ってる、後ろの方のページに挟んで読んでて、そのまま寝落ちしちゃったとか、

そんなところだろう。

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